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地方における行政DXの進め方~北海道上士幌町の挑戦

2024年02月28日 井村圭


はじめに
 筆者は、2022年度から北海道上士幌町のDXアドバイザーとして、月に一週間、上士幌町役場の机に座りながら、まちのデジタル化に係る業務にあたってきた。その中で、実際の現場で行われているデジタル化に関する議論、それに挑戦する首長、行政職員の姿を目の当たりにしてきた。
 本稿では、政府のデジタル化の潮流をまず整理するとともに、その流れを受けて、行政の現場ではどのようなことを目指し、どのような課題が発生しているか考察をしたい。

政府のデジタル政策と地方活性化
 2021年9月1日に菅政権の下、国のデジタル化の司令塔として、地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化、申請業務のオンライン化、マイナンバー制度の展開、健康・医療・介護・教育・防災といった準公共分野のデジタル化を進めることを目的としたデジタル庁が発足した(※1)
 その約1カ月後、2021年10月4日に発足した岸田政権は、目玉政策として、デジタルの恩恵を地域に届けていくことを目標とした「デジタル田園都市国家構想」を提唱した。
 2022年6月7日に公表された「デジタル田園都市国家構想基本方針(※2)」では、「様々な社会課題に直面する地方にこそ、テレワークや遠隔教育・遠隔医療など新たなデジタル技術を活用するニーズがあることに鑑み、デジタル技術の活用によって、地域の個性を活かしながら地方の社会課題の解決、魅力向上のブレークスルーを実現し、地方活性化を加速する」ことが、デジタル田園都市国家構想の意義であると明記されている。
 そして、「デジタル技術を効果的に活用して、地方の「不便・不安・不利」のいわば3つの「不」を解消し、魅力を高めることができ」、「デジタル化の恩恵を日本の津々浦々にまで広げ、根付かせるための取組を強力に推進することにより、地方活性化の取組を一層高度かつ効率的に進めることが可能となる」というように、これまでの地方活性化の取り組みに、今後はデジタルが大きく組み込まれていくことが、この一文から想定される。

デジタル先進地である上士幌町
 このように、昨今、自治体は急速にデジタル化に力を入れてきているが、筆者がDXアドバイザーを務めている上士幌町では、デジタル田園都市国家構想が始まる前から、デジタル活用を積極的に推進してきた。10年以上前の2011年には創成期のオンラインふるさと納税を導入したり、近年でも、国土交通省などの事業を積極的に活用して、自動運転バスの導入や、ドローンによる民家への荷物の配達、牛の受精卵の配送の実証実験を行ってきた。
 このように地域づくりにデジタルの力を早期から導入してきた上士幌町の竹中貢町長と、町長肝いりで設置された、上士幌町デジタル推進課の職員の方々に、地域づくりにおけるデジタルの導入に関して、インタビューを実施した。

【上士幌町竹中貢町長へのインタビュー】
Q:なぜ上士幌町ではデジタル化を積極的に進めているのか

 オンラインを活用したふるさと納税の取り組みなど、上士幌町ではこれまでもデジタルを積極的に活用してきました。地方にとって町民の命や生活を守るためには、「距離」が重要で、距離を縮めるデジタルはまさに生命線だと思っています。デジタル化が進むことで、「距離による不便」という地方のイメージは変えられると考えています。
 現在は、デジタルを活用して町の課題を少しずつ解決しているところです。今すぐに効果は実感されないかもしれないですが、将来は町民に便利さを感じてもらうことを目指しています。

Q:上士幌町のデジタル化の方針は?
 上士幌町のデジタル化の特徴は、町内外の民間企業と積極的に連携しているところです。町内だけではなく、上士幌町を色んな人が応援してくれたことで、自動運転バスやドローン配送、無人運営のスマートストアなど、さまざまな先進的な取り組みができたと考えます。多くの人に応援してもらうためには、国内にある1,700以上の自治体、道内179の自治体の中から、上士幌町を選んでもらうことが重要です。上士幌町では、SDGsを旗印としてゼロカーボンの取り組みを行ってきており、2022年には環境省の第1回脱炭素先行地域に選ばれるなど、全国の自治体の中で上士幌町が認知されるような取り組みに力を入れてきました。
 また、成果を積極的に発信することで、新しい人や企業が集まるという好循環が生まれると考え、私や町の職員が東京などの各地に出向いてイベントを自ら開催して、常に情報発信を行ってきました。役場は民間とつながるのが難しい面もありますが、町を経営すると考えると民間企業のやり方はとても参考になり、民間企業と連携することで、そのようなノウハウを得る事もできました。

Q:デジタル推進課に対する期待は?
 デジタル推進課に期待するのは、デジタルをどう使うかという視点を持ちながらも、新たな地域づくりの戦略を作っていくことです。デジタル化が目的ではなく、地域経済の活性化、暮らしの豊かさ、町の価値向上があくまで目的であり、それを実現するための手段として、ドローンや自動運転といったデジタル技術の活用を考えてほしいと考えています。
 先進的な活動から生まれるノウハウや人脈を大事にしながら、「上士幌町は先進的な町だ」ということを知ってもらうこと自体が、町の価値向上につながると考えています。そのためには、1~2名の担当者だけで事に当たるのは難しいと考え、これらの活動を専門とするデジタル推進課を立ち上げました。上士幌町で取り組んでいるドローンや自動運転は先進的が故に、何のために行うのかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、将来的にはその意義を分かってくれると信じています。将来の上士幌町のためには、いろいろなことにまずは挑戦することが重要で、挑戦しないことには上士幌町の地域課題の解決にはつながらないと考えています。

Q:デジタルと町の他の施策関係性は?
 SDGsやゼロカーボンという分野はデジタルと親和性が高いと考えます。食料、エネルギーは世界的な課題であり、上士幌町の中学校では全世界に共通する課題としてSDGsを学んでいます。SDGsを通じて世界とつながることでグローバル人材の育成になります。
 学力も大事ですが、子どもたちがSDGsの観点から世界を見ることで、たくましく育ってほしい、田舎だから必ずしも貧しい訳ではないことを知ってほしいです。
 デジタルを活用することで、世界ともつながりやすくなると考えます。もちろん対面でのつながりも重要だと思いますが、まずはオンラインで世界中の方々と必要な情報を交換することも考えられると思います。



【デジタル推進課へのインタビュー】
Q:デジタル推進課の発足当時や、現在の位置づけはどうか?

 デジタル推進課は、役所のデジタル化の旗振り役的な存在です。ただ、旗を振るだけではなく、自分達から動いていくことが重要だと思っています。デジタル推進課は、最初は2名から始まったのですが、その時は、2名で各課にヒアリングを行い、各課の課題を拾い上げて、各課を横串でつなぐ会議体を作ってその情報を共有してきました。
 そのような地道な活動の結果が認められて、地域おこし協力隊の方々も含め、現在、デジタル推進課は8名の体制になりました。マイナンバーカードの交付に関しても、各課に声がけをして、協力してもらうことで短期間に多くの町民の方にマイナンバーカードの登録をしてもらうことができました。
 最初はメンバーそれぞれ、デジタルに詳しい訳ではなかったのですが、町長がやりたいことの本質を理解することで、専門知識はなくても多くのことができるようになりました。現在では、町長の考え方を課員みんなが理解し、自分の言葉でも話せるようになりました。2名だけの時はできないことが多かったですが、課員が増え、民間企業も含めた多くの人に協力してもらうことで、より多くのこと、より難易度の高いことができるようになってきました。

Q:デジタル化を考える時のポイントは何か?
 デジタル化を考える際は、課題と思っていたことが実は課題ではない場合もあるということを意識しています。課題を正確に把握するためには、こちらから出向いて、町民の話を聞き、本当にデジタル化を求めているのは誰かを考えることが重要だと思っています。
 例えば、窓口での申請に関して言えば、高齢者の方が大変というように思われがちですが、実際にヒアリングをしてみると、高齢者は時間があるので役所に来ることができますが、働き世代や農家は平日に休めないので、役所に来ることができず、半休をとって役場に来ているという課題に気づきました。スマホを使える働き世代がオンラインで行政申請できるようにすることで、彼らにとっても便利になり、これまで働き世代に使っていた分の職員の時間を高齢者に使えることで、より町民の側に立ったサービスが提供できることも考えられます。このように、デジタルに対する親和性、デジタル化が一番力を発揮できることは何かを考えることも重要だと思っています。
 あとは、国の情報を注視しています。政府でも日々新たなソリューションを検討しているので、それらを活用することでコストを抑える事も可能になると思っています。その上でも、日々の情報収集は大事で、気になる記事などは課員みんなで共有しています。
 最後に、デジタルと対面を併用すると、二つのコストがかかってしまうので、デジタルが活用できる分野では、なるべくデジタルで完結するようにしています。そのためにも、多くの人が使いやすいように、UI/UX(ユーザインターフェース/ユーザエクスペリエンス)に力を入れています。

Q:町民にデジタルを受け入れてもらうためには?
 デジタル化に反対をする人もいますが、上士幌町の人口が減っていくことは間違いなく、その背景からこのような取り組みをやるというのを、根気強く伝えることで理解は得られていくと考えています。また、取り組みに賛同している町民の声は聞こえないことがあるので、そのような声なき声を聞くことも重要と考えます。
 例えば自動運転に関しては、実際に乗車いただくと、町民の皆さんはその利便性を実感してくれます。今投資することが将来につながる、オンラインふるさと納税のように、今は見えないことが未来では当たり前になってくることを町民の皆さんにご理解頂けるように努力していきたいと思っています。
 また、役所の中と外ではデジタルに対する考え方が違うことを認識することが重要だと思っています。役所の中では、まだ紙文化中心に業務を進められていることもあるので、役所の職員のデジタルリテラシーを上げる研修の機会も重要だと考えております。職員のリテラシーが進まないと、議論が進んでいかないところもあるので、今後はさらに職員のリテラシーレベルを上げていきたいと考えています。

Q:実証実験で気をつけている点は?
 ただの打ち上げ花火で実証実験をやる気はないです。これは協力してくれている企業にも言っています。もちろん全てを社会実装ではできないかもしれませんが、社会実装を目指して活動していくことが重要だと思います。そして、社会実装を行うためには、生活の実際の場で実証実験を行うことが重要と考えます。例えば自動運転の実証実験では、吹雪は自動運転にあまり影響はなく、それよりもむしろ路肩の除排雪が重要だということが分かりました。これも実際に上士幌町の気候の中で、実証実験を行うことで初めて分かった課題です。



【まちのデジタル化への示唆】
 上士幌町のインタビューを筆者なりに整理すると、デジタル化を進めるためには、「新たな地域づくりの戦略の策定」を行った上で、「町内外の民間企業と積極的に連携」し、「役所から出向いて、町民の話」を聞くとともに、「賛同している町民の声なき声」も意識しながら、「新しいことに挑戦し続け」、「社会実装を目指して町民の生活の場で実証実験」を行うことで、「将来的にその意義を分かってくれる」ことを目指すことが重要であると言える。
 翻って、デジタル田園都市国家構想交付金を見ると、目先の課題の解決のためだけに、単発の分野で交付金申請を上げている自治体があるのも残念ながら散見される。
 先述した、政府が目指している「デジタル化の恩恵を日本の津々浦々にまで広げ」、「地方活性化の取り組みを一層高度かつ効率的に進める」ためには、地域全体として、デジタルが導入された将来の姿と、それを実現するための工程を作り、町民の理解醸成を生み出していくことが重要であり、デジタル化においてよく使われる6レバーというフレームワークにおいても、デジタルソリューションの導入はデジタル化のほんの一部にすぎない。



 各自治体の調査を行った結果、行政は、デジタル推進というとデジタル推進計画の策定やシステム導入といった、往々にして「戦略」と「業務」にフォーカスをする傾向にあるが、上士幌町の現場を見ると、デジタル化の成否を左右するのは人・組織であると感じた。「戦略」が策定され、「業務」が定義されていたとしても、それを組織、地域の中で実行するのは結局「人・組織」である。上士幌町役場で仕事をする中で、一番驚かされたのが、町長と職員との距離の近さ、課ごとの垣根の低さ、町民に向き合う姿であり、全庁を挙げてデジタル化に向き合っている姿であった。
 その象徴的な姿として、職員ワークショップが挙げられる。窓口業務に関わる全ての職員約20名が業務時間外に集まり、職員が住民の役割を演じながら、窓口で住民が何に苦労をしているのか、課題に思っているかをワークシートに記載し、その結果を第2回目のワークショップで報告しあった。この結果、転入の際に住民が氏名・住所・生年月日・性別といった基本4情報を計17回も紙に記入しているといった衝撃的な事実が職員全員で共有され、行政DXの必要性を改めて考えさせられる重要なきっかけとなった。



最後に
 無論、上士幌町もまだまだ多くの課題を有しており、新たなことに挑戦し続ける必要もあると思うが、これまで長年、新たなことに挑戦してきた「人・組織」の力の蓄積があれば、新たな挑戦にも、前向きに取り組んでいけるのではないかと感じる。
 その上で、デジタル化をより進めていく上で、行政組織における「人・組織」はどのようなケイパビリティを育んでいけば良いか。
 この問いに対して、「DX=職員がデジタルに詳しくなる」ということが良く言われるが、デジタル領域は日進月歩に新たな技術、サービスが生まれていく世界で、これらを職員がキャッチアップしていくのはかなり難易度が高いと考える。筆者の考えとしては、デジタルの知識は外部リソースをうまく活用し、むしろ行政職員が注力すべきなのはデジタルによって解決すべき課題の目利きができるようになることと考える。つまり、行政内部で育成すべき人材は、「DX専門家」ではなく、「DXで解決すべき課題を見つける専門家」なのではないか。これは、本質的には市民生活や地域の課題を抽出する能力であり、行政職員が得意な分野でもあり、自治体職員の強みを生かしてデジタル化を考えていくことが重要と考える。
 現在の政府の動向を見ると、今後も少子高齢化が進む地方においては、デジタル化を積極的に推進していくものと思われる。その中で一時の予算を目の前にして、単発的にデジタルソリューションの導入を検討するのではなく、将来的にも続いていくであろう「地域のデジタル化」という大きな流れに対して、対応していくための「人・組織」をどのように作っていくのかが、現在、各自治体に求められていることではないか。


(※1) デジタル庁HP
(※2) デジタル田園都市国家構想基本方針

以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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