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カーボンニュートラルに向けて豊かさを再定義するとき

2024年02月14日 野田賢二


 カーボンニュートラル達成に重要な要素として「生活者の行動変容」が挙げられている。2022年のIPCC 第6次報告書 第3作業部会報告書では、生活者の消費・ライフスタイル変容によって2050年のGHG排出量を40~70%削減できる可能性が示されている。

 ただ、生活者の行動変容は容易ではない。EU加盟27か国に、アイスランドとノルウェーを加えた29か国を対象にして行われた消費習慣に関する調査(2022年実施、2023年公表)では、回答者の72%がグリーン移行と気候変動への取り組みに個人はもっと貢献すべきだと回答する一方で、43%が製品やサービスの環境への影響度合いは自身の購買決定に全く影響していないと回答している(※1)
 重要だとわかりつつも、実際には行動できない理由は何処にあるのだろうか。他の調査では、「よりお金がかかる」、「自分が何をできるか、実のところよくわからない」といった点が行動変容の障壁として挙げられている(※2)
 カーボンニュートラルを目指そうとすれば、それに必要な技術や産業が未成熟なことに加え、環境負荷がもたらす外部不経済を内部化しようとする政策は不可避で、基本的には製品・サービスの価格上昇を伴う。それらは最終的には生活者が負担することになる。また、世界全体で年間300億tを超える莫大なCO2を排出している現代社会において、生活者一人が自身の日々の行動の何をどう変えていけばよいのかがわからないというのも率直な感覚だろう。

 わが国では、環境省がカーボンニュートラルに向けた暮らしを創る国民運動「デコ活」を提唱している。豊かさと温室効果ガス削減を両立する2030年の生活として、住宅への太陽光発電の設置や住宅の断熱化、テレワーク実施、公共交通利用や徒歩の推進を推奨している(※3)。目先では少し費用がかかろうとも環境性能の高いものを購入することや、なるべく資源の消費や廃棄を抑制することが、カーボンニュートラルに向けた合理的な対策であることを、ひとりひとりの生活者にどうしたら理解して貰えるだろうか。

 生活者の行動変容促進をさらに検討するために、私たちの日常の生活のなかのCO2排出の内訳をみてみよう。製造業由来の排出を除いた一般の家庭生活による日本人一人当たりの年間CO2排出量は約1.8tである(※4)。一方で、一台の車を製造する際に排出されるCO2はガソリン車で約5t、EVで約12tである(※5)。ちなみに、ハワイ旅行に出かけると約1.5t (成田-ホノルルを飛行機で往復した際の一人当たりCO2排出量)となる。(※6)。生活の豊かさと深く関わる現代の移動や非日常を体験するといった活動が莫大な環境負荷を伴うことは明らかだ。
 他方、コロナ禍にあって、ある活動に「不要不急」というレッテルを貼ることに様々な抵抗が生じたことが物語るように、厳密な生存のためには不要であったり、合理性の観点からはムダなものの中には、私たちが豊かに生きるために必要とするものがある。
ただ、その内容や方法は、各時代や地域によって異なるという点も確認したい。ゆえに今後、より持続可能性を伴った「豊かさ」を見出せる余地があるといえよう。私たちの日々の行動の中で何をどう変えるべきかという問いは、資源や環境の問題を前提としたうえでどのような生活を豊かだと定義するかという問いへとつながる。

 豊かさを再定義するにあたっては、経済システムの変革が欠かせないことは度々指摘されてきた。ただ、生活者がより資源・エネルギー消費の少ない手段を選択し、環境負荷に対して相応の対価を負担する道筋は、成長を前提とした現在の経済システムとは相容れないとして現実には退けられてきた。脱成長という言葉を耳にする機会は増えているものの、そういった経済モデルへの移行が現実性をもって検討されているとはいいがたい。実際、賃金上昇による収入増加とそれに伴う消費マインドの増大やインバウンド需要の回復や拡大を旗印に政策が喧伝される一方で、節制を要する「生活者の行動変容」が説かれても、「自分が何をできるか、実のところよくわからない」という反応が大半になるのはやむを得ないのではないだろうか。

 カーボンニュートラルの達成に生活者の行動変容は必要不可欠である。しかし、その実現のためには、今後目指すべき豊かさを再定義し、それとの一貫性、整合性のある経済政策が行わなければならないだろう。

(※1) 欧州委員会「2023 Consumer Conditions Scoreboard」
(※2) ボストンコンサルティンググループ 「サステナブルな社会の実現に 関する消費者意識調査結果(日本/グローバル比較)」
(※3) 環境省「「デコ活」 ~くらしの中のエコろがけ~ 脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」
(※4) 国立環境研究所「日本の温室効果ガス排出量データ」
一般の家庭生活に直接関係する家庭のエネルギー消費や自家用車の仕様、ゴミ処理時、水道利用に伴うCO2排出量の合計値
(※5) 日本経済新聞(2021.4.11)「電気自動車が「排ガス」」『日本経済新聞』
(※6) 以下にもとづく計算値
・国土交通省「運輸部門における二酸化炭素排出量」
航空旅客輸送による排出量試算値:124g-CO2/人 km。
・東京(成田) - ホノルル間の距離:約6000km


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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