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国内綿の現状と「持続可能な綿サイクル」実現に向けて

2023年11月28日 南 かのん


 衣服は人間の生活に欠かすことのできないものである。外的環境から身を守るため、また自己表現の方法として、数万年前から人類は衣服を身に着けてきた。人々は自然環境にあわせて、原料となる綿や麻を育て、羊や蚕を飼い、それらから衣服を作った。作られた衣服は共同体の中で再縫製を繰り返しながら、数世代にわたり大切に使われてきた。しかし、足元の大量消費社会においては、衣服の原料生産地は消費者の所在地と遠い場所にある。日本で売られている衣料品の98.5%が輸入されている。(※1)今、身に着けている服の原料がどこで、何から作られたものか、考えたことはあるだろうか。
今回は衣服の代表的な原料である「綿」に注目し、国産綿の現状や、国内の自給率について考えたい。

 ワタはアオイ科ワタ属の植物である。「綿花」とはワタの種子の表面を繊維が覆っている状態のことだ。知識として知っていても、実際に栽培されている綿花を見る機会を得ることは、日本ではほとんどできない。綿花の栽培地は、日本綿業振興会が作成している「綿花栽培地ガイド」によれば全国に数か所しかない。農林水産省の作物統計調査に綿花の項目はなく、海外依存度は100%というデータもある。(※2)自給率は0%と推定できる。
 しかし、日本は古くから綿花を輸入に頼ってきたわけではない。明治時代前半までは、綿花は広く栽培され、商品作物として大きな役割を担っていた。元文元年(1736年)の大阪市場に集荷された商品のうち、綿関係品は12%を占め、米の7%をしのぐ最大の商品だったという。(※3)しかし1896年の綿花輸入関税の撤廃を機に、日本の綿花栽培は数年足らずで衰退した。日本で栽培されていた品種はアルボレウムとよばれる短繊維綿である。(※4)(日比暉, 2006)短くて太い繊維で、弾力があるのが特徴だが、これらは明治期に開発された機械紡績に向かなかったことも衰退の一因とされる。

 生活に欠かせない衣服のサプライチェーンの最上流にある綿花の生産を、他国に100%ゆだねることには、さまざまなリスクがある。また、特に綿花は労働現場における人権問題や大きな環境負荷が話題になる作物だ。適切な量を、できるだけ消費者の目の届く範囲内で生産し、使うことが望ましいと考えられる。一度衰退した綿花栽培を国内で復興させることは難しいものの、今後、幾世代にもわたって綿製の衣服を着ていくために、いま考えておくべき暮らしのなかの工夫をふたつ提案したい。
 1つ目は、国産の綿花を少量でも再び栽培することだ。国産綿の復興を働きかける企業や自治体はわずかながらある。都市部のミニ農園や家庭菜園のレベルでも栽培はできる。自分の生活圏の近くに綿花の栽培地があることは消費者の意識づけに役立つと思われる。例えば食育の一環で小学生がコメの収穫体験を行うように、「服育」の一環で綿花の収穫体験があってもよい。
 もう1つは、すでに国内に輸入された綿製品を繰り返し使うことだ。古着や布のくずから「反毛」と呼ばれる繊維を再生することは必ずしも難しい技術ではない。明治、大正期に生まれた手法であり、少ないエネルギーで実現可能である。今ある繊維を何度も使うことができれば、国内で新たに大規模な綿花栽培を実現せずとも、一定程度は自給することが可能なはずだ。

 まずは自分の着ている服の原料に思いをはせること、そして日本が原料、糸、織物もしくは完成した衣料品のかたちで、ほぼすべての綿を輸入に頼っている現状を知ることが大事だ。日本最大のアパレル企業であるファーストリテイリングは、原材料の調達までを含む全行程の管理を始めたことを先日発表した。(※5)消費者が原料調達段階まで把握できる状態が時代のスタンダードになる日も近いかもしれない。消費者が原料や生産地に対し関心を持つことは、「持続可能な綿サイクル」を作る最初の一歩である。

(※1)(※2) 公益財団法人日本海事広報協会[2023].『日本の海運SHIPPING NOW 2023-2024
(※3)浮田典良[1955].「江戸時代綿作の分布と立地に関する歴史地理学的考察」『人文地理』7巻4号
(※4)日比暉[2006].「実用面から見た綿繊維の特性」『繊維学会誌』62巻7号
(※5)株式会社ファーストリテイリング News & Updates [「LifeWear = 新しい産業」 説明会を開催 持続可能な成長に向けたサプライチェーン改革を推進 原材料調達まで全工程を自社管理する生産体制へ] 2023/11/7


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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