我々のフィンランド出張の始まりは、なかなかハードなものだった。客室乗務員をして「めったにない」と言わしめるほどの絶え間ない乱気流を越えて、綱渡りで国内線に乗り継ぎ、オウル空港に到着したのが朝の7:00。オウル市の9月の平均気温を大きく下回る4度の寒さと、冷たい雨の中を早足で進み、8:30、オウル市が紹介してくれたYrityskyla*のカリキュラムをよく知る専門家との約束に辛くも滑り込んだ。
ショートヘアに白樺で作られた大ぶりのピアスがよく似合うその専門家は、教師歴30年(にはとても見えないはつらつさ!)のベテラン先生だった。そして、「ここ(面会場所であるOulu10)から500mくらいのところにある小学校で3年生の担任をしているのよ。」と教えてくれた。まさか現役の先生が来てくれるとは思ってもいなかった我々は、「この時間に担任のクラスがある先生が学校にいない?」「生徒たちは誰が見ているのだろう?」「もしかして、今日は学校が休みなの?」などさまざまな疑問が浮かび、顔を見合わせた。
今回、我々にこの先生を紹介してくれたのは、オウル市による公的な教育コンサルティング組織Educational & Cultural Servicesだ。この部署に属する職員数は、市の職員、連携する外部の専門家、教員などすべてを含めると5,000名以上になる。同部署では、フィンランドの教育をベースにしたカリキュラム開発や指導法のトレーニングを中心としたコンサルティングサービスを提供しており、その一環として「専門家」を派遣している。専門家のプールは、Educational & Cultural Servicesに属するすべての職員であり、前述の通り、現役の学校の教員も含まれる。つまり、顧客のニーズに合わせて、最適な専門性を持つ人物を「専門家」として派遣しているのだ。
現役の教員を派遣する場合、校長の許可は必要ではあるが、原則、市の指示で派遣できる。その場合、派遣される教員のポジションには別の教員が補填される仕組みで、我々と会ってくれた先生の教え子たちも、その間は代理の教員の授業を受けているそうだ。
オウル市では6年ほど前に、こうした専門家派遣を行えるシステムを独自に立ち上げた。しかもこの仕組み、トップダウンではなく、現場の職員の発案がきっかけで立ち上がったというから面白い。教育分野から始め、現在は他の分野でもこの取り組みを行っている。こうした柔軟なシステムを持つのはフィンランドの自治体の中でもオウル市のみではないか、とのこと。
オウル市にはこのように、学校の外にも教員が「専門家」として活躍できる場が公式に用意されていた。こうした「場」があることは、教員がこれまでのキャリアに対する自信を強くする機会となり、生徒と接する日常をよりよくするためのモチベーションになるかもしれない。また、教員の視野を広げ、教員自身がさらなる学びに向かうきっかけにもなり得る。
マリメッコのウニッコ柄のストールを巻きながら、「生徒たちは私のことを下の名前で呼ぶの。フィンランドには、Ms.XXなんて名字で呼ばれる先生はいないのよ。」と、楽し気に、そしてどこか自慢気に笑い、さっそうと学校に戻っていく彼女を見て、そんなことを思った。
* フィンランドの90%の小学生が参加する社会体験カリキュラム。詳細は【シリーズ 子ども社会体験科“しくみ~な”の開発】第1回 日本総研の教育ビジョンと、着想を得たカリキュラム”Yrityskylä”を参照。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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