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【シリーズ 子ども社会体験科“しくみ~な”の開発】
第1回 日本総研の教育ビジョンと、着想を得たカリキュラム”Yrityskylä”

2023年11月17日 木下友子




はじめに
 日本総研では、教育事業R&Dプロジェクトとして「子ども社会体験科”しくみ~な”」の開発を進めている。「しくみ~な」とは、学童期の子どもたちが体験を通じて社会の仕組みを学ぶ独自の教育カリキュラムで、公教育を通じた展開を目指している。本シリーズでは、このプロジェクトの背景や我々のビジョン、着想を得たフィンランドの教育カリキュラム、そしてしくみ~なの開発プロセスの様子を紹介していきたい。シリーズを通じ、広く社会の皆様に日本総研の取り組みをご理解いただくとともに、日本の教育をより良くしていくための仲間づくりをしたいと考えている。
 初回となる今回は、教育分野における我々のビジョンと、フィンランドの教育カリキュラム”Yrityskylä”(ユリティスキュラ 英語名:Me&My City)の概要を紹介する。

日本総研のビジョン
 「すべての小中学生が、自分と社会の幸せを両立し、しなやかに生きるための能力・姿勢=“アントレプレナーシップ”を身につけるための仕組みを創りたい。」
 これが、教育分野の取り組みにおける我々の想いである。具体的には、さまざまなことに興味・関心を持ち、未来を前向きに捉え、周囲と協力しながら主体的に進んでいける力を伸ばせるようにしたいと考えている。
 PISA(Programme for International Student Assessment:OECD生徒の学習到達度調査)によると、他国に比べて日本の子どもたちは、学力が高い一方、人生の満足度や自己効力感(「自分はできる!」という自信)が低く、未来への前向きな感情が持ちづらい傾向にある。こうした閉塞感のある現状を打開すべく、子どもたちが“アントレプレナーシップ”を身に着けられる方策を検討してきた。
 文部科学省のデータ(※1)によれば、学童期のさまざまな自然体験、社会体験、文化的体験は、12~18 歳の「新奇性追求」「肯定的な未来志向」「外向性」などによい影響を与えるという。これらはまさに、我々が考える”アントレプレナーシップ”である。しかし、現状では、こうした体験機会はすべての子どもたちに届くほど普及してはいない。このため、個々の家庭の経済状況や親の意識、居住地などによって体験機会に格差が生じてしまっている。
 こうした背景を踏まえ、我々は、社会の仕組みを体験ベースで学ぶ機会を公教育で提供する教育カリキュラムの開発に至った。このカリキュラムは、学校(教員)、自治体だけでなく、地域全体(地域にゆかりのある地域外の企業や個人を含む)で支えるスキームを想定している。

フィンランドの教育カリキュラム”Yrityskylä”
 前述のビジョンの実現に向けて取り組む中で、偶然出会ったのが、フィンランドの6年生と9年生(中学3年生に相当)を対象とする教育カリキュラム”Yrityskylä”(ユリティスキュラ)である。Yrityskyläは英語に訳すとbusiness village(ビジネス村)であり、英語名では” Me&My City”(私と私のまち)と呼ばれている(以降、Me&My City)。
 以下で、6年生向けのカリキュラムについて詳述する。このカリキュラムは、大きく2つの構成要素からなる。学校でのワークブックを用いた学び(座学)と、「体験施設」と呼ばれる学外の施設で行われるロールプレイを通じた学びである。座学で学んだことを踏まえ、それを実践する機会の一つとして体験施設での活動が待っている、という仕組みだ。


 Me&My Cityの企画・運営を担っているのはNYTという現地のNPOであるが、学校、自治体、民間企業、財団など、さまざまなプレーヤーがこのカリキュラムの運営を支援している。

Me&My City の特徴
 我々から見たMe&My City の特徴は、①公平に提供されていること、②社会の「仕組み」を学べるよう設計されていること、③体験ベースの学びが提供されていること、④学びを地域で支えていること、の4つである。一つ一つ見ていきたい。
 まず、公平な提供についてである。前述の通り、NPOがMe&My Cityの企画・運営をしているが、ワークブックを用いた座学は公立学校において教員が教えている。また、座学後の体験は全国に13カ所(2023年10月時点)ある体験施設で行われ、学校単位で参加する。公教育を通じて提供されているため、家庭の経済状況などにかかわらず誰もが参加することができる。実際、2023年はフィンランド全土の6年生の90%、9年生の88%の参加が見込まれている(※2)
 次に、社会の「仕組み」を学ぶ設計についてである。子どもたちはカリキュラムを通じて、公共・民間の区分や税金の役割、1人の人間が持つ複数の役割(市民・消費者・従業者)など、さまざまな角度から社会の構成要素を学ぶ。これにより、社会を包括的かつ俯瞰的に理解するとともに、社会の中での自分の役割も学ぶ仕組みになっている。また、体験施設では「タスク」と呼ばれるさまざまな課題をこなしていくが、これらのタスクには他者との関わりがデザインされている。そして、ワークブックの内容は国語や算数のような科目に分かれているのではなく、教科の枠を超えてリアルな社会を学ぶ設計になっている。
 3つ目の特徴は、体験ベースの学びになっていることである。座学の内容も、体験施設でのタスクも、ロールプレイを基本として設計されており、子どもたち自身が知識を踏まえた体験を通じて学ぶアクティブ・ラーニングが実践されている。例えば、銀行の仕組みや役割をワークブックで学んだ上で、体験施設では銀行ブースで銀行口座を開設、キャッシュカードの発行手続きをする、といった具合である。体験施設での仕事から給与を受け取り、仕事の休憩時間にはその給与からお金を使う、といった体験もある。知識として覚えるだけではなく、体験することで、子どもたちが学びを自分事化することにつながっている。
 最後に、Me&My Cityは、学校のほか、政府、自治体、民間企業、財団、学術機関、地域住民など、多様なプレーヤーが役割を分担し、地域で子どもたちの学びを支える仕組みになっている。例えば自治体は場の提供、民間企業は資金や備品の提供と体験施設で子どもたちが行うタスク設計のサポート、大学はカリキュラムの効果検証を行うといったように、各プレーヤーが少しずつ役割やリソースを分担し、連携することで、教育の質の向上と子どもたちの視野拡張につながるとともに、学校教員の負担軽減にも貢献している。
 Me&My Cityのこうした特徴は、既存の教育カリキュラムとは一線を画すものであり、子どもたちの深い学びと“アントレプレナーシップ”の育成につながっている。

 次回は、学校でのワークブックを用いた学び(座学)について紹介する。

※本シリーズへのコメントやフィードバックは、教育事業プロジェクトチーム(200010-education@ml.jri.co.jp)までお気軽にご連絡をいただけると幸いである。

(※1) 文部科学省「令和2年度 青少年の体験活動に関する調査研究 報告書」(参照:2023/10/20)
(※2) Yrityskylä Alakoulu - NYT (nuortennyt.fi)
     Yrityskylä Middle School - NOW (nuortennyt.fi)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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