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「生物多様性地域戦略」策定に企業からの追い風を -TNFD提言を契機とした官民連携

2023年11月14日 高保純樹


 企業が生物多様性保全に取り組む機運が高まっている。本年9月に、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が最終提言v1.0を公開したことが背景にある。企業は、各事業遂行拠点での自然への依存と影響を整理し、自社にとってのリスクや機会として評価したものを開示することが推奨された。投資家に対する訴求が一義的な目的だが、リスクだけでなく機会も評価する考え方が盛り込まれたのは、TNFD提言への対応を自社にとって単なる負担にしないためにも重要な点だ。

 とはいうものの、自然関連の機会や、それを活用した事業計画について開示する際に、その事業が本当に「良い」ものであることを、不特定多数の投資家に対して証明するのは簡単ではないだろう。自然環境がどのような状態になることが望ましいと言えるのか、普遍的かつ具体的なビジョンとして、国際的に合意されたものはまだ無い。また、生態系の状態を包括的に表現できる有効な指標も十分に開発されていないのが現状である。このままでは、誰の目にも良いと映る単純明快な活動(例えば、子どもへの自然体験の提供など)だけに、企業の取り組みが収斂してしまうように思われる。

 自然環境の状態に関するビジョンの策定は、個別企業ではなく行政が担うべき事項である。日本の場合、環境省が「生物多様性国家戦略」を既に策定しているが、具体的な地域レベルのビジョンは都道府県・市町村による「生物多様性地域戦略」に委ねられている。ところが、実際には地域戦略の策定状況は芳しくない。2023年4月時点で、都道府県単位の地域戦略は47都道府県全てで既に策定されているが、市区町村(政令指定都市を除く)レベルとなると、全体の8%(145)の市区町村でしか策定されていない。平成29年に公開された「生物多様性地域戦略のレビュー」(※1)によると、その原因として、多くの市区町村が自然環境行政に特化した部局を持たないことや、情報・人員・予算などの行政資源が不足していることなどを挙げている。

 であれば、企業側から策定を促す声をあげても良いのかもしれない。企業にとっては、地域戦略に示されたビジョンに即した事業遂行や生物多様性配慮を行うことで、行政の後ろ盾のもと、その事業が「良い」ものであることを投資家にアピールしやすくなるというメリットが生まれる。もちろん、自治体の側にも、ビジョン達成に向けて企業の協力を得られるという安心感を生むかもしれない。
 タイミングとしても、企業がTNFD提言に基づく情報開示に向けて取り組みはじめる段階であるし、環境省が令和5年5月に「生物多様性地域戦略策定の手引き」を改訂したことで追い風も吹いている。この機を捉えて、企業は地域戦略策定の初期段階から、自治体との連携を緩く始めていくことをひろく呼びかけたい。

 地域戦略策定前の様々な段階において、企業が事業遂行拠点の所在する自治体と連携を取れる機会はありそうである。そもそも環境部署が無い自治体では、地域戦略の策定を庁内から発起することが現実的に難しいと思われる。このようなケースでは、同地域で活動する企業が共同で、自治体や議会に対して地域戦略策定へのニーズを示していくことが有望視される。
 地域戦略策定への最初のステップとして、自治体では自然環境等に関する情報を収集し、地域の現状把握を行うことが有効だろう。企業がTNFD提言に基づく情報開示を行うにあたっても、自社の事業遂行拠点がある地域等の自然の状態を把握することが出発点となる。自然環境の現状把握のために収集したデータを互いに共有することは、双方の労力削減のためにもなる。
 その後、自治体はステークホルダー間の議論を経てビジョンを策定し、その達成状況をモニタリングするために測定指標を設定する。企業がビジョン策定の議論から参加し、測定指標まで含めて自社の情報開示項目と整合している状態を作れれば、以後のモニタリングも自治体と分担して実施することができる。そしてこの指標の整合こそが、企業が地域の方針に貢献していることを投資家に説明することを可能にするのである。
 生物多様性地域戦略策定を初期段階から官民連携で進めていく事例が、日本各地で増えていくことを期待したい。さらには、生物多様性の議論を環境分野だけの話に収めるのではなく、農林水産業、観光業などの他分野を含む包括的な官民連携へと発展させていくことも有意義であろう。

(※1)「生物多様性地域戦略のレビュー」
(環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性地域戦略企画室;平成29年4月)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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