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Web3が拓く発達障がいとともにある社会

2023年09月12日 木村智行


 インターネットの新たな利用形態であるWeb3は様々な領域への適用可能性が示唆されています。有効なユースケースは社会全体でいまだ模索中ですが、日本総研では「Web3は社会課題解決にこそ活きる技術」という認識で新市場を創出しようとしています。本稿では、Web3を活用し発達障がいのある人々が活躍できる社会の実装を目指す取組を紹介します。

 まず、発達障がいのある人は、グレーゾーンも含めて人口の約10%程度、存在するとされています。他方、社会全体として発達障がいに対する環境整備はまだまだ十分とはいえません。中でも発達障がいのある人々の就労においては様々な問題があります。例えば、障がい者雇用においては、障がい者全体の就職率に比べ発達障がいある人の就職率は13.1ポイントも低い状況にあります。また、発達障がいの一つであるASD(自閉症スペクトラム障がい)がある成人はASDがない人に比べ、精神障がいを併発する割合が高いと言われています。これは主に職場での対人関係のストレスに起因するといわれています。

 こうした状況下で、高度IT専門職として発達障がいのある人の強みが活かせる可能性について議論が始まっています。この議論を通じて、企業雇用において発達障がいが当たり前に受け入れられる状況に向かうのは望ましいことでしょう。ただ、現状では、民間企業の法定雇用率(2.3%)の達成は、大企業では特例子会社(そして、その多くは軽作業・定型作業が事業内容)の存在に大きく依存している事実も忘れてはなりません。これを踏まえると、発達障がいを持つ人々が高度IT専門職として広く雇用される状況に至るまでには相応に時間がかかりそうです。また、発達障がい=高度IT専門職への適性、とは限りません。さらに職務適性はもちろん、正社員という雇用形態や企業文化へのフィットも必要です。だからこそ、発達障がいが当たり前に受け入れられた社会の実現には、企業に雇用される高度IT専門職という像に限らない多様な就労機会が提供される必要があると考えます。
 
 そこで、私たちが注目しているのがWeb3、特にNFTを起点とした新たな就労機会の創出です。NFTはデジタルデータの保有を表明できるという特徴を持つ、Web3のユースケースの一つです。一時期、投機的な印象が先行したNFTですが、最近ではNFTの特徴を活かして社会課題を解決しようという動きも出てきています。その一例が、旧山古志村地域の活性化を目指すNishikigoi NFTです。Nishikigoi NFT は、NFTを通じてリアル村民約800人を超える約1000人のデジタル村民を集めました。

図表.1

図表出所: Crypto Village | Nishikigoi NFT | 山古志. ” 新会社を山古志で始動 -山古志で生まれたLocal DAOを世界へ- Nishikigoi NFT. 2023-04-28. (参照2023-09-04)

 さらに、デジタル・リアル村民が入り混じった新たな形のコミュニティ(NFTコミュニティ)を起点として、地域活性化のために協働しています。こうした事例から、私たちはNFTは、デジタルデータの保有表明を超えて、コミュニティの媒介として新たな協働形態と就労機会を生み出す可能性があると考えています。

 発達障がいのある人の就労の現状やNFTコミュニティの特徴を踏まえ、私たちが提案したいのは「Web3を活用した発達障がいとともにある社会システム」です。これはNFTコミュニティを起点として発達障がいのある人が主体的に「生業」を作りだせる社会システムです。「生業」としているのは、まだ存在していない就労機会も含めているためです。この社会システムの青写真を紹介しましょう。

図表.2

図表出所:日本総研作成

 
 この社会システムは①ネットワーク層 ②サポート層 ③コミュニティ層の3つで構成されています。

図表.3

図表出所:日本総研作成


 ①ネットワーク層は、発達支援施設・就労支援施設などの物理的な場がICT技術によって繋がれたフィジカル・デジタルなネットワークです。既存の施設はたくさんありますが、デジタル技術を使ったネットワーク化はまだまだ整備の余地があります。ネットワーク化にはWeb3でよく利用されるチャットツール、Discordを使うことが最も簡便な方法と考えます。

図表.4

図表出所:日本総研作成


 ②サポート層とは、発達支援と生業づくりの専門家によるサポート体制のことです。発達支援の専門家はこれまでと同様に各施設に所属して対面を中心にサポートをします。生業づくりの専門家はビジネス・テクノロジー・クリエーティブ(BTC)の専門家としてイメージされます。BTCの専門家がサポートに参画している事例は現状決して多くはないでしょうが、デジタルなネットワークがあれば、施設と地理的に近い必要はなく、より多様な専門家が参画できるようになると考えられます。

図表.5

図表出所:日本総研作成


 ③コミュニティ層は、インナーとアウターの2種類あります。インナーは発達障がいのある人と支援者で構成され、ハードスキル・ソーシャルスキル・金融リテラシーの獲得などを通じた生業の孵化器として機能します。アウターは、山古志のようにNFTを介して外部と接続したコミュニティを想定します。コミュニティと協働したい企業や自治体の参画も想定し、経済との接続を見込みます。
 
 なお、インナーコミュニティは地域・施設を中心としてその原型はあります。それに加えて、①ネットワーク層、②サポート層による地理的な拡張、さらにNFTによって社会・経済との接続ができるわけです。発達障がいのある人は、インナーコミュニティで一定の成功体験や自己効力感を獲得しつつ、アウターコミュニティで生業を見つけることができると考えます。この社会システムを通じて、発達障がいがある人々を、思春期などの若いうちから、生業に対して前向きに・主体的に関わろうとする状態へ後押ししていきます。

 こうした社会システムの実装に向けて、日本総研ではあるチャレンジを始めました。それは、今働いている世代の障がい者とともにNFTコミュニティを作ることです。奈良県にある継続就労支援施設Good Job! Center香芝とともに障がい者・支援者が協働するNFTコミュニティの立ち上げをしています。山古志のNishikigoi NFTの発行を支援したスタートアップにも参画いただき、これから一緒に盛り上げていこうとしています。

 このチャレンジはあくまで「Web3を活用した発達障がいとともにある社会システム」の実装に向けた第一歩です。NFTコミュニティを起点として、発達障がいのある人・支援者が新たな形で協働しながら、それぞれの生業を作り出せる場を目指していきます。こうした場があることで、当事者・支援者に対して多様な選択肢を提供し、より豊かな人生を送れるようになるはずだと考えています。共感いただける方はぜひコミュニティの様子(※1)をご覧ください。

(※1)
 note: 一緒につくる、Good Job!。社会に新しい仕事をつくるNFTプロジェクト「Good Job! Digital Factory」|Good Job! Project (note.com)
X(旧Twitter):(1)Good Job! NFT 準備室(@GoodJobNFT)さん / X (twitter.com)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

 

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