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上場企業が迫られる資本コスト経営
~今後の資本コスト開示を見据えて~

2023年06月01日 山田英司


市場活性化に向けた取り組みを進める東証
 昨年4月に東証の市場再編が行われ、予想通り多くの東証1部企業がプライム市場に移行した。経過措置として、プライム市場の基準に満たない企業にも暫定的に上場を認めたからであるが、この状況を「横滑り」と受け止める批判も絶えなかった。
 そこで、東証は約 270 社が対象となったこの措置を2026年3月に終了することとし、さらに本年3月には、資本効率や株価を意識した経営を求める要請を、プライム、スタンダード上場約3300 社に向けて行った。特にPBR(株価純資産倍率)が 1 倍を下回る企業については、資本収益性や成長性に課題があるとして、改善目標を設定し、達成に向けた取り組み方針の公表を求めている。
 これらの一連の動きからは、市場再編を形式で終わらせず、本来の目的である市場の活性化を実現させようとする東証の強い意志が感じられる。中でも特に着目すべきは、上場企業に対し、資本コストへのより踏み込んだ意識づけと対応を求めている点である。

注目が高まる「資本コスト」
 資本コストとは、企業の資金調達に要するコストであり、具体的には、有利子負債にかかるコストのほか、株式に対する配当や株価上昇期待も含むものである。経営者は、投下資本に対する収益が資本コストを上回る水準に保つことで投資先としての自社の魅力を高め、資金調達を容易にすることができる。これによって株価の適切な上昇を伴うことが期待できることから、株式市場の活性化を図りたい東証が資本コストを重要視するようになったのは当然といえよう。
 もっとも、資本コストについては 2015 年のコーポレートガバナンス・コード施行や改訂、各種実務指針の発表ごとに言及されており、概念自体は目新しいものではない。実際、ポートフォリオマネジメントにおける事業の参入・撤退やM&A、設備投資などの重要な意思決定の際に、資本コストを念頭に置く上場企業は増加している。
 今回の要請は、資本コストを、事業参入・撤退や投資の判断基準とするばかりでなく、自社の企業価値の分析や、中長期の企業価値向上策を示すために活用し、それらについて投資家と建設的な対話を行うべきとした点に大きな特徴がある。さらに、要請では、資本コストの算出や分析の視点を具体的に示していることからも、資本コストを梃子とした経営を上場企業に浸透させる強い意志がうかがえる。中期的には、資本コストの算出や分析なども、必要に応じて外部に開示要請することを展望しているとも想定される。

迫られる資本コスト開示と体制整備
 上場企業では資本コスト開示の準備が必要となるが、資本コストそのものの算定・開示だけでは不十分と思われる。
 具体的には、資本コストを軸に理論株価を算出し、実際の株価との比較によって市場からの評価を認識した上で、資本コストを上回る収益の確保を目指す戦略を策定し、必要な投資を継続的に実行する必要がある。さらに、ROIC ツリーなどを活用して、事業・投資の効率性を適切にモニタリングすることに加え、最適な調達構造から資本コストを適正化するという経営システムの構築と運用が求められる。
 特に、近年では、投資家サイドが開示情報を基に上場企業の資本コストを推計し、そこから企業価値や理論株価を算定することが一般的となった。そのため、今後は企業サイドも自社の資本コストについてより踏み込んだ分析や対応方針を示さなければならない。その際、企業サイドでは、経営システムの構築と運用のほか、投資家に対峙する役割も担う CFO 人材の育成や、マネジメント層のファイナンスリテラシーの向上が不可欠となる。
 これらの環境整備と内容についての具体的な議論を進めるにあたっては、資本コスト算定方針や実際のプロセスも含めて、社外取締役が取締役会で適切に監督することが求められており、そのためには社外取締役もスキルの涵養が必要といえよう。
 現状では、人材確保や教育も含めて、多くの上場企業が手探りでの対応の段階にあると思われる。しかし、初めから精緻かつ完璧であることにこだわらず、内部・外部との対話を積み重ねながら、資本コスト経営を作り上げていく、このプロセスが上場企業には求められていると筆者は考える。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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