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従業員向け株式報酬(設計上のポイント)

2023年08月09日 綾高徳、里井大起


従業員向け株式報酬の設計についてお問い合わせを多くいただいていることから、その制度概要と具体的な設計スキームについて解説する。

1.目的・背景
従業員向けの株式報酬の導入を検討される背景には、上場企業において人的資本経営の考え方が一定程度浸透したことが考えられる。人的資本経営は余剰価値を生み出す唯一の材であるヒトを資本として捉えて投資することで(人的資本投資)、会社が成長するための原動力を生み出すという考え方である。人的資本投資の方法は教育や働き方の選択肢提供などが先行していた感を受けるが、ここにきて賃金の引き上げや株式報酬の新設といった処遇の中心テーマに対する投資が目立つようになった。
中でも株式報酬は払い切りの現金報酬と異なり、割当後も株価に連動して報酬としての資産価値が変動することから人的資本投資の手段として望ましい。また、企業価値向上への貢献意欲を高め、対象従業員と株主との一層の価値共有を図ることが期待できる。

2.制度概要
経済産業省がリリースした『「攻めの経営」を促す役員報酬―企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引―(2023 年3月31日時点版)』(以下、『本手引』)では従業員向け株式報酬を導入する論点についてクリアに整理されている(第5 従業員に対する株式報酬の付与に関するQ&A_pp.100-105)。特に注目すべき点は下記の通りである。

①従業員向け株式報酬の選択肢『本手引(Q79)』
従業員向け株式報酬の選択肢は対象勤務期間に対して事前交付型(事前交付型RS)と事後交付型(事後交付型RS、パフォーマンスシェア)が主な選択肢として挙げられている。
注目すべきは、事後交付型のような会社業績等(パフォーマンス)を算定要素に勘案するビークルが含まれている点である。筆者はこれまで従業員向け株式報酬には賃金に該当しない、つまり労働の対償性を匂わせない設計が求められると考えていた。しかしながらパフォーマンスに応じた交付株数の設定や譲渡制限の解除が認められたことで、設計の選択肢は格段に増加したと考える。

②賃金の通貨払い(労基法第11条)との関係『本手引(Q80)』
従業員向け株式報酬は、一定の要件(以下のa.~c.の全て)を満たす場合には、労基法第 11条の「賃金」には該当せず、同法第 24 条の賃金の「通貨払いの原則」にも抵触しないことが明らかにされた。

a.通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ。)を減額することなく付加的に付与されるものであること。

b.労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと。

c.通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者は労働者が受ける利益の主たるものであること。

設計実務的にはa.に対しては付加的設計、b.に対しては既存の給与規程とは別に株式報酬規程を新設設計、c.に対しては割当株数の合理的なボリューム設計にてクリアできるものと考える。

③会社法他との関係『本手引(Q81)』
役員等との対比で、下記のように整理されている。
株式報酬の交付対象
役員(取締役、執行役)
従業員
導入決議、交付決議
(会社法)
株主総会
取締役会(※1)
無償交付の可否(会社法)
割当時の開示規制
(金商法、上場規則)
適用
適用
社会保険料算定時の算定基礎となる報酬等の該当性
該当
該当
損金算入(法人税)


3.設計上の論点
①交付対象
従業員のうち、どの範囲までを交付対象とするか。管理職までとするか、非管理職を含む社員全員を対象とするかが論点となる。管理職は将来の役員候補であり、株式報酬の適用を通じて役員に昇任した際に一定の現物株を保有していることは有価証券報告書の記載上も望ましいことである。非管理職については一般論として職務や業績と株価の関係は遠い。遠いからこそ自社の企業価値を意識するために付与するという考え方や採用上の差別化要因・離職防止、またはインセンティブとしての側面に加えて自社株を用いた福利厚生(資産形成の補助)に有効といった考え方もある。
上記に加えて、役員向けの株式報酬と異なり1人当たりの交付株数は少ないが交付対象者数が多くなることから、従業員の株式報酬に用いる株数(制度運用を重ねた際の予想最大株数)が発行済み株式数に占める割合についても試算して妥当性を検証しておくことが欠かせない。

②株式報酬の性格付けと交付タイミング
株式報酬の性格をアニバーサリー的に位置づけると、交付はワンショットになる。この場合、ワンショットで交付した後に入社する社員は含まれない。一方で、継続的なインセンティブとして位置づけると、交付は毎年一定の時期等に行うことが考えられる(この場合、人件費と同様に株式報酬に掛かる費用も社員の入退社に伴って内転することから、総原資管理を行うことも可能と考える)。何を目的にするのかによって株式報酬の性格と交付タイミングが決まってくる。

③対象勤務期間(対償期間)
交付する株式報酬をどの勤務期間に対する報酬とするか(対償期間)、加えて交付する株式報酬の譲渡制限を解除するための勤務期間をどの程度の長さにするか(譲渡制限の解除要件)が論点になる。

④交付株数の算定基準とビークルの選定
交付株数の算定基準は、従業員の等級や役職に応じて一定の交付株数を定めるプレーンタイプと、業績(会社業績や個々人の成果等)に連動してそれを変動させるパフォーマンスタイプに大別される。株式報酬の交付タイミングとの関係で整理すると、具体的なビークルは下記のように整理することができる。この中でもあえて事後交付型を選択する理由は考えにくいことから事前交付型のRSかRS(PS型)のビークルをファーストチョイスとして検討をはじめることが想定される。
プレーンタイプ
パフォーマンスタイプ
事前交付型
RS
RS(PS型)
事後交付型
RSU
PS


わが国ではコーポレートガバナンス・コードの適用後、役員向けの株式報酬は上場企業のおよそ6~7割で導入されるまでに拡大した。従業員向けの株式報酬についても急速な拡大が予測される中、形式主義にとどまることなく真に人的資本の増強に寄与する制度となることを期待したい。

(※1) 但し、有利発行に該当する場合は株主総会での特別決議が必要となる。
(※2) 取締役会において、従業員を引受人とする募集株式の第三者割当を決議した後、払込期日において株式報酬相当の金銭報酬債権の現物出資と引き換えに各従業員に株式を割り当てる。
(※3) 但し「事前確定届出給与」「業績連動給与」に該当する場合はこの通りでない。

以上
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