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需要視点の国産SAF普及へのアプローチ~「環境教育」「観光資源」としての価値を生活者へ~

2023年07月11日 福山篤史


 航空業界における脱炭素化に向けて、持続可能な航空燃料(SAF)の導入圧力が高まっている。欧州連合は2030年にSAFの5%導入を義務化する方針を掲げ、国内でも経済産業省が2023年5月に、2030年から日本の空港で国際線に給油する燃料の10%をSAFにすることを石油元売りに義務付ける方針を示した。経済産業省は、2023年度中にエネルギー供給構造高度化法の政令改正を目指す見通しである。

 こうした義務化が進むなら、国産原料をもとにして国内で製造されるSAF(「国産SAF」)の供給体制を整えることが欠かせない。化石燃料をはじめとして資源に制限があるわが国では、可能な限り国産SAFの割合を高めておくことが、経済安全保障・エネルギー安全保障などの観点から重要である。政府としても、海外から輸入した原料由来のSAF(「輸入SAF」)だけでなく、「国産SAFの開発・製造を推進」も重要施策と位置付けている。2022年3月に有志の民間事業者が設立した「ACT FOR SKY」も、国産SAFの安定的な供給に向けて原料調達からSAF供給までの安定的なサプライチェーン構築に取り組む方針だ。

 ただ現実には、石油元売りを始めとした国内企業の多くが、輸入SAFの調達・供給体制の構築を先行して進めている。国産SAFは原料の量や製造拠点の規模に制約があることから、製造コスト及び販売価格が割高となってしまう。化石燃料由来の航空燃料に比べて、輸入SAFですら約2倍以上の価格差があると言われており、国産SAFではさらにいっそうの価格差が生じることが予想される。SAF供給者による製造規模拡大とSAF需要者による導入拡大は、所謂「ニワトリータマゴ」の関係にある。上述のような供給サイドでの義務化や、前回のオピニオン「国産SAF供給に向けて、広範なステークホルダーを巻き込んだ体制構築を」で述べたサプライチェーン整備が必要となるが、航空事業者や旅行者が価格の高さから国産SAFの使用を敬遠すれば、その普及が進まない可能性も十分考えられる。

 こうした課題克服のためには、国産SAFの持つ潜在的な価値を顕在化させ、消費者に対して訴求することが欠かせないだろう。国産SAFへの認知や理解が十分とは言えないため、国産SAFの認知と理解を広め、国産SAFに対してお金を払ってもよい、あるいは率先して国産SAFを使いたい、という旅行者を増やすことが必要である。このとき、消費者個人の自主的選択に委ねるばかりでなく、一定規模のまとまった需要を持つ教育機関・企業・団体旅行者等に率先して働きかけを行うことが現実的かつ効果的だと考えられる。

 国産SAF市場を開拓する具体的な策として、「SAFの一連のサプライチェーンを身近に感じる旅行体験を、教育機関・企業・団体旅行者等への提案すること」が手掛かりにならないだろうか。SAFは、私たちの生活の中から生じる廃食油、古紙、ごみ(家庭ごみ)等を原料として作り出すことができる。生活者自らが身近に原料の提供・回収からサプライチェーンの一端に関われる側面が、国産SAFにしかない特長だといえる。そこでは、旅行会社の企画構想力や実行力に大いに期待したい。全国の中学・高校では、「環境教育」や「サステナビリティ教育」が既に取り入れており、これらの一環として「SAF」について学ぶ機会を提供するとともに、SAFを搭載した飛行機を用いた研修・修学旅行の機会を提供することも現実的な策として考えられるだろう。これらの一連の体験価値が「観光資源」もなり得るのだ。実際に、大阪国際高等学校とJTBは、SAFを搭載したフライトでの修学旅行を2023年7月に実施予定であるという。その先には「自分たちで集めた廃物でSAFを作り、それを燃料に飛ぶ修学旅行」というアイデアもありうるのではないだろうか。

 また、民間企業による脱炭素化に貢献するビジネスと結び付く可能性も秘めている。SAFの原料の中でも、先行して利用が進む廃食油を例に挙げると、不動産事業者やデベロッパーが主導して、マンション・団地の住民から廃食油回収の仕組みを作る。協力した家庭に対しては「グリーン・マイル(仮称)」を付与して、サステナブルな旅行体験の機会を割安で提供するようなインセンティブ設計も考えらえる。

 こうした仕掛けを通じて、生活者サイドからも、SAFの原料提供やSAFを利用したフライトの利用促進が進むことが理想だろう。上述のような仕掛けにより、教育機関の「環境教育」の一環として「SAF」が取り上げられ、学校・家庭内の会話を通じて友人・家族がSAFに関心を持つことで、消費者個人の自主的判断でSAFが選択されていく状況が生まれていくはずだ。供給サイドの原料回収・製造過程の改良、需要サイドの認知・理解の醸成とハードルは高いが、各々からの歩み寄りをカギに、国産SAF市場急拡大のタイミングが少しでも早まることに是非とも期待したい。

<参考文献>
・ICAO[2022].「States adopt net-zero 2050 global aspirational goal for international flight operations」
・経済産業省[2023].「持続可能な航空燃料(SAF)の導⼊促進に向けた施策の⽅向性について(中間取りまとめ(案)」
・ACT FOR SKY[2022].「国産 SAF(持続可能な航空燃料)の商用化および普及・拡大に取り組む有志団体 「ACT FOR SKY」を設立~SAF の認知度向上、航空セクターの脱炭素化への貢献を目指します~」
・株式会社JTB[2023].「大阪国際高等学校×JTB修学旅行でSAFを購入し、航空機搭乗分の二酸化炭素を相殺~学校におけるSDGsに対する意識の醸成を図る~」


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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