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アジア・マンスリー 2023年6月号

エルニーニョ現象とアジア新興国経済

2023年05月26日 熊谷章太郎


2023 年夏から秋にかけてエルニーニョ現象が発生する可能性が高まっている。これにより干ばつが発生しやすいアジア新興国では、異常気象によって経済が下押しされる可能性がある。

■高まるエルニーニョ現象の可能性
2023 年夏から秋にかけて「エルニーニョ現象」が発生する可能性が高まっている。エルニーニョ現象とは太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけての海面水温が平年よりも高くなる現象である(これに対し、海面水温が平年よりも低くなる現象は「ラニーニャ現象」と呼ばれる)。わが国の気象庁は、監視海域の海面水温と基準値(過去 30 年間の平均水温)との差の 5 カ月移動平均値が 6 カ月連続で+0.5℃以上となる場合をエルニーニョ現象、▲0.5℃以下の場合をラニーニャ現象と定義している。

2022 年末にラニーニャ現象が終息した後、現在までいずれの現象も生じていないが、2023年 5 月、気象庁は夏から秋にかけてエルニーニョ現象が 8 割の確率で発生するとの予測を示した。1990年代後半や 2010 年代半ばのように基準値との差が+1.5℃を上回る「強いエルニーニョ現象」、または+2.0℃を上回る「スーパーエルニーニョ現象」が長期間続く場合、異常気象の発生頻度が高まるとみられている。

■エルニーニョ現象がアジア経済に与える影響
エルニーニョ現象に伴う気温や雨量の変化は地域によって異なり、経済にどう影響するかは一概に断言できない面があるが、アジア諸国ではエルニーニョ現象が干ばつをもたらすケースが多く、この場合の経済への影響として以下が挙げられる。

第 1 に、農業生産が減少する。シンガポール、日本、韓国といった所得水準の高い国では農林水産業の GDP に占める割合は 1%前後であり、農業生産の減少によるマクロ経済への下押し圧力は限られる。他方、東南アジアや南アジアの新興国では同割合が 1~2 割を占め、農業への就業者割合が全体の 3 割を超えている国が多く、農業生産の減少が経済全体に悪影響を及ぼしやすい。さらに、農作物の供給不足がインフレ圧力をもたらす。食料価格指数は、エルニーニョ監視指数(エルニーニョ監視海域の海面水温の基準値との差)と連動して動く傾向があり、エルニーニョ現象は異常気象を通じて世界の食料価格を押し上げる可能性がある。インフレは家計の購買力を減少させるほか、金融引き締めに伴う各種金利の上昇といった経路から耐久財消費や設備投資も下押しする。特に、所得水準の低い新興国ほど消費に占める食料への支出割合が高く、食料インフレに起因する景気下押し圧力を大きく受けると判断される。

第 2 に、水力発電への依存度が高い国が電力不足に直面しやすくなる。ラオス、カンボジア、ミャンマーは総発電量に占める水力発電の割合が 4 割を超えており、スリランカやパキスタンも電力の 2~3 割を水力発電に依存している。そのため、エルニーニョ現象の影響で主要な河川の水位が大きく低下すれば、その流域に接する国は深刻な電力不足に直面することになる。電力不足は各国の製造業やサービス業の生産活動の支障となり、食料以外の分野でも供給不足に伴うインフレ圧力が強まると見込まれる。

ちなみに、2010 年代半ばにエルニーニョ現象が発生した局面では、アジア各国で農林水産業の実質付加価値の増勢が鈍化し、ダムや河川の水位の減少を受けて水力発電による発電量が一時減少した。このように異常気象がインフレ圧力をもたらしたものの、その一方で原油価格が 2014 年前半の 1 バレル 100ドル前後から2016年前半に30ドル台へと大幅に下落したことから、インフレ率は多くの国で鈍化した。これに対し、現在は地政学リスクなどを背景に資源価格が高止まりしていることを踏まえると、今次局面は、エルニーニョ現象による追加的なインフレ圧力に対して景気は脆弱とみられる。

■エルニーニョ現象に伴う景気悪化リスクへの対応
アジア各国がエルニーニョ現象に起因する景気悪化リスクを回避する特効薬は存在しないものの、その軽減に向けて中期的な視野で以下の取り組みが求められよう。

まず、農業生産と食料供給の安定性向上に向けた取り組みとして、①気象条件を踏まえた作付け時期の柔軟な変更、②気温上昇や雨量減少の影響を受けにくい作物・品種へ切り替え、③灌漑(かんがい)農業に必要な農業用水施設の整備、④生活排水・工場排水の農業用水への再利用に必要な浄化処理施設の整備、⑤食料備蓄の積極的な積み増し、⑥エルニーニョ現象の影響を受けない地域からの農産物輸入拡大、などが挙げられる。また、農業保険制度の拡充や加入比率の引き上げも農業生産の悪化に伴う農家の所得減少を回避するうえで有効な取り組みである。このほか、水不足に起因する電力不足リスクへの対応としては、家計による節水、企業による水資源の利用効率の改善、水力以外のエネルギーの導入拡大、などが挙げられる。

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