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医療データを活かす包括的な視点 ~患者、医療機関、民間企業全体への利便性~

2023年02月01日 辻恵子


情報共有における事務作業に忙殺される医療従事者
 政府は、首相を本部長とする「医療DX 推進本部」を2022 年6 月に設置したことをはじめ、医療のDX 化を強力に推進する方針を打ち出している。背景には、わが国における医療データの利活用が十分には進んでいない現実への焦りがある。例えば、初めて医療機関を受診する際に、これまで他の医療機関で受けてきた治療内容やその効果、撮影した CT 画像などのデータを提示したいと思っても、実際にそうすることは難しい。
 他の医療機関の過去のデータを利活用できないことは、患者にとって不便なばかりでなく、医療機関にも大きな負担をかけている。医療機関では、日々の患者対応に加え、カルテや計画書など臨床業務に付随した膨大な書類作成業 務が行われている。筆者が理学療法士として勤務していた医療機関においても、他部門や他施設との情報連携のために必要な情報の入力など、多くの書類作成業務負担が発生していた。また、情報連携方法が標準化されていない ため、記載フォーマットが施設間で異なっている書類が、電子媒体や紙、FAX といった多様な方法でやりとりされており、情報共有に大変な手間がかかっていた。書類作成のために残業を行うことや、自身の休憩時間を利用することが常態化し、本来患者対応に割くべき時間や労力を削がれている実態があった。

わが国における医療データの利活用が進まない要因
 医療データを利活用する環境整備は、患者の診断や治療に係る一次利用だけではなく、企業や行政による研究や政策立案に係る二次利用においても、十分とは言えない。
 例えば、何らかの疾患における治療内容や効果などのデータが、特定の学会や病院グループ内で蓄積されていたとしても、国全体としてデータが蓄積される仕組みとはなっていない。そのため、それらのデータを必要とする新たな患者が現れても、すぐに利用することは難しい。本来、データはアカデミアや製薬企業をはじめとした民間企業に利活用され、革新的な治療や創薬に役立てられることが重要な役割のはずであるが、生かされていない。
 一次利用における情報連携の非効率性を含め、こうした状況をもたらしている主な要因の一つとして、医療データを共有するための基盤が標準化されていないことが挙げられ る。わが国では、データ管理は個々の医療機関が行うことが原則であり、電子カルテなどのシステムに関する意思決定も個々の医療機関に委ねられている。結果としてシステムの個別最適化が進んでいる。厚生労働省による標準化規格は存在するが、準拠への推奨に留まり拘束力に乏しく、データを他医療機関と連携する動きは鈍いままである。
 また、これまで政府は地域医療連携ネットワークの構築を進めてきたが、地域別に固有のネットワークが約 270 も乱立する事態を招き、全国的な医療データ連携基盤の構築には程遠い状況である。そこで現在、オンライン資格確認等システムネットワークを活用し、基本的な 3 文書 6 情報に関する医療データ連携が計画されている。しかし、今後の拡張の際には多額な追加費用が発生することも懸念される。
 データ基盤だけではなく、利活用に関するルールにおいても課題がある。一次利用では個人情報保護法、二次利用では次世代医療基盤法やがん登録推進法など、利活用の制度は個別に整備されているが、実際の患者は単一ではなく複数の疾患を抱えるケースが多い。そのため例えば、循環器疾患の患者ががんになった場合データを統合し活用したい場面が想定されるが、現実には対応が難しい。

部分最適な施策の組み合わせから、全体戦略の構築へ
 医療データの利活用を発展させるには、データ基盤においても、ルールにおいても、省庁別の縦割りの取り組みによる部分最適化された施策の組み合わせではなく、社会的資源である医療データをどのように利活用し価値を生み出すかという包括的な視点で全体戦略を構築する必要がある。
 まず着手すべきは、患者を含むさまざまなステークホルダーの視点から、医療データの利活用のあるべき姿を検討することである。その上で、実現したい姿であるグランドデザインの構築をはじめ、データ基盤やデータガバナンスの実装について議論を深めることになる。日本総研で もそうした視点から検討を進めており、有識者の方々と共に取りまとめた提言(※)を、2023 年 2 月に発表している。

(※)医療データの利活用促進のための提言を発表(ニュースリリース/2023年2月9日)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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