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アジア・マンスリー 2023年5月号

インドの電子決済における新たな動き

2023年04月27日 岩崎薫里


インドでは、UPIサービスにより電子決済の利用が急拡大した。最近では、そこから取り残された層に対応することで電子決済を一段と普及させようと、UPIの派生サービスが登場している。

■UPIによる電子決済の発展
インド政府は、社会・経済面での後れを一気に挽回し、国民を経済的に豊かにするための重要なツールとしてデジタル技術に着目し、様々な分野でデジタル化を進めている。なかでも金融のデジタル化は、キャッシュレスによる経済活動の効率化と国民福祉の向上、金融包摂(financial inclusion)の後押しによる個人や中小零細企業の財務基盤の底上げなどへの期待から、重点的な取り組みが行われている。

金融のデジタル化に際しては、中央政府が標準化されたデジタル・インフラを開発したうえで、それを官民に開放するという手法が採られてきた。そうして登場した様々なインフラのなかでも大きな効果を得られたのが、統合決済インターフェース(Unified Payments Interface、UPI)である。

UPIとは、スマートフォンを利用して24時間365日、銀行口座間の即時送金を可能とする、相互運用性を確立した電子送金システムである。世界的にみて最先端を走るこのシステムは、2016年にインド決済公社(NPCI)によって開発され、民間事業者に開放された。すると、これを活用した電子決済サービスの提供が相次ぎ、瞬く間にクレジットカード・デビットカードやプリペイド支払い手段(電子マネーなど)を上回って利用されるようになった。少額決済での利用が中心であるため、金額ベースではリテール決済全体の21%であるものの、件数ベースでは73%を占めるまでになっている(2022年度)。こうした動きに加え、2016年11月の高額紙幣の廃止や、2020年の新型コロナ禍に伴う非対面・非接触ニーズの高まりも追い風となり、インドにおける電子決済は過去5年(2017~22年度)の間に、件数ベースで7.8倍、金額ベースで1.5倍に拡大した。

UPIサービスがインドで広く受け入れられたのは、スマートフォンおよび銀行口座の保有者の増加を背景に、このサービスを利用可能な人が増えた点がまず指摘できる。それに加えて、いつでも簡単かつ即座に送金できる手軽さ、自分で作成したバーチャルアドレスを銀行口座番号とリンクさせることで、相手に銀行口座番号を教えなくても送金を受け取れる安心感、QRコードとの組み合わせによりリアル店舗での支払いにも利用できる利便性、などが支持された。さらに、手数料が無料であることも大きな魅力となっている。

■電子決済から取り残された層への対応
インドの電子決済はUPIによって大きく広がったが、拡大余地は依然として大きい。世界銀行の調査結果によると、「電子送金を行った、または受け取った」との回答割合は、2014年の22%から2017年に29%、2021年には35%と上昇したものの、それでもいまだ半分に届かない。その要因として、12億人の携帯電話人口のうち4割弱は依然としてフィーチャーフォンを利用していることに加えて、インターネット接続環境の悪い地域やインターネットの未接続者が地方を中心に一定程度存在することが挙げられる。こうした状況下、電子決済から取り残された層の利用を促すためにNPCIが導入したのが、UPIの派生サービスとしての「UPI 123Pay」と「UPI Lite」である。

「UPI 123Pay」(2022年3月導入)は、スマートフォンではなくフィーチャーフォンを利用した送金サービスであり、インターネット接続なしで利用できる。利用方法としては四つのメニューが用意されているが、例えば自動音声応答システム型では、指定された電話番号に架電し、自動音声の指示に従って登録作業を行っていく。送金を行う時にも、電話番号に架電したうえで、画面の指示に従って手続きを行う。

「UPI Lite」(2022年9月導入)は、対面での新たなオフライン決済サービスである。インターネットが未接続の場所や、接続されていても通信環境の悪い場所での利用が想定されている。オフライン決済とは、決済処理センターなどとの通信なしで完了したり、取引記録が事後に処理されたりする決済である。UPIのような即時送金の場合、オフライン処理であれば銀行預金残高が不足していても送金できてしまうため、不正利用を防止する観点からオンライン処理が一般的である。そうしたなかでもあえてオフライン処理を可能とするために、「UPI Lite」では各種の工夫がなされている。例えば、通常のUPIでは基本的に、利用者の銀行預金口座からの送金となるのに対して、UPI Liteでは、利用者はインターネットに接続できる時に銀行預金口座からスマートフォンのUPIアプリのなかに資金を移しておき、それを原資に送金を行う形をとる。

このように、「UPI 123Pay」および「UPI Lite」は、電子決済の普及の阻害要因としてインターネット接続やスマートフォン保有にかかわる問題に着目し、それらを乗り越えるために開発された。UPIという最先端の手法と、電話での自動音声ガイダンスやオフライン決済といった、ある意味で時間が逆戻りしたようなローテク手法を組み合わせている点にユニークさがある。

■直線的でない「リープフログ」
新興国では、途中の発展段階を飛ばして先端技術や先端商品・サービスを取り入れる「リープフログ(かえる跳び)」がしばしば指摘されてきた。しかし、インドでのUPIを巡る取り組みをみると、リープフログ的な政策アプローチを採用しつつ、時には技術的に後戻りする、複線的なアプローチを採用していることが確認できる。ただし、「UPI 123Pay」、「UPI Lite」とも現金を取り扱うことはなく、キャッシュレス路線を堅持している点で、アナログへの後戻りではない。現実を前に、使い古された技術をあえて取り入れてはいるが、その技術はあくまでもデジタル技術である。そのようにして金融のデジタル化を少しずつでも進めていこうというインド政府の姿勢を垣間見ることができる。

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