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病気の予防のための行動変容を起こすには

2023年01月31日 山内杏里彩


 日本における平均寿命と健康寿命の差は、男性で8.73歳、女性で12.06歳となっている(※1)。健康寿命を延伸させ、平均寿命と健康寿命の差を縮めることで、健康な働き手が増え、社会保障費の増加が抑制されると期待されている。こうした健康寿命の延伸に向け、近年では「予防医療」が非常に重視されるようになった。
 予防医療は一次予防、二次予防、三次予防の3つの段階に分けられる。一次予防は、生活習慣などを改善し、病気に罹らないようにするものである。二次予防は、健診などにより病気を早期発見し重篤化を防ぐものである。三次予防は、リハビリテーションなどにより、病気の再発防止や進行抑制、社会復帰の促進をするものである。
 このうち、二次予防は、自治体や企業が実施する健康診断などにより推進されており、三次予防に関しては、様々な医療機関においてリハビリテーション医療が強化されてきている。一方、一次予防では、二次予防・三次予防と比べ、個人が取り組みや意識の改善に関与することが強く求められる。つまり生活習慣を改善するような「行動変容」が重要である。しかしながら、この行動変容が非常に難しいのである。

 筆者は学生時代に、アメリカンフットボール部でトレーナーをしていた。トレーナーは、選手に対し、日頃から準備運動やクールダウンの重要性を説くのが役割のひとつだ。しかし、一部の選手は、その重要性を頭では理解しながらも、「面倒である」、「時間がない」といった理由で、準備運動やクールダウン等のセルフケアを怠ってしまうことも珍しくない。
 ある新入生は、「僕はこれまでずっとスポーツをしてきたが、怪我をしたことがない。クールダウンをサボっても怪我をすることはない」と言い訳をしていた。筆者はトレーナーとしてセルフケアの重要性やそれを怠ることのリスクの説明を試みたが、彼の取り組みを促進することができなかった。ところが半年後、彼は大怪我をし、その後1年間プレーができない状況に陥ってしまった。復帰した後の彼は、セルフケアを重視するようになり、毎練習後30分ほどかけてストレッチをするようになった。怪我をするという体験が彼の行動変容に繋がったのである。

 自ら行動変容することはもちろん、他人の行動変容を促すことすら簡単ではない。Prochaskaの行動変容ステージモデルでは、人が行動を変える際、無関心期、関心期、準備期、実行期、維持期の5つのステージを辿ると説く。先述の例のように、実際に怪我をするといった「感情的経験」は、無関心層において行動変容の大きなきっかけの1つとなる。もし、自身の将来の病気や状態を体験することができれば、予防の重要性に気付き、行動変容につながる可能性が高い。だからと言って、行動変容を促すために実際に病気になるわけにもいかない。では、どのように感情的経験を引き出すと良いだろうか。

 最近ではAIなどのIoT技術によって、健康診断のデータとともに、睡眠時間、食事量などの日常生活のデータから将来の疾病リスクや健康状態を予測するようなサービスが数多く存在する。しかし、「このままの生活を続けていると、5年後に50%の確立で高血圧症になります」と、数字で示されてもなかなか実感が沸かない。よりリアルに自分の将来を実感し、危機感を感じ、行動変容につながるような仕掛けが必要だろう。

 東京大学センターオブイノベーションが開発した行動変容の促進システム「カラダ予想図MIRAMED」を搭載したMS&ADの健康管理アプリ「Myからだ予想」(※2)では、健康診断のデータなどから将来のリスクを算出し、改善すべき生活習慣を示してくれる。そして、その改善に取り組まなかった場合、自身の顔が将来的にどのように変化するのかを写真で示すという機能まである。また、NTTでは人の身体や心理の状態を再現したデジタルツイン、バイオデジタルツインの実現に向けた研究を進めている」(※3)生体情報に加え、個人の環境や生活習慣を反映したバイオデジタルツインを作ることができれば、未来の心身の状態を再現することが可能になる。実際に、顔周りに肉が付き、顔色が悪くなっている将来の自分の写真や、自らの生活習慣を反映した仮想空間上の自分が病気に罹ってしまう様子を見ることで、生活習慣を改善しなくてはという危機感が強くなり、行動変容につながる。「そこまでするのか」という感想もあるだろうが、今日の先端技術はそれを実現可能としている。一度、何年後かの自分の姿を直視することで、行動変容につながるのではないだろうか。健康寿命延伸の切り札は、意外にもこうしたところに存在しているのかもしれない。

(※1)厚生労働省 健康寿命の令和元年値について
(※2)三井住友海上火災保険株式会社他 健康経営支援保険の発売について
(※3)日本電信電話株式会社 医療健康ビジョン:バイオデジタルツインの実現

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


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