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既設ダムへの投資を呼び込む施策

2023年01月31日 石川智優


 日本では、治水を目的とした洪水調節用ダムや発電を目的とした発電ダム、農業用ダム、複数目的で利用する多目的ダムなど様々なダムが、これまで整備されてきた。近年、気候変動の影響による水害の激甚化をうけ、ダムの活用目的・方法の見直しが進んでいる。2019年に発生し、甚大な被害を及ぼした令和元年東日本台風をきっかけに、洪水調節用ダムに限らず、発電用ダムや農業用ダムなどのいわゆる利水ダムを、大雨が見込まれる場合に限り治水目的で利用する「事前放流」(注1)という取り組みが全国で始まり、以降、洪水被害の軽減に大きく貢献している。事前放流とは、治水の計画規模や河川(河道)・ダム等の施設能力を上回る洪水の発生の可能性があるときに、ダム下流河川の沿川における洪水被害の防止・軽減を目的として実施するものである。このように、「水を貯める」というダム共通の機能を上手く活用することで治水効果を高めることができる。

 一方、水害対策における課題は多様なダムの治水利用だけで解決できないものもある。特に着目すべきはインフラの老朽化への対策で、とりわけ代表的な課題が洪水調節用ダムの老朽化や堆砂問題だ。洪水調節用のダムでは、建設から40〜50年が経過しているものが多い。そのため、洪水被害を軽減するために利用されてきたダムが、老朽化や土砂の流入によって貯水容量が減少してしまい、これまでのように水を貯められなくなりつつある。単に土砂を浚渫すればいいのではないか、メンテナンスすればいいのではないかと思われるかもしれないが、そうもいかない。ダムの維持管理には莫大な費用と専門人材が必要となる。ところが、地方においては人口が減少し、ダムの維持管理に財源をあてられなくなりつつある。それに加え、専門人材の確保も難しくなりつつある。ダムの建設や維持管理に関わってきた専門人材が高齢世代となり、後継者が不足していることが顕になっている。

 このようなインフラの課題に対しては、「新たな投資を呼び込む」施策が重要である。投資と聞くと金儲けのためのインフラ利用、と見えるが、そうではなく、長期的に持続可能なインフラの維持管理・利活用が出来るようにするための施策である。ダムの利用目的、運用方法を見直すことで、従来、洪水が予測される場合に限り水を貯め、それ以外の期間は水を貯めない(極端に表現すると空の状態)運用が行われてきた洪水調節用ダムや、洪水調節・発電の両機能を持つ多目的ダムを有効活用するというアイデアがある。具体的には、一定の水位制限をもって発電が行われてきた多目的ダムの運用を見直すことや、発電に使われてこなかったダムを発電利用可能とすることで、発電で得られた新たな収入を財源に民間企業等の投資を呼び込むのである。民間企業等が発電事業に参加することで、ダムの維持管理費や専門人材の共有等が可能となり、治水能力の維持・向上に繋がる。

 このように、主に洪水調節機能を有する多目的ダムや洪水調節・農地防災用ダム等を対象に、治水能力に悪影響を及ぼさない範囲の施策(高度な気象予測技術の活用等)とあわせて発電利用を推奨していくことで、既存インフラへの投資を呼び込み、持続可能なエコシステムを作るべきである。

 現在、以上の考え方に類する政策としては、気候変動に適応した多目的ダム等の治水機能の強化を官民連携の新たな事業体制で実施するとともに、カーボンニュートラル(緩和)、地域振興との両立を図ることを目的とした「ハイブリッドダム」という考え方が提唱されている」(注2)。これは、先述した洪水調節用ダムや多目的ダムの発電利用等、高度運用を推進するものである。従来の洪水調節のためのダムの容量について、洪水時には洪水調節のために活用、平常時には治水に支障の無い範囲で、最大限、発電のために活用する容量として新たに設定することを目標としている。

 ハイブリッドダム構想を実現するためには、新たな官民連携スキームの構築や民間投資を呼び込むインセンティブ設計、また発電により得られる収益の地域還元施策等、多くの論点があげられる。これらひとつひとつに具体性をもって対応していくことが重要である。

 最後に、当社が企画・設立し、主導している「流域DX研究会」では、既設インフラ活用による流域全体の治水対策をテーマとして掲げ、ハイブリッドダム構想で求められる施策や制度的課題、事業スキームについても具体的に議論を進めてきた。今後、流域DX研究会を通して得られた知見を政策提言等の形で広く発信していく予定である。ぜひお役立ていただきたい。

(注1) 国土交通省 事前放流ガイドライン
(注2) 国土交通省 官民連携の新たな枠組みによるハイブリッドダム

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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