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従業員意識調査から始める組織改革

2023年01月23日 石井隆介


1. なぜ従業員意識調査に取り組むのか
 労務行政研究所の調査(※1)によれば、従業員満足度調査の実施率は増加傾向にあり、2022年の調査では従業員満足度調査を実施している企業は33.9%、エンゲージメントサーベイを実施している企業は15.4%存在するそうだ。(従業員規模1,000人以上では従業員満足度調査は42.5%、エンゲージメントサーベイは24.1%)。筆者の体感としても、クライアント企業から従業員満足度調査やエンゲージメントサーベイ(以下、まとめて「従業員意識調査」と呼ぶ)について相談されることが増えてきているように思う。
 背景の一つに人的資本の情報開示への要請が挙げられるだろう。組織の状況を定量的に把握して取り組みの成果を可視化することは今後ますます求められるようになる。まずは現状把握のために従業員意識調査を実施したいという相談は多い。また、従業員のエンゲージメント向上は多くの企業にとって頭を悩ませる課題であり、取り組みを始めるにあたって従業員意識調査を実施したい、というケースもよく見られる。
 従業員意識調査は調査会社などに外注する方法と自社で調査設計・分析を行う方法の二通りがあり得るが、本稿では主として後者を念頭に、より実り多い調査を行うためのポイントを紹介したい。

2. 従業員意識調査の進め方
 従業員意識調査は以下のステップで進める。

 

 まず行うのは「調査目的の明確化」である。何のために調査を行うのか、この調査で何を明らかにしたいのか、といった目的を明らかにする。例えば、自社組織の状況を把握できていないからまずは広くアンケートを実施したい、近年離職率が増えているためエンゲージメントの状況を調べたい、といったことである。当たり前のことと思われがちであるが、案外このステップが抜けているケースは多い。突然社長から従業員意識調査の実施を命じられ、目的も分からないままアンケートの設問を考え始めてしまってはいないだろうか。まずは社長に調査目的を問い、従業員意識調査以外の手法(例えば、対象者を限定したインタビューや観察調査など)も含めて幅広に検討するところから始めるとよいだろう。従業員意識調査は広範な従業員に関する定量データを短期間で集められる一方、それ単体で深い組織理解に至ることは難しい。調査目的に照らして従業員意識調査が妥当であるか確認すべきだ。
 次に「実施要領の検討」である。これは、誰に(調査対象)、いつ(実施時期)、どのように(回答方法)、調査を行うのか決定するものである。調査対象については、幅広く自社の状況を調べたい場合は全社員を対象にすべきであるし、例えば生産工程に関する調査であれば特定の工場勤務者のみを対象にすべきだ。実施時期については、なるべく繁忙期を避けて1~2週間程度の回答期間を確保することが一般的だ。回答率が芳しくない場合に1週間程度延長するようなケースもよくあるため、余裕を持ってスケジュールを組みたい。回答方法についてはウェブサイト上で回答するものと手書きで回答するものに大別されるが、手間が少なくミスも起こりにくいウェブアンケートを用いることが一般的だ。ただし、会社貸与のPC・スマートフォンがない対象者もいるだろう。その場合は該当者のみ手書き回答とするか、自身のプライベート端末からの回答を検討すると良い。
 続いて「調査票の作成」である。調査票とは、文章の形で設問と回答選択肢を作成し、しかるべき順番に並べたものである。調査票の作り方にはパッケージ型(標準的な設問などによりあらかじめ設計されているもの)とオーダーメード型(個別企業の状況・ニーズに応じて設問を設計するもの)の大きく2通りある。先ほど引用した労務行政研究所の調査(※1)では、エンゲージメントサーベイにおいてパッケージ型を使う企業が66.7%、オーダーメード型が33.3%であるそうだ。パッケージ型は比較的短期間で安価に実施できることがメリットだろう。また、調査会社が保有する他社データとの比較が可能な場合もある。オーダーメード型は自社に合わせた設問を通じて、知りたい情報をダイレクトに得られることがメリットである。
 自社で調査設計・分析を行う場合はオーダーメード型の調査票になるだろう。オーダーメード型で調査票を作成する場合、単純に聞きたい設問を並べるのではなく、ある程度構造的に調査票を作成することが重要だ。基本的には、結果である「目的変数」と、その原因である「説明変数」に分けて設問を設計しよう。目的変数は会社として解決したい根本的な課題と捉えて良い。説明変数はその根本的な問題を引き起こしている要因である。例えば、従業員意識調査を行う背景となる課題が「社員のエンゲージメントが低いこと」であれば、「エンゲージメントスコア」や「高エンゲージメント人材の割合」が目的変数になる。一方、エンゲージメントを左右しそうな要素(例えば、従業員の人間関係、働く環境の良し悪し、報酬への満足度など)が説明変数になる。このように構造化して調査票を作成することがオーダーメード型の場合は重要だ。
 最後に「実査・分析」である。実査期間においては回答者やその上長からさまざまな問い合わせが入ることが多く、対応に追われるだろう。また、この期間は可能な限り回答率を高めることに注力したい。部署別の回答状況を把握し、芳しくない部署に対しては個別にリマインドするなど、回答率向上に努めるべきだ。回答期間が終了したら分析を行う。まず全社単位で回答を集計し、どの部分は望ましい回答で、どの部分は課題がありそうか、といった大まかな傾向を確認する。次に、ある程度大くくりした組織別(本部、事業部、など)の回答傾向をクロス集計し、全社傾向との差異を把握する。全社傾向と比べて悪い部分は改善の余地があるし、良い部分はベストプラクティスとして全社へ還元できる可能性がある。このように基本的な部分を確認した後、気になる点について深掘りをしていく。例えば、特定設問の回答をかけ合わせて示唆を導くクロス集計や、目的変数に対してどの説明変数が影響を与えているか把握する回帰分析は、深掘り分析において良く用いられる手法である。また、自由記述欄の分析も重要だ。いくつかのカテゴリ別に記述を分類して定量化するアフターコーディングが代表的な手法である。自由記述の意見によってそもそも会社側が把握していない事実を知ることも多く、必ず全ての記述に目を通すことをお勧めする。

3. 調査結果をどのように組織改革へつなげるか
 ここまで従業員意識調査の実施手順を紹介した。しかし、従業員意識調査はあくまで実態を把握するものであり、それだけでは組織は変わらない。従業員意識調査の結果を踏まえ、以下に示すような手順で実際の組織改革に取り組んでみてはいかがだろうか。
 まず、調査の結果から見えた課題を洗い出し、似ている課題をグループ化したり、因果関係が存在するものを構造化したりして整理する。そうすると、真に手を打たなければならない問題点が見えてくる。会社にとって最大の問題は何で、それを引き起こす問題点にはどのようなものがあり、それぞれの問題点には具体的にどのような課題があるか、といった整理を行う。
 次に、それらの問題点を解決するための施策を検討する。従業員意識調査で扱うテーマでは、多くの場合、会社として取り組まなければならない全社的な施策と、各部署単位で取り組まなければならない個別的な施策に分かれる。あるいは、会社の環境を改善するハードアプローチと、従業員の意識や行動に働きかけるソフトアプローチ、といった体系化も可能である。施策はまず幅広に洗い出し、効果が期待できそうなものを掘り下げて具体化するアプローチが有効だ。
 取り組むべき施策が見えてきたら具体的な推進体制を検討する。施策を所管する部署が明確であれば良いが、そうでない場合は別途ワーキングチームを組成する。施策のテーマによっては全社横断的にメンバーを集めたり、専任者を置いたりすることもある。また、プロジェクトオーナーやステアリングコミッティなどによる意思決定プロセスを設計しておくことも必要だ。
 その後、施策の実行スケジュールを作成する。施策は1カ月程度で完了するものもあれば数年を要するものもある。あるいは極めて重要で難しい施策もあれば、それほど大きな効果は期待できないがすぐに実行できる施策もある。それらを統合してマスタースケジュールを策定する。
 ここまでが検討のフェーズだとすれば、ここからは実行フェーズとなる。地道な施策の実行を通じて組織改革を進めていく。また、少なくとも1年に1回程度のスパンで従業員意識調査を行い、組織がどのように変わってきたか常にモニタリングすることが重要だ。あまり効果が出ていない施策はやり方を見直し、新たな課題が見えてきたら施策を追加する。そのように従業員意識調査と施策によるPDCAサイクルを回し、組織改革を前進させる。

4. おわりに ~調査で満足せず、組織改革に着手し果実を得よ~
 従業員意識調査を実施しただけで満足してしまい、その後何もアクションしない企業は意外と多いものだ。しかし、それでは組織は変わらない。その後の組織改革こそが本丸であり、従業員もそれを期待している。
 本稿をご一読くださった皆さまが有意義な従業員意識調査を実施され、組織改革を通じて具体的な成果を得られることを願っている。

(※1) 「人事労務諸制度の実施状況」 労政時報本誌 4039号

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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