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地方のスタートアップ・エコシステムの現状と課題
~スタートアップ・エコシステムから、地域を進化させるイノベーション・エコシステムへの転換~

2022年11月17日 井村圭


始めに
 岸田内閣が提唱する「デジタル田園都市国家構想」は、「デジタルの力で新たなサービスや共助のビジネスモデルを生み出しながら、デジタルの恩恵を地域の皆様に届けていくこと」を目指している(※1)。この中で重要になってきているのが、新たなサービスを生み出していくスタートアップ、それらを生み出していくエコシステム(生態系)の存在である。
 実際、先述したデジタル庁のホームページには「スタートアップ・エコシステムの確立」が明記されており、2022年4月4日に開催された「第6回デジタル⽥園都市国家構想実現会議」のデジタル庁資料(※2)の「新産業創出への見取り図」の中でも、「持続可能な新産業に育てるため、スタートアップ・エコシステムを確⽴する」と、同じくスタートアップ・エコシステムの重要性が語られている。
 このように、今後、政府が進めていく「デジタル田園都市国家構想」にとって、スタートアップ、そしてそれを育てていくためのスタートアップ・エコシステムの存在は切っても切れない関係と言えよう。

スタートアップ・エコシステム拠点都市とは
 振り返れば、スタートアップ・エコシステムという言葉が世間の耳目を集めるようになったのは、2019年に内閣府が発表した「Beyond Limits. Unlock Our Potential.世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略」(※3)がきっかけであったように思われる。この戦略に基づき、政府は、翌2020年に、国内におけるスタートアップ・エコシステムの拠点形成を目的として、グローバル拠点都市が4カ所、それに次ぐ推進拠点都市が4カ所の計8カ所をスタートアップ・エコシステム拠点都市として認定した(※4)

【グローバル拠点都市】
〇スタートアップ・エコシステム 東京コンソーシアム
〇Central Japan Startup Ecosystem Consortium
〇大阪・京都・ひょうご神戸コンソーシアム
〇福岡スタートアップ・コンソーシアム

【推進拠点都市】
〇札幌・北海道スタートアップ・エコシステム推進協議会
〇仙台スタートアップ・エコシステム推進協議会
〇広島地域イノベーション戦略推進会議
〇北九州市SDGsスタートアップエコシステムコンソーシアム

 上記の中で特筆すべき点としては、三大都市圏以外から福岡がグローバル拠点都市に認定されていることである。福岡では、2012年に、高島市長が「スタートアップ都市ふくおか宣言」を提唱し、2014年には、国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」に指定され、外国人創業人材等の受け入れを進めるなど、スタートアップの育成に力を入れてきた。 
 その象徴的な存在として、2017年に福岡市の中心である天神地域にあった福岡市内で最古の小学校の一つである旧大名小学校をリノベーションし、スタートアップカフェやコワーキングスペース、スタートアップ企業が入居するオフィスが設置された「FUKUOKA growth next(以下、FGN)」(※5)が挙げられる。FGNではスタートアップ関連のイベントが多数開催され、福岡スタートアップ・エコシステムの中心として現在も存在感を示している。

選定都市のこれまでの動きと現状
 上記の都市がスタートアップ・エコシステム拠点都市として認定されてから、今年で2年がたつが、現在においても活発に活動している地域が多く、例えば新規事業創出の支援を行うインキュベーションプログラム、スタートアップの成長を目標としたアクセラレーションプログラム、大企業とスタートアップの連携を推進するオープンイノベーションプログラム、ベンチャーキャピタリストなどが参加するピッチイベント、スタートアップ向け勉強会など、官民問わず、毎日のように各拠点都市でスタートアップ関連の取り組みが行われている。
 このようなスタートアップ・エコシステム拠点都市の活発な動きの中において、アメリカのカリフォニア州のガレージで創立されたスタートアップで、現在では世界的な企業になったGoogleが、日本国内初となる開発に特化した事業所を、福岡市で開設することを検討しているといったビッグニュース(※6)も生まれた。

 筆者の出身地である北海道においても、札幌市が中心となり、全道のスタートアップ支援を行う「STARTUP CITY SAPPORO」(※7)というプロジェクトが進められており、さまざまなプログラムやイベントが催されている。民間においても北海道新聞社とデジタルガレージ社の合弁会社であるD2 Garage社(※8)によって、アクセラレータープログラム「Open Network Lab HOKKAIDO」、大通り公園に面する北海道新聞社の2階に位置する北海道最大級のコワーキングスペース 「SAPPORO Incubation Hub DRIVE」の運営が行われている。
 また、2020年には北海道出身で、東京でメガベンチャー、スタートアップの役員を務めたUターン者が北海道のスタートアップ向けのベンチャーキャピタルを設立するなど、かつてハドソンといった著名なスタートアップを輩出した「サッポロバレー」以来、第二のスタートアップ全盛期に向けて精力的な活動が行われている。

 その他の地域においては、Central Japan Startup Ecosystem Consortiumにあたる愛知県と浜松市の動きが近年では活発である。愛知県では2024年に名古屋市最古の公園である鶴舞公園内に、日本最大規模のインキュベーション施設である「STATION Ai」をソフトバンク社と協力してオープンする予定(※9)であり、浜松市では、2019年から、「浜松市ファンドサポート事業(※10)」を行っており、これは、浜松市内のスタートアップ企業に対して、事業の成長に必要な資金を、浜松市認定ベンチャーキャピタルの投資活動と協調しながら、浜松市が交付金を交付するという、スタートアップの資金面を大きく支える事業を展開している。

 これらの地方のスタートアップ・エコシステムの活発な動きを受けて、地方からもグローバルに活躍するスタートアップを創出するために、2020年には、経済産業省などが立ち上げた「J-Startup(※11)」に、「LOCAL(J-Startup地域版企業)(※12)」が追加された。現在では、北海道(40社)、東北(32社)、新潟(20社)、中部(22社)、関西(58社)、九州(32社)の6地域で、それぞれの地域を代表するスタートアップが認定され、海外展開に向けた支援も始まっている。

地方におけるスタートアップ・エコシステムの課題
 スタートアップ・エコシステムの発展は、スタートアップの重要性が認知され、それらを支援する動きが増えていく第一段階、それまで点であったスタートアップや、支援がつながりはじめ、ネットワークが生まれてくる第二段階、そして、ネットワークから新たなスタートアップが生まれ、支援の輪が広がり、これらの流れが自立的に循環、発展をして地域全体にイノベーションが波及していく第三段階と、少しずつ段階を踏んで、広がり進化していく傾向にある。
 それぞれの拠点都市を見ると、程度の差こそあれ、現在は、第一段階を超え、第二段階に移ろうと時期のように思われ、スタートアップ・エコシステムは各地域で着実に発展してきていると言えよう。各地域の関係者の熱心な取り組みに加え、ここ最近の、コロナ禍によるオンライン化の普及によって、地方にいても、海外や首都圏のベンチャーキャピタルとつながることが容易になったことで、事業のブラッシュアップ、資金調達をする機会が増え、このコロナ禍が地方のスタートアップにとって追い風になったことも、皮肉だが事実である。

 ただし、地方において、スタートアップという存在がより多くの人に認知され、新たなスタートアップや、支援家が続々と生まれ、自立的に循環、発展をしていく、スタートアップ・エコシステムの第三段階に至るためには、まだまだ課題が存在する。
 例えば、スタートアップ・エコシステムが第三段階に移るためには、新たなスタートアップが次々と生まれてくることが重要であるが、地方ではスタートアップの絶対数が少なく、また、生まれてくるスタートアップの数も少ないのが現状である。例えば、地方で開催されるイベントでは、いつも同じ顔ぶれのスタートアップが参加していることが多い。
 また、支援家の観点から見ても、地場の企業や教育機関、金融機関、行政にとって、まだスタートアップは遠い存在であり、地方経済においてスタートアップの存在が位置付けられていないことも現状もある。その地域の産学官のプレイヤーにヒアリングをすると、「どのように自分たちがスタートアップに関われば良いのかが分からない」といった言葉が大部分を占めることが如実にその事実を示している。
 このように、その地域のスタートアップの層が薄いだけでなく、スタートアップを支援する立場のプレイヤーも支援の仕方に悩んでいることが地方におけるスタートアップ・エコシステムの共通の課題であると考えられる。

今後の方策
 上記の課題の解決策としては、「コミュニティの形成」と、「内外をつなぐ翻訳者の存在」、「スタートアップという言葉からの脱却」の3点が重要であると考える。
 首都圏のベンチャーキャピタリストにヒアリングを行ったところ、スタートアップが生まれる条件に、多くの方々がコミュニティの重要性を挙げていた。これは、単にスタートアップ同士がつながることだけを意味せず、企業に勤めて起業をした先輩を囲んで、定期的に会社時代の後輩が飲み会を行う、起業家を多く輩出する大学、企業の卒業生のつながりなど非公式なものも多く含まれる。このようなコミュニティが形成されることによって、起業が身近になり、まずは知人のスタートアップに転職した後で、自身で起業するといった好循環が生まれてくる。地方においてはまだまだ起業する人が少ないことから、例えばその地域出身のスタートアップ関係者と地元スタートアップとをマッチングさせるような交流会を開き、それによって地域を超えてコミュニティ形成を図ることなどは有効な手段であると考える。
 次に、「内外をつなぐ翻訳者の存在」であるが、地域の中で言えば、行政や地元の大企業、金融機関とスタートアップでは、その社会における目的や、「言葉」が大きく異なることから、それらをつなげるためには、両方の言葉を理解して、それぞれの言葉に合わせて話すことができる存在が重要であり、より大きな目線で言えば、首都圏、海外といった地域外の行政、大企業、スタートアップ、ベンチャーキャピタルと関係性を持ち、その関係性を地方に持ち込み、地方と融合させることができる人間の存在が重要である。先にも述べたように、このような人材がその地域に一人でもいることで、地域内、特定のプレイヤー内にとどまらず、プレイヤーの壁や、地域の壁を超えて、より幅広いコミュニティ形成につながっていき、結果として、より多層的なエコシステム形成に寄与していくものと考えられる。最近の兼業、副業の流れの中で、これまで仕事で得てきたスキルやノウハウ、人脈などを、自分の生まれ育った地元に還元するような機運も高まってきていることから、今後はそのような翻訳人材を地方に引きつける仕組みが、重要になってくるものと考えられる。
 最後に、「スタートアップという言葉からの脱却」であるが、スタートアップ・エコシステムと言うと、スタートアップのみに限定されて考えられてしまうため、中小企業を含めて多くの企業、団体によって形成されている、その地元の産業界においては自分たちのビジネスからは遠い存在に感じられてしまう。それゆえに、スタートアップに対して興味を持つのは一部のアーリーアダプターなプレイヤーに限定されてしまう傾向にある。
 これらを回避するためにも、スタートアップという一つの企業形態にばかり注力をするのではなく、あくまで彼らが結果として生み出す「イノベーション」に注力をすることが、逆説的にではあるが、スタートアップの存在をより引き立たせるものと考える。

最後に
 スタートアップ・エコシステムは単にスタートアップを増やし、いくつかのスタートアップだけを成長させるのが目的ではなく、最終的に目指すのは、その地域全体のイノベーションの加速にある。そのためには、スタートアップだけではなく、地場の企業や研究機関、教育機関、金融機関、行政、住民などのプレイヤーも巻き込みながら、彼ら自体のイノベーション、ひいては地域全体のイノベーションを加速するその地域に根差した「イノベーション・エコシステム」とも言えるような、スタートアップに限定されないエコシステムを形成していくことが重要である。「スタートアップ・エコシステム」からさらに一歩進んで、「イノベーション・エコシステム」へと進化することができるのかが、今後、地方でスタートアップ・エコシステムが着実に成長していくためのキーファクターになるのではないか。

(※1) デジタル庁ホームページ「デジタル田園都市国家構想(2022年11月10日参照)
(※2) 内閣府ホームぺージ「デジタル⽥園都市国家構想」持続可能な新産業の創出へ」」(2022年11月10日参照)
(※3) 内閣府ホームページ「Beyond Limits. Unlock Our Potential.~世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略」(2022年11月10日参照)
(※4) 内閣府ホームページ「スタートアップ・エコシステム拠点都市の選定について(2022年11月10日参照)
(※5) Fukuoka Growth Nextホームページ(2022年11月10日参照)
(※6) 毎日新聞ホームページ「米グーグル、福岡に進出 東京に次ぐ拠点開設へ IT技術者勤務(2022年11月10日参照)
(※7) STARTUP CITY SAPPOROホームページ(2022年11月10日参照)
(※8) 株式会社D2 Garageホームページ(2022年11月10日参照)
(※9) ソフトバンク株式会社ホームページ「愛知県とソフトバンクが愛知県スタートアップ支援拠点整備等事業の基本協定を締結(2022年11月10日参照)
(※10) 浜松市ベンチャー企業進出・成長応援サイトHAMACT!!ホームページ「ファンドサポート事業(2022年11月10日参照)
(※11) J-Startupホームページ(2022年11月10日参照)
(※12) J-Startupホームページ「J-Startup地域版企業(2022年11月10日参照)
以上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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