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2040年の仕事・生活の期待値(高校生への講義を振り返る)

2022年10月17日 時吉康範

 「高校の“総合的な探求の時間”で、2040年の未来を語れる人はいませんか?」との相談があり、お受けしたのがこの原稿を書くきっかけです。
 その高校は、進学校である静岡県立富士高等学校で、“総合的な探求の時間における探究活動(「心見考(こみこ)」)の実践”を学校経営計画に掲げ(※1)、とても熱心に1~3年生までの探求活動のさまざまなプログラムをまさに探求し、採用されています。新たな探求プログラムを採用するには、熱心な先生方と精力的なコーディネーターが必要不可欠だということに気付かされましたが、今回の相談は、富士高校の探求学習のプログラムをコーディネーターとして精力的に支援しておられる、富士市の地域NPO“まちの遊民社”(※2)から頂きました。

 日本総研に未来デザイン・ラボを創設し、蓋然性の高い未来と不確実性の高い未来を考えてきた筆者にとって、“〇〇の未来”を語ることはさほど難しいことではありません。ただし、
・企業、大学・大学院で話す経験はたくさんありましたが、高校生に話すのは初めてなので、これから話すことに関心を持ってもらうにはどうするか(課題1)、
・生徒に自分ごととして考えてもらうには「〇〇の未来はこうなる」だけでは不十分なので、どのようなストーリーを話すか(課題2)、
という2つの課題について思案しました。

<課題1について>
 (課題1)は先生方やコーディネーターとの最初の打ち合わせですぐに解決しました。その解決策は「腹を割って自分のことを話す」ということです。職業柄、観衆はいつも「お前のことはいいから本題を話せ」と思っているに違いないというバイアス・思いがあり、自分のことを人前で話すことを今まで避けてきたため、この解決策は目から鱗でした。時を同じくして、学生が企業の課題解決を提案するプログラムを提供している西宮市のNPOの理事長から「時吉さん、学生の記憶に残るのはあんたの話だけやで。この人の話を聞いてみたいとまず思わせなあかん」との助言に背中を押されたこともあって、そうやってみることにしました。

<課題2について>
 (課題2)にあたる講義内容については、結果として今回の「仕事の期待値」と「生活の期待値」にたどり着きました。そこにたどり着いた経緯を説明します。

・テーマの選定(「未来の〇〇」)
 日本総研ウェブサイトの特集コーナーに「金融経済教育の高度化」ページを立ち上げましたが、これは、これからの日本人はお金の話を避けるのではなく正面からお金を正しく学ぶことがやはり大切だと感じていたからで、今回の授業の軸として、「未来×お金」をテーマに考えていました。
 具体的には、「金融経済教育の高度化」ページの「開設にあたって」”で、お金の活用の変化のフレームワークにおいて「稼ぐ、使う、貯める、増やす、分ける」とそれに対応する外的環境変化要素を記していますが、まず今回は、「稼ぐ」に対応する“未来の仕事”、「使う・貯める」に対応する“未来の生活”を採り上げようと考えました。コマ数に余裕があれば、「増やす」に対応する“起業”、「分ける」に対応する“シェアリングエコノミーや社会貢献(寄付)”などへと総合的にコンテンツを増やすことはできそうに思います。

・未来の考え方・捉え方
 “未来”の話では、“人間が考える未来はいずれ実現する”ので、発現するかもしれないある事象(発現事象)が、発現する時間(想定時間)と発現する確率(発現確率)の推測が論点になります。今回、発現事象は、テーマとした“未来の仕事”、“未来の生活”であり、また、想定時間は、聞き手である高校3年生が企業の中核を担うであろう2040年と決まっていましたので、最終的には、“2040年の仕事”、“2040年の生活”を採り上げることにしました。さて、残るは発現確率です。
 未来の事象とお金と発現確率を自分ごととして考える……「ああ、期待値だ」と思いつきました。上述の通り、筆者自身のことを話すことにしたので振り返ってみると、筆者は30年前に米国のビジネススクールを出ているのですが、学校で最も印象的だった科目が確率統計と期待値計算でした。というのは、当時、自分の周りに期待値を使ってビジネスを説明する人は一人もおらず、三現主義で農耕民族の日本人には、自分にとってのリスクやリターンを、未来を予測し発現確率を用いて計算する“期待値”は、別世界の考え方だと直感したからです。30年経った今でも、期待値、言い換えると自分にとっての損得や価値観を、誰しも無意識には考えているにもかかわらず、正面から考える人も、期待値が人によって違うことを理解して他者と議論してみようとする人も多くはありません。自分をより理解することが他人とのコミュニケーションの土台になることに気づいてくれると良いと思い、「よし、期待値の話をしよう」と決めました。ただし、ファイナンスで扱うような定量重視ではなく定性的側面も入れて、また、確率統計の授業で扱うような難しい数式ではなくごく簡単に伝えられるとよいと考えました。そこで、分子の要素に“喜び”、分母の要素に“(心理的)ストレス”を加え、また、なるべく身近な例示をいくつか挙げて、期待値を説明することにしました。

<“2040年の仕事”について(第1回目の講義)>

・講義内容
 2040年の仕事のあり方に与える最も大きな変化の要因はやはりシンギュラリティなので、講義時間の制約もあり、そこに絞りました。仕事を巡る、機械vs人間の議論は古くからありますが、2040年には間違いなく機械にAIが搭載されているはずです。先生方は「“2040年の未来は明るい”ことを伝えて欲しい」と事前に話していましたが、筆者は色即是空を一つの信条にしているので「筆者が考える仕事の未来観を淡々と伝える。それを本当か嘘か、明るいか暗いか、どう思うかは聞き手が自分で考えることとして話したい」とお伝えし了承をいただきました。あわせて、講義にスマートフォン持ち込みの許可をお願いし、了承をいただきました。というのは、講師がこれまで聞いたことのない内容や高校3年生が既に選択した進路には不都合な内容を話すかもしれない、また、そもそも記憶しなくてもスマートフォン(と未来の代替物)が助けてくれる未来が訪れる、と思っていたためで、気になったことがあれば自分でその場ですぐ調べてみるよう促しました。生徒が、実社会や世の中で考えられていることを理解し、自分自身で考える授業を提供するためには、先生方の寛容さは大切だと思います。
 なお、まちの遊民社がセッティングされたグラフィックレコーダーの増田さんの作品を掲載しますので参照ください(※3)

・アンケートとリフレクション
 講義の後、生徒にアンケートを実施しました。アンケートは生徒の自分ごと化のために使うことをお願いし、これも了承をいただきました。ありがたいことです。
 Q1.2040年頃、あなたにとって期待値がありそうな仕事とはどのようなものだと思いますか?
 Q2.それを考えた際、あなたにとっての期待値をあなたはどのように考えて(試算して)みましたか?
 Q3.(先生方が追加)何か聞きたいことはありますか?

 生徒が回答してくれた内容をここで書くことはしませんが、期待値で考えることへの理解はまずまず得られたと思いますし、何よりも、ちょっと立ち止まって未来を自分ごととして考える刺激にはなったかなと思っています。
 また、アンケートへの回答は、2回目の講義「2040年の生活の期待値」の前半に、リフレクションとしていくつか共有しました。回答の中には筆者が目を奪われたものも多々あり、欲を言えばリフレクションに一コマ使えるとよかったと思います。また、先生方が追加した質問3.はファインプレーだと思います。学生からの回答(質問)は数十件ありましたが、全て返事をしました。高校3年生という忙しい状況にもかかわらず回答を書いてくれた一人一人の想いや疑問はとても貴重なので、一つ一つ丁寧に対応して当然と思った次第です。

<“2040年の生活”について(第2回目の講義)>

・講義内容
 2040年の仕事では変化の要因をシンギュラリティに絞って話しましたが、未来の生活(仕事も生活の一部ですから、正しくは仕事を除く生活)となるとさまざまな変化が考えられるので、一コマという時間の制約からそれぞれ軽く触れる程度になってしまう懸念はありました。それでも講義では、①バーチャルワールド、②食、③パートナー、④住まい、⑤消費の5つの変化を採り上げることで先生方と合意しました。 また、第1回目では筆者のみが講義をしましたが、この生活の期待値の講義では、数多くの高校で金融経済教育の授業を提供されているSMBCコンシューマーファイナンス名古屋サービスプラザの講師の方にも、2040年の生活とお金について講義をしてもらいました。
 なお、詳細割愛しますが、グラフィックレコーダーの増田さんの作品を掲載しますので参照してください。(※4)
※講義資料(抜粋):2040年の生活の期待値

・アンケートとリフレクション
 生徒が自分ごととして考える機会として、第1回目の講義と同じようなアンケートを実施しました。
 Q1.2040年頃、あなたにとって期待値がありそうな生活とはどのようなものだと思いますか?
 Q2.それを考えた際、あなたにとっての期待値をあなたはどのように考えて(試算して)みましたか?
 Q3.(先生方が追加)何か聞きたいことはありますか?

 筆者の担当は第2回講義までですので、回答へのリフレクションをする機会は設けることができませんが、質問3の回答(質問)には第1回同様、全て返事をしました。

<2回の講義を終えての課題>

 第1回と第2回の講義の違いを整理します。


 2点、気になったことがあります。1)第1回の質疑応答の質問が活発だったのに対して、第2回ではほとんど質問が出なかったこと、2)第1回のアンケートの回答に生徒の想いの熱さに感動したのに対して、第2回ではあまりそれが感じられなかったことです。
 講義後のディスカッションにて上記の感想を先生方にお話ししたところ、「聴講場所の違いによって、今回は質問が出なかった」、「生徒たち自身が考えてみる意味では、ありうる未来を色々とインプットしてもらってよかった」との意見をいただきました。ありがたいことです。
 その上で、筆者の反省点を記しておきます。
 まず、短い時間に色々な情報を詰め込んでしまったことで、生徒たちを混乱させてしまったと思います。時間あたりの最適なインプット量を再考する、同時に、全体プログラムの設計に関わる必要性を改めて感じました。また、文科省が“生きる力”で解説しているように、個々の授業あるいは情報がそれぞれ孤立することなく“つながり”を持って理解されることは実社会を生きる上で大切なことだと思います。そこで、未来の生活とお金のつながり(探求学習と金融経済学習のつながり)を理解してもらうことを目的に新たな講義形式に今回チャレンジしましたが、予想以上につながっておらず、工夫の余地があることを認識しました。引き続き創意工夫していきたいと思います。

(※1) 静岡県立富士高等学校 令和4年度 学校経営計画書
(※2) まちの遊民社 総合探求学習
(※3) 第1回目の講義当日のグラフィックレコーダー

(※4) 第2回目の講義当日のグラフィックレコーダー

以上
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