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自治体の予算要求審査においてDX案件をどのように評価するべきか

2022年10月14日 冨島正雄


1 本コラムの目的

 令和2年12月に総務省が「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」(以下「自治体DX推進計画」という。)を策定した。これに基づき、全国の自治体は「DX推進計画」を策定し、DX推進に向けた動きを活発にしている。「自治体DX推進計画」を実施するため、自治体では各部門から様々な「DX案件」が持ち上がってきている。しかし、自治体には予算の限度があるため、DX案件を評価し、優先度をつけて取り組まなければならない。問題は情報政策部門や財政部門が、各部門から持ち上がってくるDX案件をどのような観点から評価し、優先度をつけるかである。本コラムでは、この問題を解決するために、幾つかの評価手法案を提案したい。

2 従来の情報化案件の評価の観点

 従来、情報システムに対する投資は、業務効率化やコスト削減を主な目的とする「情報化案件」が主であった。「情報化案件」に対する予算要求時の評価は、以下の図表に示す3点から主に行われていた。



 上記Aの「費用対効果」における「効果」とは、以下の(ア)(イ)の効果の合計値を指すことが多かった。「効果」が「費用」つまり情報化投資の合計値を上回れば、費用対効果が見込まれるとして、プラスの評価を与える。

(ア)業務の効率化
 「効率化される業務時間(時間/年)×職員の想定人件費(円/時間)×情報化投資の効果がおよぶ期間(通常は5年程度)」で計算する。
(イ)コストの削減
 「情報化投資による費用削減効果(円/年)×情報化投資の効果がおよぶ期間(通常は5年程度)」で計算する。
 なお、法令改正対応や業務システムの更改等、実施しないと自治体業務に支障を来す案件は、費用対効果による評価の対象外とし、「調達費用の妥当性」や「要求仕様の妥当性」を中心とした評価を行うケースが多い。よってこのような案件は本コラムの検討対象から外す。

3「DX案件」に対する、費用対効果による評価の限界

 これまでの費用対効果による評価は、業務効率化やコスト削減に主眼を置いていた情報化案件には有効である。しかし、市民サービス向上、産業活性化、DXの基盤整備(※1)の側面については適用が難しい。具体的に自治体DX推進計画における各取組事項を4つの目的で整理すると、以下の通りになる。



 上記取組事項の多くが業務効率化の目的を持つものの、市民サービス・産業活性化・DXの基盤整備の目的も持っている。「市民サービス向上」や「産業活性化」、「DX基盤整備」の側面については、費用対効果だけでは評価できないため、DX案件においては、「費用対効果」に替わる新しい評価手法が必要なのである。



4 費用対効果に替わる評価手法1. 定量評価(費用便益分析)

(1)費用便益分析とは
 では、業務効率化やコスト削減につながらない案件の効果を、どのように計測すればよいのであろうか。1つは、公共事業等で利用される、「費用便益分析」の考え方を用いることが考えられる。
 「費用便益分析」とは、政策の経済的効率性を定量的に測る評価手法で、現在公共事業や規制政策、環境政策など幅広い政策分野を対象に用いられている(※2)。この場合、費用や便益を金銭価値に直して評価する。
 「規制の事前評価の費用・便益分析における定量化の手法に関する調査研究」(総務省行政評価局 平成22年1月)(※3)では、費用便益分析の便益は、以下の方法で算出する。

便益価値=原単位×主体数×発生確率


 この原単位については、以下の考え方で算出する。



 例えば、ある手続きのオンライン化により、今まで市民が平均往復30分かけて市役所に来る必要があったのに、その必要が無くなった場合、この手続きのオンライン化の年間便益は以下の通りである。なおここでは、市民が働いた場合の時給を1,000円と仮定している。



年間便益=500円×2,000人×80%=800,000円


 この便益と費用の比率(費用便益比=便益÷費用)が少なくとも1以上かどうかで、このDX投資が費用に見合うものかどうか評価する。

(2)費用便益分析の課題
 費用便益分析は、上記「図表 4 便益要素ごとの原単位算出の考え方(抜粋)」における「時間短縮」をもたらすDX案件であれば、比較的容易に実施可能である。その一方で、「訓練」や「社会的便益」をもたらすDX案件は、便益の定量化や金銭価値化が非常に困難である。例えば高齢者向けスマートフォン教室は「訓練」に当たるが、直接給与の増加をもたらすものではない。また市民に災害情報や避難情報を発信する防災アプリの開発のように、「社会的便益」を与えるDX案件において、「防災アプリ」の仮想市場を設定し、市民に支払意思額を尋ねることは、その手間やコストを考えると容易ではない。

5 費用対効果に替わる評価手法2. 定性評価(バランス・スコアカードのフレームワークによるDX推進計画への貢献度評価)

(1)バランス・スコアカード(BSC)とは
 定量化が困難なDX案件については、定性的な面から自治体のDX推進計画への貢献度を評価することが必要である。これには、民間企業における「バランス・スコアカード」の考え方を応用することが考えられる。
 「バランス・スコアカード(BSC)」とは、民間事業者において「財務指標に加えて非財務面の指標を活用して、多面的な業績/経営分析を行うための経営管理手法」(※4)である。「BSCを使用することにより『結果としての財務数値偏重の経営管理だけでは企業の経営を正確に把握できない』という問題に対応する」ことが可能になる(※4)
 BSCにおいては、以下の順番でBSCを作成する。

 ①自社のめざすビジョンとそのために必要な戦略を明確にする。
 ②ビジョンと戦略から4つの視点(財務の視点、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点)における戦略目標を設定する。
 ③戦略目標における重要成功要因(Critical Success Factor)を設定する。
 ④CSFに対する行動の成果を測定・評価するKPIと達成すべき具体的な目標数値を設定する。
 ⑤目標数値を達成するための、活動計画(アクション・プラン)を具体的に設定する。

 例えば、ある水産加工事業者は、「食を通じて社会に貢献」というビジョンのもと、「魅力ある商品の開発」という戦略を実現するため、財務の視点からは「自己資本の増強」「在庫の適正化」、顧客の視点からは「魅力ある食品」「食の楽しさを感じて頂く」、業務プロセスの視点からは「生産性の向上」「品質管理の徹底」、学習と成長の視点からは「原材料へのこだわり、知識」「衛生意識の徹底」という戦略目標を掲げた。そして、それぞれの戦略目標に対して、重要成功要因(CSF)、重要業績目標(KPI)を掲げた。それらを整理すると、以下の図表のようになる。



(2)BSCのDX推進計画への適用
 BSCは、DX推進計画にも適用可能と考えられる。ただしDX推進計画は多くの場合、「財務の視点」のような4つの視点に基づいて策定されているわけでは無いため、項目の読み換えが必要である。どのように読み替えるのが望ましいかは各自治体により異なるが、例えば以下のようにすることが考えられる。



 例えば、BSCのフレームワークでDX推進計画を整理するとこのようなイメージになる。なお、活動計画はDX推進計画におけるアクション・プランに相当する。



(3)BSCによるDX案件の評価
 BSCの考え方を用いてDX案件を評価する場合、まず、各基本目標、施策、重要成功要因に配点やウェイト付けをする必要がある。そのうえで、各活動計画に基づき各所管から提出されるDX案件について、KPIへの影響度を評価する。例えば以下の手順で配点やウェイト付け、評価を行う。

 ①各基本目標に対してポイントをつける。
 ②各基本目標において合計100%となるよう、各施策の重みづけをする。
 ③各施策において合計100%となるよう、各施策の重みづけをする。
 ④アクション・プランに基づき提出されるDX案件について、KPIへの影響度を評価する。例えば以下の通り。
 ○貢献度高 スコアは100%換算
 △貢献度中 スコアは50%換算 
 ×貢献度低 スコアは10%換算



 配点やウェイト付けをしたうえで、以下の式で各DX案件のポイントを計算する。例えばDX案件「□□アプリの構築」のポイントは下の式のとおり5ポイントとなる。

「□□アプリの構築」のポイント=基本目標のポイント(100P)×施策のウェイト(20%)
×重要成功要因のウェイト(50%)×KPIの貢献度(△なので50%)=5ポイント


 同様に「○○システムの改修」のポイントを計算すると、50ポイントになるので、この場合は「□□アプリ構築」よりも「○○システムの改修」のほうが評価が高くなる。



(4)BSCフレームワーク利用における課題
 BSCのフレームワーク利用による評価の最大の課題は、DX推進計画の各基本目標や施策等について、ポイント付けやウェイト付けをしなければならない点である。これは各目標や施策の優先度に関わる課題なので、自治体のトップレベルの判断や財政部門との共通認識の形成が必要となる。
 また、DX推進計画の枠外で発生する案件については、評価ができない。DX推進計画の枠外で案件が発生した場合は、DX推進計画とBSCの両者を見直す、BSCのみ見直す、BSCによる評価の枠外とする、等の判断が必要になる。

6 DX案件の総合評価(得点モデル法による評価)

 今までDX案件の評価方法として、費用対効果、費用便益分析による評価(定量評価)、BSCによる評価(定性評価)等が考えられることを述べた。しかし、各手法には長所・短所があり、それらを補うため、複数の手法を組み合わせる必要がある。また各手法による、案件評価の結果を考慮したうえで、最終的に実施の可否を決める総合評価を行うことが必要である。
 複数の手法を組み合わせて総合評価を行う手法として、「得点モデル法」が考えられる。得点モデル法とは、「プロジェクトの複数の評価項目を得点化し、その項目のポイントに重み付けをして算出したスコアにより、プロジェクトの実行の判断を行うもの」(※5)である。
 この「得点モデル法」でDX案件を評価する方法を考えてみる。例えば、「費用対効果」「費用便益比」「BSCスコア」「調達費用の妥当性」「要求仕様の妥当性」の各評価を以下の方法で得点化する。

 a.費用対効果 費用対効果(=効果額―費用)を百万円を1点として得点化
 b.費用便益比 比率を20倍して得点化
 c.BSCポイント BSCポイント1を1点として得点化
 d.調達費用の妥当性 判定Aを10点、Bを6点、Cを2点、Dを0点として得点化
 e.要求仕様の妥当性 判定Aを10点、Bを6点、Cを2点、Dを0点として得点化

 それを評価表として一覧化し、総合評価を行う。そのイメージは、以下の図表の通りである。なお、判定は40点以上を「○ 実施」としている。



 上記イメージの場合、No.1のDX案件が合計41点となり、基準の40点を超えるため、「○実施」となる。それ以外の案件は合計点が40点を下回るため、「× 実施しない」となる。
 なお、これはあくまでもサンプルであり、各評価の点数配分や評価項目は各自治体の状況に応じて検討する必要がある。最初のうちは代表的案件や過去の案件に試行的に適用し、うまく評価できるか、評価に偏りが出ないかを見極めたうえで、点数配分や評価項目を設定することが考えられる。

7.最後に

 本コラムでは、自治体におけるDX案件の予算要求審査において、従来の費用対効果に基づく評価だけでは対応困難になっていることを述べた。そのうえで、別の評価手法として、費用便益分析とBSCを紹介した。そしてそれらの手法を組み合わせた総合評価の手法として、得点モデル法を紹介した。これらはあくまでも基本的な考え方であり、具体的にどのような評価手法をどのように組み合わせるかは、各自治体が置かれている環境や方針によって異なってくる。例えば、定量的な費用対効果を重視する自治体、数値で現れにくいITリテラシー向上や暮らしやすさを重視する自治体等があると考えている。DX案件評価手法の検討を行っている自治体においては、今回ご紹介した手法を参考にして頂き、具体的な手法について検討を進めて頂ければ幸いである。

(※1) 「DXの基盤整備」とは、ここではDX案件の中で、直接業務効率化や市民サービス向上等につながらないが、それらの実現に向けた施策の基盤となる施策を「DXの基盤整備」と称している。
(※2) 出所「電子政府政策における費用便益分析」 社団法人行政情報システム研究所 2010年4月2ページ
(※3) 規制の事前評価の費用・便益分析における定量化の手法に関する調査研究(総務省行政評価局 平成22年1月)21ページ
(※4) 中小企業庁 財務管理サービス人材育成システム開発事業 経営助言テキスト 平成17年6月59ページ
(※5) 「海洋開発ビジネス概論 改訂第2版 第Ⅱ部 プロジェクトマネジメント編 改訂第1版」(国土交通省)Ⅱ-28ページ
以上

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