1.はじめに
(1)ESGへの注目の高まり
世界的にESG(環境・社会・企業統治)投資が急速に拡大し、企業においてはESGの視点を取り入れたサステナビリティ経営が重視されるようになっている。2021年6月に公表された改訂版コーポレートガバナンス・コード(以下「改訂版コーポレートガバナンス・コード」)においても、上場企業の取締役会に対して「サステナビリティを巡る課題への取り組み」が求められたことで、その動きは一層加速しており、今後は長期的な企業価値向上も視野に入れた戦略的な対応がますます進んでいくだろう。
(参考)改訂版コーポレートガバナンス・コード 補充原則4-2②
取締役会は、 中長期的な企業価値の向上の観点から、 自社のサステナビリティを巡る取り組みについて 基本的な方針を策定すべきである。
(2)役員報酬制度とESG
一方、役員報酬の潮流を振り返れば、数回のコーポレートガバナンス・コードの改訂等の影響もあり、業績連動報酬比率の引き上げや、その支給基準となる業績指標の開示等が進んできた。しかしながら、それらの業績指標は営業利益やROE等の財務的な要素が中心であり、ESGをはじめとした非財務的な指標はあまり重要視されてこなかったように見受けられる。
この点、改訂版コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-2②をふまえれば、取締役は、自社のサステナビリティについての取り組みをかじ取りし、その実行について責務を果たすことが期待されており、取締役や執行役員の報酬(以下「役員報酬」)を決定する際の指標に、ESGの要素を取り入れる動きが注目を集めている。しかしながら、実際にどのようにESGの要素を役員報酬に反映すべきかについては、各社で手探り状態が続いている様子が窺える。
2.本稿の位置づけ
そこで今回は、TOPIX100企業を対象に、有価証券報告書で開示されている役員報酬について、ESG指標の採用状況を調査・分類し、その結果からわかる課題や今後の展望について整理したい(※1)。
前編となる今回は、2021年12月末日時点でのTOPIX100企業を対象に、2020年8月から2021年7月までに提出された有価証券報告書記載の役員報酬におけるESG指標の採用状況(以下「2020年度のESG指標の採用状況」)について述べる。
次回の後編では、本稿と同様の調査方法(後述)で、2021年8月から2022年7月までに提出された有価証券報告書記載の役員報酬におけるESG指標の採用状況(以下「2021年度のESG指標の採用状況」)について述べるものとする。あわせて、2020年度のESG指標の採用状況と2021年度のESG指標の採用状況の比較を行い、役員報酬におけるESG指標の採用状況の変化や、調査全体からわかる課題や今後の展望についても述べる。
3.調査方法
(1)調査方法概要
今回の調査は、以下の要領で実施した。
①調査対象企業
2021年12月末日時点でのTOPIX100企業(N=100)
②調査対象
有価証券報告書の「役員の報酬等」の記載事項から、2020年度のESG指標の採用状況と2021年度のESG指標の採用状況を確認した。具体的には、
・役員の報酬決定方法におけるESG指標の採用有無
・採用しているESG指標の内容
・ESG指標を採用している場合の反映先の報酬区分(固定/短期/中長期)
を確認し、集計した。
③調査方法詳細
■ESG指標の分類
ESG指標は、広く「ESG」など1つの指標としている場合と、個別のテーマに細分化している場合が見られるが、今回の調査では以下のとおり分類した。
・ESG全体指標:「ESG」や「サステナビリティ」として1つの指標としているもの。例えば、「ESGに関する目標の達成状況」を指標とする場合や、ESG評価機関の格付けを指標としている場合がこれにあたる。
・E指標:環境に関する指標。例えばCO2排出量等を指標としている場合がこれにあたる。
・S指標:社会に関する指標。従業員エンゲージメントの状況等を指標としている場合がこれにあたる。
・G指標:ガバナンスに関する指標。コーポレートガバナンス・コード対応状況等を指標としている場合がこれにあたる。
なお、今回の調査では、企業が「ESG」や「サステナビリティ」の指標として採用したことが明記されていない場合であっても、上記のいずれかにあてはまる非財務指標が役員報酬を算出する上での指標になっている場合には、ESG指標があるものとして集計の対象とした。
■外部指標か自社指標か
採用されているESG指標について、指標を定める主体によって以下のとおり分類した。
・外部指標:自社以外の第三者が定める指標。ESG評価機関の格付け等がこれにあたる。
・自社指標:自社の内部データ、取り組み状況に基づく指標。例えば、自社でCO2排出量の目標を設定している場合がこれにあたる。
■基準の明確性
採用されているESG指標について、指標の達成状況を明確に判断できる基準の有無によって以下のとおり分類した。
・明確な基準あり:定量的な指標または満たすべき基準が明確である場合。例えば、女性管理職人数の指標としている場合には、これにあたる。
・明確な基準なし:満たすべき状況が不明確な場合や、総合的な判断を行う場合。例えば、「サステナビリティへの取り組みを総合的に評価する」との記載は、明確な基準なしとした。
■ESG指標を反映する報酬区分
採用されているESG指標が、固定報酬、短期業績連動報酬(単年度の業績によって決定する報酬)、中長期業績連動報酬(複数年度の業績によって決定する報酬もしくは株式報酬等の非金銭報酬)のいずれに反映されているかを確認した。
4.調査結果(※2)
(1)ESG指標の採用状況
何らかの形でESG指標を採用している企業は100社中38社(38%)であった。日興リサーチセンターの調査(※3)によれば、2022年度4月4日時点で東証プライム市場に上場する企業のうち、2022年3月31日の終値ベース時価総額上位500社について、2019年から2022年にかけてESG指標を採用している企業数は22%とのことであり、TOPIX100企業のほうが採用している企業の割合としてはやや多いことになる。
(2)採用しているESG指標の分類
採用しているESG指標の分類としては「ESG全体指標」が26社、「E指標」が10社、「S指標」が10社、「G指標」が1社である(※4)。
「ESG全体指標」を採用する企業には、後述のESG評価機関の格付けを指標として用いている場合もあるが、「ESG対応を含めて業績評価を行う」という形で、業績の一要素として考慮している場合が多く見られた(※5)。
「E指標」は、自社が設定するCO2排出削減量、温室効果ガス等の環境負荷削減度合いの他、CDP(Carbon Disclosure Project)のスコアを採用しているケースもある。また、「S指標」については、女性管理職人数、年次有給休暇取得率等の人的要素を指標とする場合もあれば、事業実施上の安全確保の状況を指標とする場合もあった。「G」については、「経営監督機能と業務執行機能の明確化、CGコード対応、インテグリティ向上」を指標としている企業があった。
(3)外部指標か自社指標か
ESG指標を採用している企業のうち、外部指標を用いている企業は11社あった。「ESG全体指標」において外部指標を用いる企業(8社)は、FTSE Russel、MSCI、S&Pグローバル等の主要なESG評価機関の指標を用いている(※6)。「E指標」では、CDPの評価を用いている企業が4社あった。「S指標」において外部指標を用いている企業が1社あり、企業倫理や企業の社会的責任を専門に研究する米国のシンクタンクEthisphere Instituteの評価を採用している。
(4)基準の明確性
採用されているESG指標について、明確な基準がある企業は11社あった。上記(3)で述べた外部機関の評価を指標として用いる場合は、「DJSI Worldの構成銘柄に選定されること」「CDP A-評価」などの基準を設けており、また、自社指標を用いる場合には、「中期事業計画における2022年度末での輸送トンキロあたりのCO2排出量目標値)」という形で具体的な基準を設定する等により達成基準を明確にしているケースがある。
(5)ESG指標の報酬への反映先
ESG指標を役員報酬のどの部分に反映させるか、については、中長期業績連動報酬が23社、短期業績連動報酬が18社、固定報酬が1社であった(※7)。固定報酬への反映については、毎年の固定報酬が前年度の各人の貢献度等に応じて評価・決定される中で、気候変動およびESG・SDGs対応を含めて評価・決定する制度となっている。
次回後編は、2021年度ESG指標の採用状況について調査結果を整理し、その上で、役員報酬におけるESG指標の採用状況の昨今の変化や、調査全体からわかる課題や今後の展望についても述べることとしたい。
(※1) その他ESGと役員報酬の関係について研究したものとして綾高徳「ESGと役員報酬に関するアメリカ企業の事例研究と日本企業への示唆 Apple社、P&G社、Disney社、SBUX(スターバックス)社、NIKE社を例に」がある。
(※2) 先述のとおり、本稿は、2021年12月末日時点でのTOPIX100企業を対象に、2020年8月から2021年7月までに提出された有価証券報告書記載のESG指標の採用状況について結果のみを示すものであり、ここから得られる考察については、後編において述べる。
(※3) 日興リサーチセンター「非財務指標を反映した役員報酬制度~ESG指標等の採用に関する開示の充実度~」(2022年5月)
(※4) 企業によっては、これら4つの指標を組み合わせて用いており、合計社数が4(1)記載の38社と一致しないことに注意を要する。
(※5) 一例として「業績評価については、売上収益、海外売上高、コア営業利益、ROE、当社を含む同業他社12社中の株主総利回り順位(相対TSR)を定量的指標として用い、ESG・コンプライアンス及び新型コロナウイルス感染症関係の開発状況を考慮して決定することにしております。」との記載があった。
(※6) ESG評価機関の表記は、日本取引所ウェブサイトの記載に合わせている。
(※7) 複数の報酬区分に反映している場合がある。
以上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。