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肥料価格高騰を「持続可能な農業」実現へのきっかけに

2022年07月26日 前田佳栄


 2021年以降、肥料価格の上昇が農業に大きな打撃を与えている。肥料の三要素である、窒素(N)、りん酸(P)、加里(K)の多くは化学肥料によって賄われており、日本は、それぞれの原料である尿素、りん安(りん酸アンモニウム)、塩化加里(塩化カリウム)のほぼ全量を輸⼊により調達している。主な輸入相手国は、尿素はマレーシア(47%)・中国(37%)、りん安は中国(90%)、塩化加里はカナダ(59%)・ロシア(16%)・ベラルーシ(10%)となっている。JA全農では、2022年6月から10月の肥料価格について、大幅な値上げを発表しており、その幅は輸入尿素で対前期比94%、塩化加里で80%に上る。価格上昇の背景にあるのが、中国による肥料の輸出規制、及びウクライナ侵攻に対するロシア・ベラルーシへの経済制裁による輸出停滞である。また、コロナ禍での物流の混乱に伴う海上運賃の上昇の影響が続いているほか、最近では急激に円安が進行しており、さらなる価格上昇は免れない見通しである。

 農業生産に欠かせない肥料の高騰に、国は対策を急いでいる。りん安、塩化加里については、それぞれ、りん安原料の世界的な産出国であるモロッコと塩化加里の最大の輸入相手国であるカナダに対して安定供給を働きかけている。輸入量の確保だけでなく、使用量を減らすための技術の導入も推進する。実は、必要以上に肥料を与えてしまう「過剰施肥」は大きな問題となっている。一般に、肥料の量を増やすと収量は増加していくが、一定の量を超えるとそれ以上は収量が増加しなくなってしまう。また、特定の成分が増えすぎると生長のバランスが崩れてしまうほか、地下水汚染、塩類集積、一酸化二窒素発生などの環境汚染のリスクも生まれる。そのため、過剰施肥への対策が急務となっているのだ。例えば、土壌をサンプリングして成分の過不足を調べる土壌診断は、過剰施肥を防ぎ、収量を安定させることができる技術として普及してきた。

 政府は、肥料価格高騰への対策として、化学肥料使用量の2割低減に取り組む農家を対象に、肥料コスト上昇分の7割を補填することを検討している。この対策により、農産品全般の生産コストを1割削減することを目指している。農業経営への影響の軽減はもちろん、農産物の価格高騰を防ぐことで消費者への影響も緩和しようという施策だとされる。

 ただし、こうした補填措置は緊急的なものであり、長期的には抜本的な対策が不可欠であることは言うまでもない。化学肥料使用量を低減するという本質的な方向性にブレーキがかかるようでは本末転倒になる。農水省が推進する「みどりの食料システム戦略」では、2050年に化学肥料の使用量を30%低減するという目標を掲げた。具体的な取組として、堆肥・緑肥などの有機物の施用、土壌微生物の有効活用、スマート農業の推進、などが挙げられている。例えば、従来の土壌診断に加え、ドローンに搭載したカメラを活用して上空から作物の生育状況をセンシングし、肥料が不足している場所だけにピンポイントで散布する技術などが開発されており、肥料の使用量削減や生産コストの削減の効果が実証されている。また、最近では、下水汚泥に含まれるリンを回収して肥料に再生する技術なども徐々に実用化が進んでおり、循環型農業の実現にも期待が高まる。今後も、今回のような資材価格の高騰は頻発すると予想される。肥料価格高騰を転機として、環境に優しくリスクにも強い日本の農業を構築していかなくてはならない。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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