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国産化の進む中国において大手外資系医療機器メーカーが取り組む医療デジタル・エコシステムの創出

2022年07月19日 厳華


 中国政府が医療機器分野における国産化を強力に推進する中で、最も早く影響を受けた領域の1つがCT・MRI等の医療用撮像装置である。しかし、“GPS”(GE、PHILIPS、 SIEMENSの3社)を代表とする大手外資系医療機器メーカーの動きを見ていくと、製造や研究開発機能を中国へ移転することに果敢的に取り組み、国産化促進への対応はかなり“完成”しつつあるように見受けられる。

“GPS”の中国における国産化動向
 1991年から国産化を取り組むGEで見ていくと、同社は中国で5つの生産拠点をすでに保有しており、北京工場は、GEにとって世界最大の生産拠点となっている。さらに、GEは“中国で全面的な国産化戦略を推進し、部品の国産率も85%以上に高めること”を発表している。
 SIEMENSの深セン工場は、ドイツ本社に次ぐ研究開発と生産の拠点となっており、中国で販売する全製品の研究開発と製造を実現している。さらに、SIEMENSは、無錫に部品製造工場を設立し、海外唯一のX線管球とX線源コンポーネント専門の生産拠点となっている。
 PHILIPSは、2009年に蘇州で画像機器の生産拠点を設立し、同社の公開資料によると、現在、CT・MRIに関する研究開発機能の大部分が中国に移転しており、CTに関する研究開発の9割は蘇州で進められている。さらに、研究開発より生じた知的財産権もすべて中国国内に属する形となっている。将来は100%の製品を中国で製造する予定である。

 2020年度「Wechat医工達人」の市場販売データをみると、数量ベースでは、上海聯影(Shanghai United Imaging)がCT・MRIにおけるトップシェアを獲得するものの、金額ベースでは、CTにおいて上海聯影が2位である以外、“GPS”は依然としてトップの座を保っている。

 一方、近年、“GPS”は生産および研究開発機能の中国移転にとどまらず、医療デジタル・エコシステムの創出に向けた布石を着実に投じている。

医療機関の情報化に向けた中国政府の政策パッケージ
 中国衛健委は、2018年4月に「全国病院情報化建設基準と規範(試行)」(以下、建設基準)を公表した。この建設基準は、全国等級別病院の臨床業務および管理業務に関連するソフトウェアとハードウェア、安全保障、新興技術の応用等に関する今後5~10年間の詳細な発展要件を提示した。この建設基準には、情報技術を活用したスマート病院の設立に関する基準も含まれている。
 同年12月には、具体的な情報化評価基準にまとめた「電子カルテシステム応用レベル等級評価管理弁法(試行)及び評価基準(試行)」(以下、評価基準)が発表された。この評価基準では、電子カルテの応用水準に基づき、0から8までの9段階で評価されることとなった。さらに、2021年に公表された「公立病院の高品質発展促進行動(2021-2025年)」では、2022年までに、三級公立病院において、病院各科室をまたいだ情報共有、および一定レベルの臨床意思決定支援システムが構築されているといったレベルに達することが求められ、二級公立病院において、診療科間のデータ連携と統合ができているといったレベルに達することが求められている。
 病院の情報化を推進するため、評価基準以外に、患者サービスのスマート化を評価する「病院スマートサービス等級評価基準体系(試行)」、病院管理のスマート化を評価する「病院スマート管理等級評価基準体系(試行)」が整備されてきた。

 これらの政策と評価基準の整備は、公立病院の情報化促進の強い動機となり、AIを強みとするスタートアップ企業、医療機器とデータを統合した新たな付加価値提供を追求するメーカー等に対し、情報化市場への参入を促した。

“GPS” の“攻め”~医療デジタル・エコシステム創出への取り組み
 “GPS”を代表とする外資系大手医療機器メーカーは中国政府が推進している医療機関のデジタル化促進に対して様子見ではなく、医療AIを含む病院情報化を支援する取り組みを積極的に推進している。

PHILIPSと「神飛雲(神飛クラウド)」プラットフォーム
 PHILIPSは、2016年、上海に中国デジタルイノベーションセンターを設立し、中国の臨床現場に向けた現地化したデジタルソリューションを創出するという目標を掲げた。
 翌年、慢性呼吸器疾患管理サービスのスタートアップである橙意家人に出資し、自社ハードウェアと橙意家人の遠隔サービスプラットフォームを融合し、慢性呼吸疾患患者に向けた“全ケアサイクル”ソリューションの提供を打ち出した。
 さらに、PHILIPSは、2018年春の中国国際医療機器博覧会で、中国神州医療(DHCtech)と共同で「神飛雲」と称するスマート医療クラウドプラットフォームの運営開始を発表した。「神飛雲」は医療ビッグデータ応用プラットフォームとして、医療機関に対しカスタマイズ可能でかつ拡張性の高いクラウドソリューションであり、医師に対してはスマートかつ正確なクラウドワークフローを提供、他方、患者に対しは、ケアサイクル全体に対応するクラウド健康サービスを提供することを目標にしている。

 PHILIPSはデジタルイノベーションに向けた専門投資チームとファンドを設置し、積極的な投資を推進している。主要な投資先として、自動放射線治療標的領域描画システムの柏視医療(PVmed)、臨床意思決定支援システム(Clinical Decision Support System)の賽邁特鋭(Smart-Imaging)、スマート血管インターベンション治療の博動医療(Pulse Medical)等が挙げられる。
 Philipsは、数坤科技(Shukun)、叡心医療(Raysight)、博動医療(Pulse Medical)と連携した「心血管に関する全プロセスソリューション」、柏視医療の自動放射線治療標的領域描画システムを自社システムに統合し放射線治療の正確性と効率の向上に資するソリューションを提供している。
 また、心電AIの大微医療(Datawe)と連携し、外来・救急・入院病棟・救急センター・コミュニティ・家庭など多くの医療提供場面を統合する「心電デジタル全体ソリューション」を構築することで、公立病院情報化の目標である診療科間および病院間の情報連携や、スマート診療の実現等に積極的に取り組んでいる。

 さらに、PHILIPSは、本年5月末に、電子カルテと住民健康ファイルに強みを持つ医療ITプレイヤーの創業慧康(B-soft)への出資を発表した。これにより、PHILIPSは、外資系メーカーにとって参入障壁の高いに電子カルテ領域に関わる道筋を獲得した。

SIEMENSと “Teamplay” プラットフォーム
 SIEMENSは、2017年8月に第26回中国国際医療用機器設備展覧会および技術交流会(HOSPEQ)で、画像ビッグデータプラットフォームである“Teamplay”を発表した。
 “Teamplay”はSIEMENSのデジタルヘルスの基盤であり、医療機関の各種設備の画像データを収集分析するだけではなく、各種プロトコールやワークフローの設定を通じて、オペレーション効率の向上を実現するものである。さらに、中国の上級医療機関と基層医療機関の間の医療資源と品質のばらつきに着目し、“Teamplay”を通じて、医療機関、設備、画像データ、関連する医療専門家を繋げ、資源とノウハウの共有を可能とするソリューションを提供している。
 SIEMENSのデジタル戦略は、自社研究開発成果の活用を中心としつつ、専門家集団やスタートアップ企業といった外部資源の活用も積極的に推進し、これらと緊密に連携している。
 また、SIEMENSは中華系企業との戦略提携関係の構築を加速している。国家医療AI研究プラットフォーマと指定される腾訊医療(Tencent)、AI補助診断ソフトウェア開発企業の深叡医療(Deepwise)および雅森科技(QED Technique)、医療情報プラットフォーム開発企業の筑医台(Zhuyitai)、さらに遠隔読影サービス企業の全景医学影像(Universal Medical Imaging)等、多様な中華系企業との提携事例が挙げられる。
 さらに、SIEMENSは、2021年9月にSIEMENS医療上海イノベーションセンター(以下、センター)を上海張江ハイテクパークに設立した。
 このセンターは張江集団(※1)と共同で設立したもので、SIEMENSの世界4大イノベーションセンターの1つと位置付けられている。センターは、先進的なスタートアップ企業との連携に向け、2つの協力モデルを提供している。1つはSIEMENSのスタートアッププログラムへの参加を通じ、SIEMENSとの提携機会を提供する。もう1つは本センターへの入居により最先端の研究開発ラボの提供、SIEMENSのCT、MRI、X線撮像装置等の設備機器とそれに付属する画像処理ワークステーション等の利用を提供することである。

 SIEMENSは、2022年4月に病院レベル(Enterprise級)医療デジタル・プラットフォームであるSyngo Carbonを発表した。Syngo Carbonは、複数診療科の画像および診療データを統合し、100種類近くのAIソフトウェアと画像処理エンジンを搭載することで、臨床医の意思決定の効率化を支援している。

GE医療と “Edison” プラットフォーム
 GEは、2019年9月に、GE医療デジタル・エコシステム・フォーラムにて中国市場へのEdison Intelligence Platform(以下“Edison”)の導入を発表した。
 このフォーラムでは、Edisonの導入による解決を目指す医療機関の課題として、以下の2点が挙げられた。
 1つは、医療機関内の各種データの統合とワークフローの最適化の実現である。もう1つは、さまざまな疾患領域に向けて開発された製品およびソリューションの迅速な導入である。
 上記の課題の解決を目標に、“Edison”はプラットフォームとして、医療機関のCT、MRI、超音波などの各種設備機器、画像データおよび非画像データを統合・管理すると共に、オープン方式のスマート開発機能を提供することで、“Edison”に対応したプログラムの開発ができると同時に、各社の開発成果を“Edison”を通じて医療機関に迅速に導入することも可能となる。
 フォーラムにおいて、CTOの戴氏は “Edison”の差別化要因について以下のように述べている。「1つは世界最大のCT、MRI、X線撮像装置等の設備機器の設置数とそこから生まれるデータであり、1つは現地のニーズに即したプラットフォームの“現地化”である」
 GEはプラットフォームの“現地化”に向け、中華系AI開発企業との共同開発を強化した。具体的には、医準知能(YiZhun)、数坤科技(ShuKun)、強聯智創(Unionstrong Tech)、安徳医智(BioMind)、深叡医療(Deepwise)、推想医療(Infervision)、科亜医療(KEYA Medical)等多くの中華系AI医療ソフトウェア開発企業と連携してきた。さらに、GEは、より多くのシーズを早期に発見するため、中国トップクラスのAIインキュベーションプラットフォームである創新工場 (Sinovation Ventures)とも連携している。
 GEは、“Edison”を基盤とし、医療機関に対し、“スマート臨床”、“スマート管理”および“スマート設備”からなる、統合され、かつ、拡張可能なサービスプラットフォームを提供しようとしている。このサービスプラットフォームは“数字化先鋒(デジタルパイオニア)”と命名された。このプラットフォームは、GEが開発したさまざまな遠隔、管理、最適化ソリューションのみならず、他社のAI診断補助システム等も取り込むことで、医療従事者、医療機関、および、医療連合体の診療や運営の正確性と効率性の向上に貢献している。

“GPS”の医療デジタル・エコシステムは勝っていけるのか
 “GPS”は、生産拠点を中国に移転することで製品の国産化が可能となり、中国政府の国産化促進政策の影響を最小限にとどめた。
 また、公立病院の情報化ニーズに着目し、自社設備機器から得られたデータを基盤とし、診療科間ないし病院間の診療情報の統合化によって診療効率の向上を目指した。
 さらに、“GPS”は、病院へのアクセスやビジネスモデルの確立に苦戦する、AI診断補助ソフトウェア開発スタートアップ企業との連携を強化した。“GPS”は、現場の臨床ニーズに対応するスマート診療ソリューションを短期間で獲得でき、スタートアップ企業は販売チャネル構築の時間とコストを削減しながら病院接点を獲得した。
 “GPS”と中華系スタートアップ企業の“Win-Win関係”が、医療のデジタル化を支えるエコシステムの源泉となっている。一方で、“GPS”が構築する医療デジタル・エコシステムは中国における持続的競争優位の源泉となり得るのか、考察してみたい。

 “GPS”と競合する中華系企業である上海聯影および東軟グループ(Neusoft)も同様の医療デジタル・エコシステムの構築に取り組んでいる。公立病院に導入済みの設備機器数の面では中華系の両社は劣るものの、医療情報および患者情報の取り扱いにおける安全面やデータ保護面に関する中国政府の規制の厳格化により、中華系はデータの取り扱いの面で国内企業ゆえの優位性を持っている。
 政府機関が主体となり実施する医療連合体の情報化に関する入札において、落札者は、従来、地方政府との係わりの強い衛寧健康(Winning)、万達信息(Wonder)が中心であり、設備機器関連企業では上海聯影等の中華系企業が多いのが実態である。

 “GPS”が導入済みの自社設備機器を基盤とし、新たに構築を進める医療デジタル・エコシステムは、果たして設備機器と同様の市場地位を獲得できるのか、検証に至るにはまだ時間が必要である。

(※1) 張江集団は中国国有企業で、主に張江ハイテク園区の開発と建設を担当している。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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