(1)再生可能エネルギーだけで今の日本のエネルギーは賄えるのか。
2020年10月、菅総理大臣(当時)が臨時国会の所信表明演説において、国内で排出される温室効果ガスの正味の排出量を2050年にゼロにする、いわゆる「カーボンニュートラル宣言」を行いました。
温室効果ガスの大半が、エネルギーを使うことで発生することと、その時に発生する温室効果ガスの大半が二酸化炭素であることから、エネルギー由来の二酸化炭素排出量をゼロにすることが、カーボンニュートラルを実現する上で、まずは重要となります。
では、エネルギー由来の二酸化炭素をゼロにするための方法としてはどのようなものが考えられるでしょうか。真っ先に思いつくのは太陽光や風力のような、発電時に二酸化炭素を出さない再生可能エネルギーの利用ではないでしょうか。
そこで、手始めに、太陽光や風力といった再生可能エネルギーの発電設備を国中に敷き詰めることで、カーボンニュートラルを実現できるかどうかといった視点で国内のエネルギーを眺めてみたいと思います。
そのためにはまず、国内で使われているエネルギーの総量を把握する必要があります。
総合エネルギー統計を見ると2019年の日本のエネルギー消費量は全部で13EJ(エクサジュール: ジュール(J)はエネルギーの単位で、エクサジュール(EJ)は1×1018Jの意味)となります。このうち、エネルギーが電気の形で供給されているのは全体の3割以下で、残りは、例えば化石燃料を燃やして工業炉で物を加熱したり、ガソリンを燃やして車を動かしたりといった形で、電気の形態を取らずに使われています。仮にこれらのエネルギーを(例えば、化石燃料による加熱は電気加熱に置き換え、自動車はガソリン車を全て電気自動車に置き換えるなどして) 全て電気で賄うことができると仮定すると、先ほどの13EJを全て再生可能エネルギーで供給することができれば、エネルギー由来の二酸化炭素がゼロになり、カーボンニュートラルはほぼ達成されることになります。
使われているエネルギーの量がわかったので、次は、日本にどれだけ太陽光や風力といった再生可能エネルギーの発電設備を設置することができそうかーーそのポテンシャルを見ていきます。ただ、これはそれほど簡単なことではありません。というのも、無尽蔵にお金をかけても良いのであれば、立ち入るのが非常に難しい山にも道路を作って風力発電所を建てることが可能になるためポテンシャルは非常に大きくなるでしょうし、火力発電所よりもコストが高くなってはいけないという条件をつければ、これ以上はほとんど再生可能エネルギーを導入できないという結論に達するかもしれないからです。ポテンシャルがどれだけあるかという問いは、カーボンニュートラルを実現するために我々がどれだけお金をかけても良いと思っているかという問いに近いものがあるかもしれません。
環境省の再生可能エネルギー導入ポテンシャル試算のレポートを読んでいると、この辺りの苦労がありありと伝わってくる作りになっています。机上の空論に陥りがちなポテンシャル調査に事業性の制約をかけて、現実的な量に収める工夫が行われているのが見て取れます。ここでは、この環境省の再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査(令和元年度版)の中の、「事業性を考慮した導入ポテンシャル」を、日本の再生可能エネルギーの導入ポテンシャルと見て話を進めることにします。
さて、環境省の「事業性を考慮した導入ポテンシャル」では、再生可能エネルギーで発電した電気1kWhあたりの買取価格(円/kWh)を元に3つのシナリオを設定し、それぞれの前提の元で導入ポテンシャルを計算しています。事業性を考慮すると、再生可能エネルギーが導入可能な場所というのは、買取価格が低いと減り、高いと増えるため、計算結果にも幅が生じます。全ての種類の再生可能エネルギーを足し合わせた合計値は最小のシナリオで1.1兆kWh、最大のシナリオで2.6兆kWhとなっています。今回は日本をカーボンニュートラルにするという非常に野心的な目標に向けた話をしているので、上記の最大値付近を取って2.5兆kWhと多めに見ることにします。
それでは、先ほど示した日本の総エネルギー消費量13EJというのはkWhで表すといくらになるでしょうか。答えは、3.6兆kWhとなります(以下計算を簡単にするために3.5兆kWhということにします。また、通常電気以外のエネルギーの単位にはkWhを使わないケースがほとんどですが、ここではしばらく、馴染み深いこの単位で揃えて話を進めたいと思います)。日本に導入することができる再生可能エネルギーの量を大きく上回っており、再生可能エネルギーを最大限導入しても、日本のエネルギー全量を賄うことはできなさそうということがわかります(日本がカーボンニュートラルを目指す2050 年には人口が減ったり、省エネが進んだりして、エネルギー消費量は大きく下がる可能性が高いというのが一般的な見方ですが、それは追って考察するとして、一旦今と同等のエネルギー量で考えることにします)。
(2)自給できないなら輸入すれば良い?
再生可能エネルギーを最大限導入しても日本の今の全エネルギー量を賄うことは難しいと(1)で書きましたが、それはつまり、日本はカーボンニュートラルを達成できないということを示すのでしょうか。そう判断するのは早計かもしれません。二酸化炭素を出さないエネルギーには原子力発電所もありますし、火力発電所が出した二酸化炭素を回収して地中に埋めるCCS(Carbon Capture and Storage: CO2回収・貯留の意味)と呼ばれる技術もあります。しかし、今回は再生可能エネルギーから考え始めたので、もう少し再生可能エネルギー1点集中で考えを進めてみましょう。
日本はそもそも自給できているものがほとんどありません。たいていのものが海外からの輸入に頼っており、エネルギーも例外ではありません。そのため、再生可能エネルギーについても、足りない分は海外から輸入すればいいという考え方ができるかもしれません。
世界を見回してみると日本のように孤立した電力網を持っている国は特に先進国の中では少数派で、イギリスやアイルランドといった島国も隣国と送電線をつないでいます。日本も大陸と送電線をつなげば、送電線経由で再生可能エネルギーを輸入してくることができます。2011年から検討されているアジアスーパーグリッド構想と呼ばれるアジア全域を送電線で結ぶ構想が実現すればそういう未来もあり得るでしょう。
もう一つが、電気を別のものに形を変えて、船に積んで運んでくるというものです。その中で、有望だと見られている方法の一つに、最近耳にすることが多くなってきた「水素」があります。
水素はメジャーな気体なので、天然ガスと同じように、どこかに埋まっているものを掘ってくることができると思っている方もいるかもしれません。しかしながら、実は水素は人為的に作らなければ地球上には存在しない物質なのです。作り方の一つに、水を電気分解するという方法があります。水に電気を加えると水素が生まれるのですが、これは電気のエネルギーが水素に移ったとみることもできます。このエネルギーは保存されるので、水素を燃やして(酸素と合体させて)水を作る時に、今度は取り出すことができます。取り出し方は色々ありますが、例えば水素を燃料にした火力発電所(水素発電所)を作れば電気として取り出すことができます。電気で水素を作ってそれを船で運び、その水素から電気を作るというのは、入り口と出口だけを見れば海外から電気を運んできたと見ることができます。水素を作る時の電気が再生可能エネルギーであれば、海外から船で再生可能エネルギーを運んで来たと見ることもできるでしょう。
(3)輸入した水素をどう使う?
(1)と(2)をまとめると、現在日本では3.5兆kWhくらいのエネルギーが使われていて、国内に再生可能エネルギーを敷き詰めたとしても2.5兆kWhくらいしか供給できない、そのため、再生可能エネルギーだけで日本のエネルギーを賄おうと思うと海外からの輸入で残りの1.0兆kWhを補う必要があり、その方法の一つとして再生可能エネルギーを水素の形で輸入してくるという方法がある――ということになります。
さて、輸入してきた水素はどのように使うべきなのでしょうか。改めて現在日本で使われている3.5兆kWhの内訳を見てみると、1兆kWhくらいが電気、残りの2.5兆kWhくらいが電気以外の形で使われています。国内に再生可能エネルギーを可能な限り導入すると2.5兆kWh分がまかなえるということだったので、電気は国内の再生可能エネルギーを使うということにします。そうすると、水素は、現在電気以外の形でエネルギーが使われている場面に使用されることになります。
電気以外の形でのエネルギーの使われ方は、例えば工業炉による加熱、工場での蒸気利用、家やビルにおける給湯利用といった熱に使われる場面(1.5兆kWh程度)と、車や飛行機や船といった乗り物を動かす動力に使われる場面(1兆kWh程度)とに大きく分かれます。
熱利用については、水素も化石燃料と同様、燃やすことで熱が得られるので、その物性を生かして、水素を燃料とする工業炉やボイラーの開発が進められています。
交通についても、水素で動く乗用車は既に市販されていますし、乗用車以外についても開発が進められています。一方で、電気駆動の乗り物も乗用車をはじめ、製品が世に出ています。交通における水素と電気はどのようにすみ分けられることになるのでしょう。一つの可能性として、一回の走行でたくさんのエネルギーを使うトラックやタクシーといった商業車等は水素(あるいは水素をベースに作られる交通燃料)、一回の走行でそれほどエネルギーを使わない自家用車等は電気というすみ分けがあるかもしれません。電動の場合、たくさんのエネルギーをためるには、電気をためる蓄電池の体積や重さが大きくなりすぎたり、充電にかかる時間が長すぎたりする可能性があるからです。交通燃料の利用状況は自家用車とそれ以外が半々くらいなので、交通分野1兆kWhの水素と電気の比率も0.5兆kWhずつとざっくりと仮定してみます。
そうすると輸入してきた1兆kWhの水素のうち0.5兆kWhは交通燃料として、残りの0.5兆kWhは熱として使う形になります。一方、熱に必要なエネルギーの量は全部で1.5兆kWhだったので1兆kWh足りないことになります。不足分は再生可能エネルギー2.5兆kWhのうち、現在電気が使われている領域1兆kWhと交通部門0.5兆kWhに供給した余りの1兆kWhの電気で賄うことになります。家庭やオフィスなどで主にガスが使われている給湯用のエネルギーはヒートポンプ技術で電化可能と考えられ、これが約0.3兆kWhあります。また、一般社団法人電力中央研究所の中野氏らが2020年に発表した調査「将来の社会像検討のための産業部門のエネルギー利用と電化ポテンシャル調査」では、産業部門における今後の電化ポテンシャルは最大で0.65兆kWh存在すると推計しています。この両者で約1兆kWhとなります。
(4)再生可能エネルギーだけでカーボンニュートラルを達成する(極めて単純化した)モデル
(1)-(3)を図表3にまとめます。
国内に目いっぱい、再生可能エネルギーを導入すると2.5兆kWhくらいの発電量になり、うち1兆kWhが、現在電気が使われている場面に供給され、0.5兆kWhが自家用車等の電化(電気自動車)、1兆kWhが熱の電化に使われます。また、1兆kWh分の輸入水素のうち0.5兆kWhが主に商業車等の燃料に、0.5兆kWhが熱分野のうち、電化が困難な分野に使われます。このように、国内外の再生可能エネルギーだけで国内のエネルギーを賄うことが、エネルギー量の視点だけで見ると実現できそうということになります。
ただし、冒頭に示したように、もちろんこれが唯一解ではありません。繰り返しになりますが、水素ではなく送電線で再生可能エネルギーを輸入してくる方法もありますし、二酸化炭素を出さないエネルギーは再生可能エネルギーだけではなく、原子力もあります。また、二酸化炭素を吸い込んで地中に埋めれば、二酸化炭素を排出する火力発電所を動かしたとしても正味の排出量はゼロになります。
ただ、思考をリセットしたくないので、ここでは、このまま、このモデルをベースに、さらに考えを深めていきたいと思います。
今回のモデルを考える上で考慮できていないことは多々あります。例えばモデルの中で、供給と需要が釣り合っているというのは、要するに電気や水素を需要地に運ぶ際の送電ロスや輸送エネルギー分のロスが考慮されていないということですし、仮に水素をより使いやすい燃料に変換して使用する場合はその変換ロスも未考慮ということになります。また、全てのエネルギーの用途が電気か水素で対応できることが前提になっていますが、化石燃料でなければ対応できない分野が残る可能性はあります。
中でも大きいのは、電気の「ためることができない」という性質が考慮されていないということです。そこで、次は2巡目として、電気の特殊性に目を向けてもこのモデルが成立するか、見直していきたいと思います。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
連載:【脱炭素を輪切りにして俯瞰する ~はじめに~】
・1巡目-まずはエネルギー量にのみ視点を当てる
・2巡目-電気の特殊性にも目を向ける