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サステナブルHRM(サステナブル人事)とは何か

2022年05月16日 林浩二


1.従業員の賞与がサステナビリティの達成度に連動する時代に
 2022年4月下旬、アメリカのクレジットカード大手、Mastercard社の発表が人事関係者の間でちょっとした話題になった。世界中の従業員の賞与支給額を会社のESG目標(環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に関する目標)の達成度に連動させるというのである。具体的には、カーボンニュートラルや賃金のジェンダー平等の達成度などをもとに従業員の賞与原資の一部を決定する仕組みを導入するという(※1)
 サステナビリティに対するグローバル・レベルでの関心の高まりに伴い、欧米諸国を中心に、役員報酬の一部をESG目標の達成度に連動させることはもはや珍しいことではなくなっている(※2)。Mastercard社の取り組みが注目されたのは、経営責任を有する役員の報酬はもとより、一般従業員の報酬までも会社のESG目標の達成度に連動させるという点である。
 実は近年、このような取り組みはMastercard社のみならず他の会社でも徐々に広がりをみせている。例えば、イギリスの石油・ガスのスーパーメジャーであるBP社(※3)、アメリカの半導体大手Intel社(※4)、アルミニウム製品大手Alcoa社(※5)でも、金銭的な利益だけでなくサステナビリティ関連の目標(企業ごとに具体的な目標が異なるが、環境保護やダイバーシティ、安全衛生関連の目標など)の達成度をもとに従業員の賞与原資を決める仕組みを取り入れている。
 かつて、賞与原資といえば、企業の金銭的な利益(儲け)を従業員に分配(プロフィット・シェア)するという考え方で組み立てることが人事管理の世界の常識であった。金銭的な利益だけでなく、今や非金銭的なサステナブル目標の達成度に従業員の報酬が連動する時代になっているのである。

2.なぜサステナブル人事が求められるのか
 サステナビリティ経営を支える人事管理は、サステナブルHRM(Sustainable Human Resource Management(以下、「サステナブル人事」という。)と呼ばれる。サステナブル人事は、これまでは主として実務家よりもむしろ人事管理の研究者が主導してきた概念と言える(※6)。しかし、多くの企業がサステナビリティを意識した経営目標を掲げる時代になった今、サステナブル人事は経営者や人事実務に携わる者の間で急速に注目が集まりつつある。
 経営目標の達成に資するための人事管理は「戦略人事(Strategic Human Resource Management)」と呼ばれる。サステナブル人事(Sustainable Human Resource Management)は、いわば戦略人事の進化系である。かつて、経営目標といえば経済的な利益一辺倒であったものが、今や多くの企業においてサステナビリティを経営目標の一部として取り込むようになった。そうである以上、戦略人事もまた、サステナビリティの要素を取り入れることが不可避になる。利益目標にせよ非金銭的なサステナブル目標にせよ、結局のところ企業が掲げる目標を達成するカギとなるのは人材であり、経営戦略に適合する人材を採用し、育成し、動機づけ、報いていくための仕組みを構築しなければ、企業の持続成長はあり得ないからである。



3.サステナブル人事の施策例
 それでは、どのような施策がサステナブル人事に該当するのだろうか。
 人材の多様性向上や従業員の働きがいの向上、健康経営など、そもそも人事が中心となって取り組むべき事項をサステナビリティ目標の一つとして掲げる企業もある。この場合、その施策を推進することそのものが直接的にサステナブル人事に該当する。
 一方、脱炭素などの環境関連や人権、社会貢献等に関するサステナビリティ目標を掲げる場合には、そのために必要な人材の採用や従業員教育、さらには、評価・報酬等を通じたインセンティブ設計などがサステナブル人事の主要施策として浮上する(図表2)。



 例えば、人事管理の「入り口」である採用を考えてみる。仮に「脱炭素」「環境保護」等の目標を会社が掲げるのであれば、その理念に(形ばかりではなく)心から共感する人材を優先的に採用する戦略が必要になる。また、“環境保護に熱心な企業”という評判が立つこと自体が、それに共感する優秀な求職者を引き付けるという相乗効果も期待できる。Deloitteが実施したグローバル・サーベイによれば、新型コロナウイルスによるパンデミックの最中にあってもなお、Z世代(1990年代半ば~2010年代初めに生まれた世代:“Generation Z”とも呼ばれる)の最大の関心事項は気候変動や環境保護に関する問題であるという(※7)。サステナビリティに関する感度が高い優秀人材をどのように引き付け、つなぎ止めるかを考えることが人事戦略の最優先事項の一つとして急浮上しているのである。
 また、既存の従業員に対しては、会社が掲げるサステナブル目標に取り組むためのインセンティブ付与が重要になる。例えば人事評価である。多くの会社では、ホワイトカラー職種に目標管理制度(MBO制度)を適用していることと思う。MBOの目標として、売上や粗利、業務改善等に関する項目を設定するケースが多いと思うが、これらに加えて、例えば会社が掲げるESG目標に連動した項目を一つ以上設定することをルール化する。そうすれば、従業員一人ひとりの意識がサステナビリティに向かうようになる。また、従業員の努力により会社がサステナブル目標を達成した場合には、ボーナスとして成果の一部を還元し、その貢献に報いることも重要である。冒頭に掲げたMastercard社やBP社、Intel社、Alcoa社の取り組みは、こうしたインセンティブ設計の例といえるだろう。
 このように、会社が掲げる利益目標とサステナビリティ目標とを矛盾のない形で両立させるべく、採用から育成、評価、報酬、昇進・昇格まで首尾一貫した人事施策を構築・実行しなければならない。これこそが戦略人事の進化系としてのサステナブル人事の課題と言えるだろう。

(※1) https://www.mastercard.com/news/perspectives/2022/esg-goals-and-employee-compensation/
(※2) 綾高徳「ESGと役員報酬に関するアメリカ企業の事例研究と日本企業への示唆 Apple社、P&G社、Disney社、SBUX(スターバックス)社、NIKE社を例に(JRIレビュー Vol.2, No.97)を参照。
(※3) BP社 “Sustainability Report 2021” (p.30)を参照。
(※4) Intel社 “2020-21 Corporate Responsibility Report” (p.21)を参照。
(※5) Alcoa社 “2020 Sustainability Report” (p.67)を参照。
(※6) 林浩二「サステナブルHRM-戦略人事は新たなステージへ-」を参照。
(※4) The Deloitte Global 2021 Millennial and Gen Z Survey (p.20)を参照。
以 上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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