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JRIレビュー Vol.5,No.100

感染症危機管理の法制度はどうあるべきか-台湾・韓国からの示唆

2022年05月10日 立岡健二郎


わが国の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)対応をめぐっては、司令塔が存在せず指揮命令系統が一本化されていない、病床が確保できないといった課題が浮き彫りになった。本稿では、SARSやMERSの経験を糧に感染症危機に対峙する体制を整備してきた台湾および韓国から示唆を得つつ、危機管理の強化、行政の医療機関に対する権限強化という観点を中心に、どのような法改正を行うべきかを検討する。

わが国の感染症対策の法体系は、「感染症法」を中核とし、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」「検疫法」「予防接種法」などから構成される。もっとも、これらの法律は、国の所管組織が異なるうえ、法律間の序列関係なども示されておらず、医療機関に対する行政権限も限定的である。総じて、わが国の感染症対策法制は、パンデミックを想定した設計・内容になっていない。

台湾では、感染症対策は、「伝染病管理法」という単一の法律に依拠し、パンデミックを含む感染症対策を包括的にカバーしている。新型コロナ対応では、国の感染症専門組織の内部に司令塔組織が立ち上げられ、強力かつ裁量性の高い権限を行使した。地方における指揮命令系統も構築されており、医療機関に対しても、有事はもとより平時から広範な権限を行使可能である。

韓国では、緊急事態全般に関する対応の枠組みを定めた「危機安全管理基本法」をベースとし、パンデミックを含む感染症対策には、それに特化した「感染症管理予防法」が整備されている。新型コロナ対応では、国の感染症専門組織が実質的な司令塔機能を担い、最終的には国が地方を指揮命令できる枠組みのもと、国と地方が共同で対策にあたった。また、有事には国が医療機関を指定して医療の実施を指示できることが法定されており、実際に、新型コロナ禍でもその権限が行使された。

台湾や韓国の法制度も踏まえると、わが国では、現行の感染症対策の個別法を整理統合し、パンデミック対策を主眼に据えた法律に再編・刷新するとともに、その法律を所管する司令塔として、国に常設の感染症専門組織を設置することが求められる。医療機関への権限強化に関しては、感染者への医療提供を国の責務と定めたうえで、少なくとも有事にはそのための指示等ができるような法改正が求められる。また、現状の医療提供体制は、一部の医療機関等に負担が偏る形になっているが、このような体制では、病床拡大の余地が限られるだけでなく、医療提供の持続性が担保され得るのか疑問である。医療機関・医療従事者の間の公平性という観点でも大きな問題があり、民間も含めた病院の間で広く負担を共有できる体制を整備すべきであろう。

公衆衛生学などの専門家の活用も重要である。公衆衛生学は、集団の命をどう救うかという考え方で、感染症対策と経済活動の最適化を目指す考え方である。台湾や韓国では、こうした公衆衛生学の知識を有する人物が政策決定に深く関与していた。今後、公衆衛生学などの専門家の育成、専門組織での幹部登用などが求められよう。

近い将来、わが国が更なる感染症危機に見舞われる可能性も否定できない。新型コロナ対応で浮き彫りになった課題の解決に向け、政治的リーダーシップのもと確実な取り組みが進められることが望まれる。


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