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EUとロシアの「はざま」にあるウクライナ送電網

2022年03月23日 瀧口信一郎


 2022年3月16日ウクライナはEUの広域送電網に接続を果たし、電力の安定供給を確保することに成功した。
 事の発端は、ロシアがウクライナに軍事侵攻する直前の2022年2月24日、ウクライナの送電会社ウクレネルゴ(Ukrenergo)は、国際連系線でつながるベラルーシ、ロシアの送電網を切り離して国内送電網の独立運用を始めたことである。その後、軍事侵攻を受けて間髪を入れず、EUが主導する広域送電網運用機関(ENTSO-e)に国際連系線による接続を要請した。仮にロシアによる侵攻が長引き、ウクライナ国内で発電所が停止したり、燃料調達ができなくなると電力供給に支障をきたすことになるため、ハルシチェンコ・エネルギー相もEUに対して迅速なEUの広域送電網への接続を要望していた。情勢が緊迫の度を増し始めた2月上旬にウクレネルゴは広域送電網に参加するルーマニアの送電会社トランスエレクトリカ(Transelectrica)とEUのルールに従い、両国の送電網をつなぐ正式契約をしていた。両国は中間に位置するモルドバを通じて物理的に電線でつながっており、実際の電力のやり取りを待つだけの状態にあったのである。今回の接続でEU加盟問題で揺れてきたモルドバ、ウクライナが一気に広域送電網に参加することになった。
 広域送電網への参加は、NATOへの参加、EUへの加盟に比べると、生活インフラ強化の名目でハードルは低く、実施しやすいと考えられてきた。そのため、2014年のロシアによるクリミア侵攻の後、ウクライナはEUが主導する広域送電網への参加手続きを進め、2017年からの検証作業を経て2023年に正式移行する計画で、既に2021年12月には正式にこの連系が技術的に可能との結論に至っていた。2月24日に始まった独立運用は接続前の慣らし運転として進められていたのである。

 広域送電網はポーランド、ハンガリー、ルーマニアなどの東欧諸国のEU加盟に伴い範囲を拡大してきた。1991年のEU統合、1999年の統一通貨ユーロ導入を達成した後、EUには電力の統合市場を作り、ロシアの天然ガス依存を脱してEU参加国のエネルギー安定供給を実現する目的があった。
 広域送電網は再生可能エネルギー拡大の象徴でもある。2000年代後半には広域送電網は欧州北部の風力発電で作られた電気を南部の都市・工業地帯に送電する脱炭素推進の意味合いが強くなった。2017年にドイツのハインリッヒ・ベル財団の支援を受け、ウクライナ国立科学アカデミー・経済予測研究所が「2050年に向けたウクライナの再生可能エネルギーへの転換」と題するレポートを作成し、再生可能エネルギー利用への転換方針を示してきた。実際、クリミアに隣接する南部へルソン州は風力発電の適地で、国内企業のみならず、ドイツなどEU諸国による投資が行われてきたのだった。

 広域送電網拡大はEUの積極的な脱化石燃料化と再生可能エネルギー拡大をロシアに迫ることを意味し、石油・天然ガス製品が輸出の過半を占めるロシア経済には愉快な話ではない。実際、2021年10月に行われた「ロシア・エネルギー・ウィーク」にプーチン大統領が登壇し、EU関係者を含む聴衆を前にして「EUの再生可能エネルギー依存はエネルギーの安定供給に支障をきたす」とEUの電力システムを強く批判した。
 1991年のソビエト連邦崩壊は、1980年代後半の原油価格急落とそれに伴う国家財政の悪化が遠因と言われる。ソビエト連邦の崩壊のさなかにいたプーチン大統領がその事実を認識していないはずがない。2020年4月のコロナ禍の需要急減に伴うマイナスの原油価格に直面し、化石燃料で稼げない状況を目の当たりにし、震撼したに違いない。
 ロシアのウクライナ軍事侵攻による世界的な経済制裁で、ロシア産原油の供給が滞ることへの不安で原油価格が高騰している。加えて、天然ガス需要の増大にも関わらず、EUへのロシアからのパイプラインを通じた天然ガスも供給が見通しにくくなり、欧州の天然ガス価格も急騰している。しかし、短期的にはロシア産以外の化石燃料に需要が集まるにしても、再生可能エネルギーへの転換にEUは強い意志を示しているため、むしろ今回の出来事はEUの脱炭素戦略を加速させる方向に向かうかもしれない。少なくとも、ロシアの軍事力でカーボン・ニュートラルに向けた産業革命の進展を止めようとした策動が、成功を収める結末は想像しがたい。

 問題は、このような状況下で、ウクライナの独立をどのように確保するかである。そこでは「中立化」が焦点となるだろうが、実は、中立国であるスイス、オーストリア、スウェーデン、フィンランドもEUの広域送電網に参加しているという事実がある。オーストリア、スウェーデン、フィンランドはEU加盟国のため、当然の面もあるが、中立国であり、EU非加盟国でもあるスイスの参加は広域送電網の特徴を表している。スイスは水力発電が豊富で、EUにとっては風力発電の発電変動を埋め合わせてもらえるメリットがあり、スイスにとっても水力発電の電力販売や万が一の他国からの電力供給の備えを得るというメリットがある。
 そもそもスイスは世界平和のために中立国になっているのではなく、19世紀のフランス支配を受けて欧州列強の中での独立を保つことを選んだ国である。現実的な他国との協力関係は排除してはいない。EUに加盟するオーストリア、スウェーデン、フィンランドも含め、他国との連携の仕方は、中立国ごとに各レイヤーで異なる。中立国に選択肢がない訳ではない。

 今後、ウクライナの中立化を含めた議論が進むことが考えられるが、送電網の連携のあり方も論点の一つとなることは間違いない。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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