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個人単位の環境負荷の可視化を超えて

2022年03月08日 今泉翔一朗


 カーボンニュートラルに向けて、企業だけでなく、個人の生活・消費活動における環境負荷を可視化する取り組みが始まろうとしている。

 2022年2月10日付の日本経済新聞の記事によると、環境省は、22年度から、日常生活に伴う二酸化炭素(CO2)の排出量を個人単位で把握する実証事業を始めるという。同意を得た個人から家電やスマートフォンなどを通じて衣食住の行動情報を集め、排出量を試算。データは人工知能で解析し、参加者それぞれがアプリで自分の排出量や削減努力の結果を把握できるようにし、削減量に応じて買い物などに使えるポイントを発行し、生活の見直しを促すという。
 こうした個人の 環境負荷を可視化する動きは、欧米が先行している。例えば、全米のBank of the Westは、デビットカードで購入したすべての商品のCO₂排出量と環境へのインパクトを専用アプリから確認することができるサービスを提供している。また、生活者が購入する個々の品物の環境負荷を可視化する仕組みも広がりつつあり、大手スーパーの仏カルフールでは、店頭で売られる食品が環境に及ぼす影響度合いを示す「エコスコア」を表示し始めている。

 個人単位の環境負荷の可視化と改善提案は、今後のカーボンニュートラルに向けて重要な取り組みだと考えるものの、ただ、こうした取り組みが広がったときに、筆者が懸念することもある。あくまで、筆者個人の意見ではあるが、自身の生活や消費による環境負荷が可視化されればされるほど、生きづらくなってしまうのではないかということだ。
 例えば、最近、欧米では「気候不安症(エコ不安症)」が注目されている。気候不安症とは、地球環境の危機的状況に対する慢性的な強い恐怖心のことで、不安感や喪失感、無力感、悲嘆、怒り、絶望感、罪悪感などを強く感じる状態を含む。米イェール大学の調査によると、米国人の約半数が気候変動に対して「嫌悪感」や「憤り」を感じているという(出所: https://climatecommunication.yale.edu/publications/climate-change-in-the-american-mind-september-2021/toc/2/)。
 個人単位の環境負荷の可視化は、自らの生活・消費が気候変動につながっていることを、これまで以上に自覚することにつながる。そうだとすれば、一層、生きづらくなってしまう人もいるのではないか。そうした人が増えてくると、環境負荷の可視化の取り組みも萎縮してしまうかもしれないとの懸念もあながち否定できない。

 では、個人単位の環境負荷の可視化が前向きに受け入れられ普及するためには、どうしたらいいのだろうか。筆者は、環境負荷という「コスト側」だけに注目するのではなく、そのコストで得た「新たな価値」にも注目することを提案したい。環境負荷を可視化=意識化したように、生活や消費で得た価値も、これまで以上に可視化=意識化するという発想だ。環境負荷とそこで得た価値の両面を意識化することで、心のバランスが保てると考える。

 最近、インナーサステナビリティというキーワードも出てきている。精神的にサステナブルでないと、サステナブルな生活や活動はできないという考えだ。この考え方では、気候変動を生み出す社会システムに対し無力感を感じるのではなく、システムは一人ひとりの意識で成り立っていること、その一人としての自分自身を内省し、心の機微に正直になること、自然や周囲とのつながりを意識することを重視している。こうした発想は、上述の問題意識にも呼応するものだろう。

 また、自らの内省だけでなく、環境負荷をデータで可視化したのと同じように、主観的に感じる価値をデータで可視化することも有効なのではないだろうか。主観的な気持ちを可視化する類似事例としては、人材開発・組織開発の分野にはなるが、米イェール大学の「ムードメーター」というツールがある。その日の感情の点数化・言語化をサポートし、パフォーマンスアップにつなげているそうだ。
 また、日本国内においても、「ハピネスプラネット」というアプリの事例がある。スマホの加速度センサーを用いて数値化されたハピネス関係度を表示し、それを改善するアクションをとることで、生産性の向上を実現しているという。
 これらのツールは、個人が主観的に感じる価値を可視化するものとは必ずしも言い切れないかもしれないが、主観的なものを計測する際の考え方やツール開発の参考になるだろう。

 個人単位で環境負荷を可視化する機能と併せて、新たな価値を可視化する機能が実装されたら、我々は日々の生活に一層充実感を得ながら、環境負荷を低減する行動に前向きに取り組めるのではないだろうか。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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