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宇宙と地上の産業を結ぶ~各産業の衛星データユースケースを学ぶ~ 第1回 漁業・農業

2022年03月02日 通信メディア・ハイテク戦略グループ 藤居枝里、大迫拓矢、片桐祐介


要旨
●宇宙から得られる情報である「衛星データ」の利活用ハードルが下がり事業利用が進んでいるが、宇宙とは縁遠い一般的な事業会社は衛星データの利用イメージを持てていないことが多い。
●そこでこれからの衛星データの利用者となる事業者に、具体的な衛星データ利用のイメージを持ってもらえるよう今回、漁業・農業での衛星データ活用状況について解説する。


はじめに
 「宇宙」と聞くと、国際宇宙ステーション・火星探索・宇宙旅行などの宇宙空間そのものが想起される。そのため、宇宙から縁遠い一般的な事業会社からみて「宇宙」という言葉は自身の事業と遠いイメージを持たれることが多い。
 しかし近年、宇宙と地上の産業の事業領域は近づいていると言える。なぜなら、衛星から取得するデータすなわち「衛星データ」の利活用ハードルが下がり、「事業利用がより現実的になっているためだ。衛星データは、降水降雪や地表の様子・変化、海域の温度や風向きなど非常に多岐にわたる。この衛星データは衛星リモートセンシング(リモセン)とも呼ばれている。
 衛星データは、ここ10年ほどで大きな進歩が3つある。1つ目は衛星データの入手方法および得られるデータ・取得頻度が増加し、データの1つとして利用しやすくなってきたことである。2つ目はデータ入手のコスト面が下がったこと、そして3つ目に、取得したデータを処理するAI・機械学習が発達してきたことが挙げられる。特に3つ目のAI・機械学習の発展は、人だけでは処理しきれないほど膨大な情報を取得できる衛星データの活用可能性を広げた。
 宇宙関連事業者の多くが、衛星データの利活用ハードルが下がったことを商機と捉えており、衛星データの利活用についての検討やサービス創出を活発化している。一方で、これからの衛星データ利用者となるはずの事業者の多くは具体的な衛星データ利用のイメージを持てていないことが多い。
 そこで、本連載ではさまざまな産業における衛星データ利用のユースケースを紹介したい。利用者である産業の事業者が具体的に計画や実証に参画していたり、実際に利用が始まっていたりしているケース・サービスをまとめた。ユースケースを知ることで、「この点を事業に利用できそうだ」などのイメージを膨らましていただき、自社・自組織における衛星データ利活用のきっかけとしていただきたい。
 今回は第1次産業、漁業・農業について解説する。

第1次産業のユースケース
 第1次産業のうち、衛星データ利用事例として漁業と農業を紹介する。
 漁業は衛星データとの親和性が高いと言える分野である。理由として、気象や海面の情報など衛星から得やすく、得られたデータと漁獲量・漁場の関係性が研究されている分野であり、利用者である漁業事業者側も長年気象や海象データを参考に事業を行い、ある意味で事業者による衛星データ活用が昔から進んでいる産業と言える。
 衛星データ活用の代表例として、一般社団法人漁業情報サービスセンター(JAFIC)が提供している漁業向け海象・気象情報サービス「エビスくん」が挙げられる。「エビスくん」は海色や海水温などの海象情報と、天候などの気象情報を提供している。海象情報は衛星データと共に協力漁船の実測値を合わせて解析を行い、加えてJAFICが衛星データと魚の成育環境のデータと統合して漁船に提供することで適切な漁場の探索が可能になった。
 同サービスでは、単なる気象・海象データではなく、どこに魚群がいる可能性があるかまで解析を進めることで、漁場の探索情報を漁船に提供することができるようになった。これは従来、漁業事業者が今までの経験と海象・気象データからどこに魚群がいるかを推察している「勘」の部分をデータとして解析・提供できているとも言える。「エビスくん」はサービスとして販売されており、すでに商用化している衛星データの活用先となっている。

 また、農業も、衛星データの活用が進んでいる分野の一つである。衛星から得られる植生指数や気象データなどの各種データを解析することで何が得られるか、生育状況についてどのような判断が下せるか、などについて検討が進められている。
 農業事業者を巻き込んで研究を進めている例として、山形大学などが実施する「作物見守り君」の実証が挙げられる。「作物見守り君」は衛星データやドローンなど農場全面のデータと近接のセンサーデータ、気象データなどを組み合わせた営農管理システムである。衛星・ドローンからの情報で土壌調査、病気の予兆、発生部の把握などの検証を行っており、将来的には農家・畜産家向けの営農ナビゲーションシステムを目指す。この取り組みの特徴的な点は農業事業者と各技術保有事業者をメンバーとし、大学らをアドバイザーとしてコンソーシアムを構成していることである。農業事業者だけでは各種データの取り扱いが難しい部分を、各領域のプロフェッショナルと共同で検討することで、作物見守りシステムの実現につなげようとしている。
 農業の中でも、特に商用化が進んでいる取り組みとして、カゴメがNECと共同で、衛星データを含むAI活用による加工用トマトの営農支援事業が挙げられる。衛星データやセンサーを用いてトマトの成育状況や土壌の状態を可視化するサービスと、AIを活用した営農アドバイスサービスを欧州の加工用トマトメーカー向けに販売している。加工用トマトは非常に広大な敷地で生産されており、敷地内の異常発生を発見することは人力では困難であることが課題となっている。そこで、衛星とセンサーにより対象となる農場を確認し、広大な敷地の中から生育のばらつきなどの異常を発見できるようにしている。加えて、カゴメでは熟練者の代わりとなるAIが営農アドバイスを行うことで、熟練者のノウハウを提供している。AIを用いて衛星データやセンサーデータといったデジタルデータから具体的なアドバイスにまで落とし込むことで衛星データの利用を促している。

第1次産業のユースケースの整理と課題
 第1次産業のユースケースから見えてきたこととして、衛星データ活用を行う際には、まず産業にまつわるデータの収集やデータ解析が進められるかどうかが、衛星データの活用につながっていると考えられる。加えて衛星データを含む産業関連データについて解析やAI分析を実施し、データに意味を持たせ、衛星データになじみのない事業者に理解できる形まで落とし込む必要がある。
 漁業は元々気象データを扱っていたこと、加えて広い範囲の海象データを必要とする産業であり、衛星データとの相性が良い。「エビスくん」は衛星・気象・海象のデータを統合し漁場の探索までできるため、漁業事業者も利用がしやすいと考えられる。「エビスくん」での衛星データ利用実績を足掛かりに、漁業ではさらなる衛星データ活用が進むと考えられる。
 農業は、衛星データと地表のセンサーなどの未取得データとの合わせ技で活用が進んでいる。加えて、農業で衛星データ解析には、カゴメのように衛星データを利用者にとって意味ある情報にするためのAI解析や、農業事業者へのアドバイスとしてわかりやすい形に落とし込んだシステム・サービス化が進んでいる。

 また第1次産業は担い手不足が深刻化し、担い手を増加させようと取り組んでいる一方で、従事者の「勘」によって収量・収益が依存する傾向がある。すなわち、新たな担い手や人手不足の事業者に対して、いかに「勘」や技術伝承を行うかが重要である。技術伝承のポイントは、収益の要である「勘」の定量化・データ化であると考えられる。
 漁業・農業の事例から、第1次産業での衛星データ活用においては以下の2点が検討のポイントであると考えられる。1点目が、課題起点(本稿では担い手不足・技術継承)での検討が重要であること。これはデータ利活用全般に共通しており、衛星データはあくまで課題解決の手段の1つと捉えるべきである。2点目が、衛星データ以外のデータも含めた複合的なデータ活用が必要であること。ただし、複合的なデータ活用を行う際には、デジタルリテラシーの低いユーザーにとってわかりやすく、具体的なアクションにつながるようなところまで落とし込むことが重要である。今回紹介した事例はこの2点をクリアしていると考えられる。
 


おわりに
 今回ご紹介した第1次産業の衛星データ活用に際しては、第1次産業事業者の持つ経験とデータを掛け合わせて、漁業では漁場の特定、農業では生育のばらつきなど「勘」の部分への貢献がみられた。
 ただし、「勘」は複合的なデータを参照・解析するため、どのデータを活用すべきか、どんな解析が必要かなど、一足飛びには見えてこないことも多い。そのため衛星データをはじめとしたデータ類をどう理解し活用するかについて検討を行う必要があるだろう。一方で、提供者単独・あるいはユーザー単独でのデータ活用の検討は難しく、提供者やユーザーその他専門家などが共同で検討していくことが肝要である。そのような解決方法の1つとして、山形大学らのコンソーシアムが挙げられる。農業事業者だけではなく専門家がデータ活用に対してアドバイスできるコンソーシアムを組成し、必要なデータと得られる効果を整理する方法は衛星データ活用には重要だろう。
 このように衛星データ利用に際しては専門家や衛星データ事業者などが共に学びながら、各々の産業でのデータ活用を模索する必要がある。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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