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宇宙と地上の産業を結ぶ~各産業の衛星データユースケースを学ぶ~ 第2回 防災

2022年09月06日 通信メディア・ハイテク戦略グループ 大迫拓矢、藤居枝里


要旨
●衛星データは「ワンショットで広域な地表データ取得が可能」「災害により撮影地域のインフラが麻痺していてもデータ取得が可能」という特徴から防災との相性が良く、今後さらなる活用が期待される。
●一方で、現状のユースケースは国・政府主体の取り組みが大半であり、防災分野で民間事業者が衛星データを活用する機会は限定的である。本稿では、民間事業者の衛星データ活用に向けた具体的な方向性と課題について解説する。


はじめに
 地震・噴火等の災害が頻繁に発生する日本では、「災害を予測する」、「災害による被害を最小化する」ことが恒常的な課題となっており、近年では防災分野におけるテクノロジーの活用が進んでいる。その中でも、衛星データは「ワンショットで広域の地表データを取得できる」、「地上の状況に関わらずデータを取得できる」といった特徴をもっており、防災分野でのさらなる活用が期待される。本稿では、民間事業者の衛星データ活用に向けた具体的な方向性と課題について解説する。

防災分野における衛星データ活用の現状
 防災分野における衛星データ活用の用途は、災害発生前の「災害予知」と災害発生後の「災害時の状況把握」に分けて考えると見通しが良くなる。
 ここで、「災害予知」とは山・河川などの潜在的に災害が起こりやすい箇所を定期的に観測することで、災害が発生するタイミングを予測し、周辺住民の避難や土嚢設置などの早期対応につなげることを指す。具体的な取り組みとして、気象庁とJAXAが活火山の監視に地球観測衛星だいちを活用し、衛星データを用いて火口部とその周辺を含めた全体の観測を行っている。現在は、地上にある観測装置と衛星データを組み合わせ、日本国内にある110の火山のうち、特に活動的な47の火山のみを常時監視している。今後は衛星データをより積極的に活用することで110全ての火山を常に監視することも可能である。(※1)
 「災害時の状況把握」は地震・河川氾濫・火山噴火等の災害が起きた後に、衛星データを基に、被災地域の状況を把握することであり、その分析結果を基に救助活動の方策や復旧作業の方針を検討することが可能となる。例えば、2011年3月の東日本大震災や2016年4月の熊本地震災害、2019年10月の東日本台風被害などの際に、JAXAが政府からの要請に基づいて地球観測衛星だいちによる緊急観測を実施し、観測データにより得られた被災情報を政府・自治体等に提供している。
 ここまでの例で取り上げたように、国・自治体による防災のような公共性の高い分野での衛生データ活用が中心となっている。一方で、近年は衛星データ活用のハードルが下がりつつあり、民間事業者の間でも防災分野において衛星データを活用する機会が増えている。
 以降は、民間事業者の立場から、「誰が何のために利用するか」、「利用に向けたハードルは何か」という視点で議論を進める。

民間事業者の衛星データ活用に向けて
 まず、保険業界は民間事業者の中で最も防災×衛星データに対するニーズが高い領域と言えるだろう。中でも、地震保険等の災害に付帯する保険サービスを提供する事業者は、大規模な災害時に訪れる加入者からの大量の保険金支払い要請に対して、それぞれの住居等の被害状況審査を迅速に実施する必要があり、衛星データが持つ「ワンショットで広域の地表データを取得できる」というメリットを存分に生かすことができる。実際に、衛星データの取得・解析を行うフィンランドのICEYE社は2020年から東京海上ホールディングスと水災発生時の保険金支払い迅速化に向けた取り組みを始めている。(※2)また、広域にわたって事業を展開する鉄道・インフラ業界の事業者も、災害発生後に保有施設のどこで問題が発生しているかを迅速に把握し、サービス再開に向けた復旧作業を効率的に行うことが可能となる。その他これらの業界に属さない企業にとっては、例えば、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に関連した情報開示を行う際に、災害リスクの評価手段として衛星データを活用できる可能性などがある。
 一方で、これらの民間事業者が衛星データを活用するための課題としては「観測衛星の少なさ」、「衛星データ分析の困難さ」、「費用負担の大きさ」が挙げられる。
 日本ではだいち・だいち2号を含め計10機の地球観測衛星が稼働している。それぞれの衛星は観測目的(海洋・地球資源・陸域観測)や搭載センサー(光学・受動型マイクロ・能動型マイクロ)が異なるため、ある観測目的に対して利用できる衛星は1~3台程度である。加えて、これらの観測衛星は政府・公共機関を中心として運用されていることから、民間事業者が自由に利用することは難しい。こうした「観測衛星の少なさ」の課題に対しては、小型衛星を複数機打ち上げ・運用する(コンステレーションを構築)ことで解決が可能となると期待されている。実際、アクセルスペースやSynspectiveなどの宇宙関連企業がコンステレーション構築し始めている。
 さらに、衛星画像分析を行う際には専門の知識・ノウハウが必要であり、「衛星データ分析の困難さ」も宇宙分野以外の一般企業が衛星データを活用する際の障壁となるだろう。特に、合成開口レーダー(SAR)はマイクロ波の反射を捉えるため、光学センサーのように画像を直感的に読み取ることが難しい。
 「衛星データ分析の困難さ」に付随して、「費用負担の大きさ」も課題となるだろう。先述の通り、民間事業者向けユースケースとしては「災害時の状況把握」が多いと予想される。この場合、活用時に民間事業者が受けるインパクトが大きい一方で、利用頻度が災害直後に限られるため、事業者が多額の投資を行い自社でデータ取得・分析機能を整備することは難しいと想定される。
 これら「衛星データ分析の困難さ」・「費用負担の大きさ」という課題に対しては、ユーザー企業側で衛星データ取得・分析機能を持つのではなく、衛星データ関連企業のサービスを利用することで解決することが可能である。実際に、Synspectiveは2021年7月から防災科研と共同実証を開始(※3)、アクセルスペースも2021年9月から全地球観測プラットフォーム「AxelGlobe」で取得する衛星データを防災科研に提供する(※4)など、専門機関との連携により知見を取り込み、防災分野におけるデータ分析機能・サービスを強化している。このような衛星関連企業が提供するサービスを利用することで民間事業者は各種負担を軽減することが可能となり、BCP(事業継続計画)等の自社予算を活用することで、比較的容易に衛星データを活用する環境を整備することができると期待される。



おわりに
 今回は、防災分野における衛星データ利用のユースケースについて整理し、民間事業者の衛星データ活用に向けた具体的な方向性と課題を解説した。地球温暖化の影響により、世界全体で大規模な災害が頻繁に発生しており、民間事業者にとって災害は他人事ではなく、対処しなければならない事業上の具体的な課題になりつつある。したがって、防災に関しても今までのように国・政府に任せるのではなく、衛星データ等のツールを効率的に活用し、独自に対策を講ずることを押し進めるべきではないだろうか。

(※1) 火山観測に関するJAXAと気象庁の取り組みについて
(※2) 東京海上ホールディングスとフィンランドICEEYE社の協業内容について
(※3) Synspectiveと防災科研の共同実証に関するリリース
(※4) アクセルスペースによる防災科研への衛星データ提供に関するリリース

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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