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アジア・マンスリー 2022年3月号

原油高が下押し圧力となるインド経済

2022年02月28日 熊谷章太郎


インドは原油価格の影響を受けやすい経済構造を有しており、最近の原油高は、インフレ加速、通貨安、財政赤字拡大などを通じてインド経済にマイナス圧力をもたらす。

■原油高への警戒を強めるインド
原油価格の上昇傾向が続いている。代表的な価格指標であるWTI(West Texas Intermediate)期近物は、2月上旬に93ドル/バレルと、約7年ぶりの高値を記録した。原油価格が上昇している背景として、①各国の「ウィズコロナ」路線への方針転換とそれによる今後のエネルギー需要の増加期待、②ウクライナ情勢を巡る緊張の高まり、③例年を上回る寒波の襲来による米国の暖房需要の上振れ、などが挙げられる。

過去20年程度のドル名目実効為替レートと原油価格の関係を踏まえると、今後は、米国の利上げをきっかけにドル高が進むことで原油価格に下落圧力がかかる可能性が示唆される。もっとも、ウクライナや中東情勢の緊迫化を理由に、ドル高が進んでも原油価格が高止まりする、もしくは一段と上昇するとの見方もある。先行き不透明感が拭えないなか、エネルギー資源の貿易依存度が高い国を中心に各国の経済は原油価格の動向に左右されやすい展開が続くと予想される。

インド経済は、主に以下三つの経路から原油高による下押し圧力を受ける見込みである。

第1に、インフレの加速である。インフレは家計の購買力を低下させ、GDPの約6割を占める消費の増勢を鈍化させる。デリー首都圏のガソリン価格は過去1年間で約3割上昇しており、輸送コストの上昇を受けて卸売物価の前年同月比は+10%台に高まっている。卸売物価の上昇は、小売段階へ転嫁される可能性が高く、消費者物価は早晩インド準備銀行の金融政策目標(同+4±2%)の上限を超えると見込まれる。ちなみに、2020年前半に卸売物価が前年同月比マイナスとなるなかでも消費者物価が高止まりした要因としては、国内外のロックダウンを受けたサプライチェーンの寸断が供給不足をもたらしたこと、インド北西部で蝗害(バッタの大量発生による農業被害)が発生し食料供給が減少したことが指摘できる。そのため、インドのインフレ動向を展望する際には、原油価格の動向とともに、世界のサプライチェーンを不安定化させかねない中国の「ゼロコロナ政策」の動向や、インドの農業生産に大きな影響を与えるモンスーン期(6~9月)の気象状況にも注意する必要がある。

第2に、貿易赤字の拡大によるルピー安の進展である。2020年以降、経常黒字が続くなかでルピー相場は底堅く推移しているが、最近の経常黒字は厳格なロックダウンによる一時的な輸入の急減を背景としている。活動規制が段階的に緩和されていることから、輸入は徐々に持ち直しており、経常収支は再び赤字に転じている。原油高が続く場合、経常赤字はさらに拡大し、ルピー安圧力が強まることになる。原油価格が1ドル/バレル上昇するとインドの輸入額はGDP比で0.1%増加する傾向を踏まえると、90ドルで高止まりする場合、2022年度の貿易赤字はGDP比で前年度から約2%ポイント拡大することになる。

これに米国の利上げによる金利面からのルピー安圧力が加わることで、ルピー安とインフレの悪循環に陥ることが懸念される。実際、2010年代には、印米間の金利差が縮小するとルピー安となる関係が看守される。この関係を踏まえると、為替相場と物価の安定に向けて、インド準備銀行が米国に追随して利上げする可能性がある。その場合は、ルピー安を通じたインフレ圧力が軽減される一方、金融機関の貸出金利が上昇し、内需の下押し圧力となる。

第3に、財政赤字の拡大である。政府はコロナ禍で大幅に悪化した財政の立て直しを進める方針を示しているが、原油価格の上昇でインフレ対応に向けた追加的な財政支出が必要となり、財政再建が困難となる可能性がある。2014年、補助金支出の削減に向けて燃料補助金を巡る大胆な制度改革が断行され、その後中央政府による燃料補助金支出は名目GDPの0.1%前後に縮小した。そのため、燃料補助金の増加が当面の財政に与える影響は限定的であるものの、①燃料価格の抑制に向けたガソリン関連税率の引き下げ、②食料や肥料などへの補助金の積み増し、③低所得者・中小零細企業への支援増加など、取り沙汰されるインフレ対応策が積み重なれば、その影響は無視できないものとなる。

■インドが経済の脆弱性を克服する取り組み
インドが原油高による景気悪化を防ぐためには、様々な分野で構造改革を進める必要がある。まず、再生可能エネルギーの拡大やエネルギー効率の改善などを通じて原油の輸入依存度を引き下げる必要がある。また、インフラ整備や労働法制の改革などを通じて製造業の国際競争力を高めて、貿易赤字を縮小させることも重要である。さらに、財政健全化に向けて、①行政のデジタル化を通じた歳出効率化、②国営企業の民営化、③税制の簡素化や税務当局の実務能力を通じた徴税率の引き上げなども求められる。

政府は2022年度(2022年4月~23年3月)の予算案の発表時に、これらを含む構造改革を断行する方針を示したが、これらの取り組みは一朝一夕では進むものではない。インフラ整備や工場設立の円滑化に不可欠な重要課題である土地収用法の改正に進展が見られないことを踏まえると、政府の思惑通り構造改革が加速していく展開は考えにくい。そのため、インド経済は引き続き原油価格に左右されやすい状況が続くと見ておく必要がある。
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