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ビューポイント No.2021-011

賃上げ再起動に向けた2022年春闘の課題ー「成長と分配の好循環」に何が必要か

2022年01月25日 山田久


岸田政権は賃上げを重点課題として位置づけるが、オミクロン株の驚異的な感染力による経済社会活動へのマイナス影響に加え、供給制約・資源高、中国経済の減速観測など、様々な不透明要素が台頭している。そうしたなかで行われる2022年の春季労使交渉では、コロナ禍で中断した賃上げのモメンタムを再び復元できるかが焦点となる。

コロナ禍を経て日本経済が今置かれている状況をつぶさにみれば、賃上げの必要性が一層高まっていることが明らかになる。第1に、投入価格が大きく上昇していることがある。世界的なインフレ傾向のもと企業の投入価格が急騰し、バリューチェーンの最終段階での消費者向け販売価格にコスト増を転嫁できなければ、企業部門全体でみた収益が圧迫される。この消費者向け販売価格の引き上げには、持続的な賃上げが不可欠の条件になる。第2に、財政の持続性確保の観点がある。コロナ禍対応により未曽有の規模に膨張した国家債務を制御するためには歳入増が不可欠である。その主な財源は経済成長による自然増収・増税・社会保険料増となるが、いずれも名目賃金引き上げが前提になる。

よりミクロ的な観点からは、女性やシニアといった相対的に処遇の低い働き手の賃金引き上げの重要性が強調される必要がある。わが国の実質経済成長率が低迷しているのは、実質労働生産性が低迷しているからというよりも労働供給量の減少の影響が大きく、さらにそれは就業者数の減少よりも一人当たり労働時間の減少が主因になっている。これは働き方改革の影響よりも、週30時間未満の短時間労働の女性やシニアの雇用シェアが高まっていることの結果であり、多様な労働力の有効活用が進んでいないことを物語る。したがって、人材投資を促進して非正規労働の多い女性やシニアの本格活躍を進めれば、賃金が高まると同時に労働投入量が増加し、経済成長率が確実に高まることが期待できる。

岸田政権の賃上げ政策の基本的な発想は安倍政権下の政策を踏襲している。安倍政権の取り組みの主軸は「官製春闘」と呼ばれたが、春闘に着目したことは的を射ており、少なくとも「賃金は上がらない」状況を変えた面で一定の成果があった。だが、成果が十分でなかったことは否定できず、その理由は時代遅れになった「ベア統一要求」と「パターンセッター方式」という従来方式を前提に進めたことに求められる。輸出産業大手の売上増が全産業・中小企業部門まで波及した、かつての「フルセット型産業構造」が変容し、賃金制度の変化や非正規労働者の増加の結果、従来方式が機能しなくなっている。求められているのは春闘の再構築であり、①交渉方式を抜本的に見直すとともに、②中小企業部門で賃上げに十分な収益が生まれる環境づくりに、同時に取り組む必要がある。

賃上げ余力をみるために労働分配率に着目すれば、特定産業を除けば歴史的低水準にある。手元流動性もリーマンショック時をはるかに超え、80年代以降で最も高い水準にあり、財務状況からみた企業の賃上げ体力は総じて十分といえる。物価動向についても、菅政権での働きかけを受けて携帯電話料金が大幅に引き下げられた影響を除くと、前年比約2%の上昇が生じている。パンデミックの終息がみえないことは賃上げには逆風だが、治療薬の開発やワクチン接種、感染予防行動の定着等、感染症への対処手段は整ってきている。デジタル化や脱炭素化などポストコロナの経済社会の方向性が見え始めており、企業としては、繰り返される感染の波に過度に翻弄されることなく、将来に向けた事業改革・投資強化に注力することが重要である。現場で事業改革を進める主体である従業員のモチベーション強化のため、可能な限り賃上げに前向きに取り組むべきである。

岸田政権が掲げる政策の主軸となるべきは、「春闘の在り方」の再構築を促すことである。その新しい春闘の在り方とは、成長と分配の好循環に向けてパイ拡大と成果配分の議論を一体化し、①時代が要請する産業構造転換を促進する、個別企業の枠を超えた産業全体・社会全体での雇用安定化の仕組み(雇用シェアなど新たな手法を用いた、日本型の失業なき労働力移動の在り方)を整備するとともに、②新しい成果配分の在り方(生産性に見合った持続的賃上げと成果主義と底上げを組み合わせた新型ベア)を創造するものである。もちろん賃金決定の主体はあくまで個別労使であり、政府が行うべきは環境整備である。とはいえ、個々の労使が主体的に賃上げに取り組むには、その必要性の認識や、共同して向かうべき方向性を共有することが大前提になる。その意味で、安倍政権下で設置された政労使会議を、主な産業や地域別の下部組織も設置して拡充する形で再開し、それを通じて産業横断的な全国レベルで労使間の合意形成を促し、様々な環境整備のための議論を進めるべきである。

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