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日本が国際標準化の動きをリードするために

2021年12月14日 足達英一郎


 サステナビリティに関する企業情報開示の国際基準作りが、来年に向けて、ひとつの大詰めを迎えようとしている。IFRS財団は、英国グラスゴーで開催されたCOP26の期間中、11月3日に「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」設立を正式に発表した。これに先立ち3月に公表された、「サステナビリティ報告基準の開発にあたっての戦略的方向性」では、「投資家をはじめとする世界の資本市場参加者の意思決定に重要性のある情報に焦点を当てる」、「気候関連情報について緊急性があることから、まずは気候関連の報告に注力する」と明らかにされていた。

 ISSB設立にあたっては、バーゼル銀行監督委員会が支持を表明(原題:Basel Committee supports the establishment of the International Sustainability Standards Boardと題するプレス・リリースを公表)したことも注目された。今後、バーゼル銀行監督委員会としてIFRS財団と継続的に連携していくこと、また、気候関連金融リスクに係る共通の開示ベースラインを促進するために第3の柱の利用を検討することなどを表明したのである。

 さらにISSB設立が正式に発表されると同時に、Technical Readiness Working Group(TRWG)から、「気候関連開示」と「サステナビリティ開示一般要求事項」に関する2つのプロトタイプが発行された。このうち前者に関連して公表された”Climate-related Disclosures Prototype Supplement: Technical Protocols for Disclosure Requirements”は、全体で579頁に及び、68の産業セクターについて、各々の企業が開示する項目を規定している。

 気候変動に関するISSB基準の草案は2022年第一四半期に市中協議にかかり、22年6月には基準が最終化される見込みだという。たかだか、半年の間に基準が確定できるのかと素朴な疑問が生じるかもしれないが、舞台裏では原案はほぼ出来上がっているというのが大方の見方となっている。それは、プロトタイプの完成度の高さからも十分に窺い知れることである。

 昨年11月、日本国内に設置されたIFRS対応方針協議会から「IFRS財団が正式にサステナビリティ報告の基準設定に取り組むこととなった場合には、IFRSの基準策定のために行ってきたことと同様に、我が国関係者としても積極的に貢献していきたいと考えている」とのコメントが出ている。果たして、この一年ほどのあいだにISSBの原案に、日本からの意見がどこまで反映されたのかは、外部からは現時点では分からない。

 ここからは、あくまで一般論とはなるが、近時、さまざまな国際標準化の動きに対して、能動的に関与していくことが国益に叶うという理解が、日本国内でも定着してきていることは歓迎すべきだろう。他方で残された問題は、「動きが顕在化したときには、すでに骨格や原案が出来上がっている」ことが多い国際標準化の現場に、わが国の官僚、企業関係者、大学関係者が、いかに早期に食い込むことができるかにある。国際標準化は、各々の分野での一種のサロンで話しが進んでいくことが少なくない。社会的問題をテーマにした国際会議、取り組みをコミットする組織の共同宣言、ある技術を中核に据えたコンソーシアムなどが、人的ネットワークの場であり、標準化の種がまかれ、萌芽が生まれる場所である。

 日本の組織の感覚から言えば、情報収集やネットワーク形成のために、こうした場所に気軽に参加したり、日頃、コミュニケーションを欠かさないでおくというのは、なかなか「本来の仕事」として認められない。他方、海外の組織では、こうした機会でリーダーシップを発揮したこと自体を評価する姿勢が明確だ。さらに、人材流動が当たり前なので、参加する個人にとっても、こうした人的ネットワークの一員に加わることがキャリア形成の観点からも大きなインセンティブになっている。

 日本経済団体連合会が「戦略的な国際標準化の推進に関する提言」(※)を発表してから、すでに15年以上が経つ。その提言では「近年、企業にとって国際標準化は事業戦略の非常に重要な要素になっている」「欧米諸国は、自国の規制や企業の技術を含んだ国際標準の制定に、官民一体となって、戦略的に取り組んでいる」と謳われた。そのうえで、「国際標準化に携わる人を積極的に評価すべきである」と提言しているが、現実はそれほど変わっていないように見受けられる。この提言を、今一度、読み返し、その提言が現実のものとなったかを検証してみることの意義は、改めて大きい。来し方を振り返り、実現できなかったことは率直に認めて、その原因を探っていくことなしに、「カイゼン」には進めないと考える。

(※)(社)日本経済団体連合会, 戦略的な国際標準化の推進に関する提言, 2004年1月20日


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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