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自動運転車両による交通事故発生の際の原因究明の在り方

2021年11月24日 逸見拓弘


 運転者がいない無人自動運転を日本国内でも実現すべく、制度整備の議論が進んでいる。わが国の現行の道路交通法は、運転者の存在をあくまで前提としており、運転者がいないSAE運転自動化レベル4の自動運転の公道走行を解禁するには、新たな交通ルールの制度整備が必要となる。政府は、2022年度頃までに限定地域で遠隔監視のみを伴った無人自動運転移動サービスの実現を政府目標として掲げており、この達成に向けて運転者のいない自動運転移動サービスにおける交通ルールの在り方に関しての政府指針を示すべく、関連の議論を加速させている。

 最新の検討状況は、警察庁ホームページで公開されている「令和3年度自動運転の実現に向けた調査検討委員会」の資料を通じて確認できる。資料によると「運転免許を受けた『運転者』の存在が前提となる場合と同等の安全性」を担保できることを条件に、レベル4の無人自動運転移動サービスの運行を認定する制度が検討されている。
 現行の道路交通法では、運転者には大きく3つの義務が課せられている。1つ目は、運転操作に係る対応として一般的・定型的な交通ルールを順守する義務である。2つ目は、運転操作に係る対応として現場での個別具体的な対応をする義務(例えば、緊急自動車を優先させる等)である。3つ目は、運転操作以外の対応として交通事故の場合の措置対応の義務である。

 無人自動運転移動サービスでは、1つ目の義務は自動運転システムが負うこととし、2つ目の義務は自動運転システムまたは運行に携わる者がケースバイケースで負う、3つ目は運行に携わる者が負うものとする。このような対応関係にすれば、無人自動運転車両であっても、運転席に「運転者」が存在する手動運転車両と同等の安全性が確保できると考えようというわけである。こうすれば、無人自動運転車両でも手動運転車両と同様の交通ルールが適用できる。既存の運転免許保有者に対して新たな交通ルールを周知することも不要となるため、この考え方は非常に理にかなっている。

 ただ、ここで気になるのは、上記の交通ルールを適用したとして、万が一、無人自動運転車両による交通事故が発生した場合に、どのように原因究明がなされるのかという点にある。従来の手動運転車両の事故であれば、「運転者」に一義的な責任が生じるため、原因究明と責任追及の方向性が明確であった。しかし、無人自動運転車両による事故の場合には、自動運転システムと運行に携わる者の両方が責任主体の候補となり得るため、原因究明と責任追及先の特定が複雑になる。例えば、運行に携わる者の現場判断ミスや車両の整備不良が事故原因の場合には、現場の運行に携わる者の責任が問われるが、自動運転システムの欠陥や外部からのサイバー攻撃が事故原因の場合には、自動運転システム開発者の側の責任が問われると考えられる。しかも、事故原因を自動運転システム起因と特定してその場で責任追及するようなことは、ITの専門知識が要求され、現場の警察官には容易にはできない。場合によっては、事故現場に、警察官だけでなくIT専門家も出動して原因調査分析を行い、車両解体をすべき事案も生じるかもしれない。このような対応をスムーズに行うために、予め自動運転車両による事故の原因究明をミッションとする専門調査体制を構築しておくことが望ましい。

 自動運転車両による事故の原因究明の在り方は、アメリカの組織体制が参考になるかもしれない。アメリカでは、自動運転車両による重大事故の原因究明と再発防止の役割は、国家運輸安全委員会(以下、NTSB)という独立機関が担う。NTSBは自動運転車両の重大事故に関して優先調査権を有しており、自らが現場に出動して、中立公正な立場から事故の原因究明にあたる。さらに、調査結果を事故調査報告書として外部に公表する。また、NTSBは、必要と判断した場合には、自動車メーカーや自動車業界全体に対して安全勧告、つまり自動運転システムの更新要請を行う。

 日本の場合、類似する常設組織として国土交通省外局の運輸安全委員会(以下、JTSB)が存在するが、JTSBは、航空事故、鉄道事故、船舶事故等の事故原因究明を専門としており、自動車事故は対象としていない。わが国では、2020年度から自動運転車両による事故分析の在り方に関する検討を開始し、自動運転車事故調査委員会を設立したが、この委員会は、アメリカのNTSBとは大きく性質が異なり、常設組織として現場出動をすることを想定しておらず、法的に強い権限を有する組織体でもない。

 自動運転車事故の原因究明の在り方については、政府内で引き続き検討が進められると見られる。日本でもアメリカのNTSBのように強い権限を持ち、現場出動も行う専門の事故原因調査体制の構築は有効な選択肢であろう。更なる議論の進展に期待したい。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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