東日本大震災で甚大な被害を受けた東北観光は、2019年までの実績をみると、ようやく震災前の水準を回復し、出遅れたインバウンド市場についても宿泊客の数値目標を前倒しで達成するなど着実に再生を遂げてきたことが分かる。東北観光の再生要因として、大震災のダメージを踏まえつつ新たな魅力の創出に努めたこと、観光振興態勢の刷新を図ったこと、の2点が挙げられる。
東北観光の新たな魅力創出のための取り組みは、以下の2点に大別できる。
第1に、大震災からの復興・再生には、東北観光や応援消費が不可欠であることをキャンペーンやイベントで訴え、震災後の観光自粛機運を払拭した。第2に、被害の痕跡をとどめる震災遺構や被災体験を伝える新たなコンテンツを開発し、防災研修や視察などの観光・旅行需要を開拓した。
観光振興態勢の刷新に向け実施された取り組みは、以下の2分野である。
第1に、交通機関や観光施設等のインフラ整備である。とくに被災3県の内陸部と沿岸部を結ぶ複数の高速道路の新設は交通アクセスを飛躍的に改善し、ツアー造成や大型イベントの誘致に大きく貢献した。第2に、震災によりベテランの観光関係人材が多数失われるなか、壊滅的状況からの再生を若手に託そうとする機運が生じ、観光協会や事業団体で世代交代が進んだ。
再生を遂げつつある東北観光であるが、現在直面している課題の解決は容易ではない。まず、全国に先駆けて高齢化と人口減少が進む東北では、観光客と産業の担い手の双方が急速に失われる可能性がある。次に、10年を経て大震災の風化が進み、関連コンテンツの訴求力の低下が懸念される。さらに、2020年以降、コロナ禍のため再び大きなダメージを被っており、ここまで積み上げてきた再生の成果を無に帰すことなく、With/Afterコロナにおいても地域の魅力を提示できるか、東北観光はその真価を問われている。
上記課題に対処するには、次のような取り組みが必要である。まず集客力を高めるため、現状の主力である国内観光客、とくに東北域内居住者のマイクロツーリズム市場の底上げを図りつつ、ウイークポイントであるインバウンドの誘致に努めることである。コンテンツの風化対策としては、異なるタイプのコンテンツと組み合わせたツアーを造成したり、最新技術を導入してコンテンツ自体の魅力を高めなければならない。また、他産業と同様、ICTを導入して事業の効率化やサービス向上を図ることが求められる。
目下の重要課題であるコロナと東北観光のかかわりについては、すでにWith/Afterコロナにおける宿泊施設や交通機関の安心・安全対策など、技術・ノウハウ面に関しては世界的に標準的手法が確立されている。もっとも、パンデミックや環境破壊のリスクがありながら、あえて観光する目的や意義、受け入れ側の理解などについては確たるコンセンサスは得られていない。国連世界観光機関(UNWTO)や観光先進国であるフランスなどにおいて、持続可能で責任ある観光スタイルを確立するため、新たな試みが緒についたばかりである。
わが国の場合、国際社会にみられるようなWith/Afterコロナにおける観光の在り方を模索する動きは、いまのところ顕在化していない。しかし、東北は大震災以来、観光の意義を問い続け、すでに一定の答えを導き出しており、世界的にも観光の新常態(New Normal)を先取りする存在といえよう。With/Afterコロナという観光の変革期において、東北は震災遺構や被災地の生活体験、住民との交流など固有の体験価値の磨き上げと訴求を一層強化し、繰り返し訪れるファンを獲得することが重要である。これに対し、全国の観光地は、東北観光の震災からの立ち直りの経験を改めて咀嚼し、新たな観光地モデルの構築を目指すべきである。
関連リンク
JRIレビュー 2021 Vol.11, No.95
・社会支出(Social expenditure)における家族支出推計の現状と課題ー保育所にかかる市町村の支出実態に基づく検討(PDF:649KB)

・アフター・コロナにおける中小企業の回復に向けた課題ー世界金融危機後の中小企業の回復過程を参考に(PDF:2265KB)

・ニューノーマル時代の中小企業における中核人材確保の在り方ー人材シェアリングの活発化に向けた課題(PDF:1504KB)

・地産地消による再生可能エネルギーの主力電源化をーコストを反映した電気料金による需要家行動の変容が鍵(PDF:1042KB)

・東北観光再生の歩みとわが国観光への示唆(PDF:914KB)

・単身高齢者の生前、死後を地域で支える新たな情報連携の仕組みづくりー「周没期」支援システムの提案(PDF:803KB)
