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【北京便り】
中国でもESGという用語が頻出しているわけ

2021年10月26日 王婷


 先日、北京グリーン取引所が主催する「カーボン資産管理講習会」に参加しました。3日間のプログラムで、中国の排出権取引の現状、メカニズム、クレジットの割り当て方法、政策の解釈などの内容を学ぶものです。オンライン講義ということもあり、なんと450名以上の参加者が講義を視聴していることが分かりました。講習会は、毎月、開催されていきます。責任者に尋ねると、毎月平均で400人の参加者がおり、企業の管理者層や、コンサルティング会社の人、地方政府や企業の気候変動担当者、学生など幅広い属性に及んでいるとのことでした。

 10月11には、世界最大級の会計専門機関であるCPAオーストラリアが「環境サステナビリティに関する調査」の結果を発表しました。興味深いのは、中華圏の地域の様々な業界から、400名以上の経理・財務担当者(うち中国本土は139名)にヒアリングを行って調査は纏められたという点です。調査結果では、中国本土では、今後5年間でESG(環境・社会・ガバナンス)分野の人材に対する需要が急増すると見込まれている点が目を惹きました。中国本土の会計・財務専門家の88%が、今後5年間でESG人材の需要が増加すると予想しており、74%の回答者が、温室効果ガスの排出ネットゼロの達成に向け、専門家である会計士が重要な役割を果たすと考えていることが分かりました。

 中国でも、足元、メディアなどにESGという用語が頻出してくるようになりました。では、なぜ今になって、ESGが注目されるようになったのでしょう。以下の通り、四つの理由が考えられるのではないかと思います。

 一つ目は、金融機関の要請です。近年、中国の金融管理監督部門はグリーン金融に関する様々な政策を打ち出しています。また、より多くの中国金融機関が国際基準と整合を図ることを重視し、ESGを投資判断の重点に置くようになりました。例えば、中国国内では2020年までに52の金融機関が責任投資原則( PRI :Principle for Responsible Investment)に署名しました。この他にも、多数の機関が「責任銀行原則(PRB)」に賛同したり、「赤道原則」に署名したりしています。金融機関が率先し、ESG投融資に着手し始めています。

 二つ目は、脱炭素という政府目標のもとで、企業は環境規制強化に待ったなしの対応を迫られています。3060目標の公表、全国統一炭素排出量取引市場の立ち上げ、環境情報開示規制など、企業にとっていずれも高度な専門性が求められる対応になります。以前は、外部のコンサルタントに報告書作成を外注する程度で済んでいましたが、今では継続的な取り組みが必要となり、ESGの専任スタッフを社内に置く必要があると考える会社が増えているそうです。また専門人材に対するニーズも高くなっています。

 三つ目は、中国企業でも、ESGへの対応が自らの持続的な成長にもつながると考え方が理解されるようになってきました。以前は、企業のESG開示は主にコンプライアンスや規制対応の観点からのみ考えられていましたが、現在では、企業が自らの生産活動や事業運営にESGを積極的に取り入れ、積極的に情報開示でアピールしようという意識が高まっています。例えば、A株上場企業のESG報告書の発行社数は、2020年には1,021社で、上場企業全体の27%を占めるところまで拡大しました。もちろん、先進国と比べれば、まだ低いのですが、2009年の371社と比べ、約10年間で3倍に増えました。特に、トップ企業のESG情報開示の意欲が高く、2020年に上海深セン300の株価指数構成銘柄のうち、259社がESG報告書を発行するようなっています。

 四つ目は、中国の若い世代が他の世代より社会貢献や持続発展を重要視していることも見逃せません。今後の消費を牽引するこの若者層を取り込むために、ESGへの取り組みを訴求することは必要不可欠になります。2020年7月4日に上海で行われたL'OréalのSustainability 2030戦略の発表会では、「中国の若者を対象とした持続可能性に関する認識と行動の観察レポート」が発表されました。報告書によると、不確実な未来に直面している現代の若者たちは、「自分のことだけを考える」から「運命共同体を考える」へと少しずつシフトしていると結論付けられています。75%の若者が、過去に比べて社会問題への関心が高まっていると答え、99%以上の若者が、現在の自分の行動が明日に大きな影響を与えると考えていると回答しています。また、気候変動、社会的弱者のケア、天然資源の保護は、若者が最も関心寄せるテーマだとのことです。2018年以後、中国の若い世代の消費者を対象とした調査レポートは同様のトレンドを示しています。このように、中国の若者を対象としたサービスや商売を考えるなら、持続可能性や社会責任といった概念がますます大きな評価ポイントになると言えるでしょう。

 中国マーケットで事業を展開する日本企業にとっては、チャンスでありチャレンジでもあります。これまで日本企業は、日本の本社で、まとめてESGの方針を作り、海外拠点では単にそれに従いというのが一般的でした。しかし、今後、中国では環境規制やESGの情報開示規制が日本以上に厳しくなることを考えれば、中国現地の事情を踏まえた方針策定と取り組みが必要になることも十分予想されると考えておくべきでしょう。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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