IT時評:「次の一手を読む」
第16回「今秋の次世代高速通信2.5ギガヘルツ帯の行方は予想できる」
出典:日本経済新聞「NIKKEI NET」 2007年9月6日
いま、2.5ギガヘルツ周波数帯を利用した次世代高速無線通信サービスを巡る動きがとても熱い。
総務省はこのサービスの事業化に向けた免許申請の受け付けを9月10日に開始する。10月12日に締め切り、年内にも、2つの事業者を認定する見込みだ。総務省は免許交付の条件として、第3世代携帯電話事業者(NTTドコモ、KDDIなど4社)には単独での事業化を認めず、関係会社を含めた出資比率を3分の1以下に制限する。この条件を前提に、今秋の動きを予想してみよう。
市場関係者やユーザーの関心は、おおむね次の2点に集約される。
(1) 通信方式について、有力視されているモバイルWiMAX(ワイマックス)と次世代PHSがともに選ばれるのか、それとも国際標準の取り組みで進んでいるWiMAXのみとなるのか。
(2) 今回の免許割り当ての2つの枠はどこになるのか。その際の選定基準やロジックはどんなものになるのか。
「次世代PHSを含む2方式」は本当か?
まず通信方式について。国際標準化の進展状況、開発主体の存在感(発言権)、国内での実験や各国の導入実績などから判断すると、事実上有力なのはWiMAXと次世代PHSであり、マスコミも一見この2つで決まりのように報道している。もし「国内」競争の枠にとどまるならば、この選択肢も無いことはないだろう。
だが、国益という観点から見た場合、「次世代PHS方式を加えた2技術方式」は、将来に禍根を残す恐れはないか。「PHSは国内と海外に実績がある」と言われる。実際、国内市場の契約数は500万超、人口カバー率99.3%、基地局数約16万のネットワーク網を構築している(携帯電話会社の基地局数は多くて4万程度)。また中国市場では、“小霊通”(シャオリントン)として、契約数にして1億2,000万超もの実績がある。“日本発”の通信系技術による、海外での数少ない成功例と言えよう。霞が関や永田町ではよく知られた、彼らにとっても誇らしいケースだ。さぞかしシンパシー(共鳴感)を誘っているのではないだろうか。
私はこの「実績ある“国産PHS”の次世代版をウィルコムが発展させ、中国などの市場を開拓できるのではないか」という、一見心情的にしか映らないシナリオの背後に、経済合理性を踏まえた「国内戦略と海外戦略」があればそれでよいと考える。しかし、「現PHS」と「次世代PHS」の技術は全く異なる。通信技術は厳密には7つの階層で表現される。その基底を成す、次世代PHSの物理層は、WiMAXとほぼ同じであるとのことだ。
そうなると仮に、次世代PHSをウィルコムに免許した場合、次世代高速通信市場に単独で進出しようとしている同社は、実際のビジネス展開で特許権の使用料も単独で負担しなくてはならない。本当に“国産”の色が濃いならばともかく、中核技術でライセンス料を払い続けるのであれば、事業化してもジリ貧になるのは避けられない。少なくとも、国際競争力の強化など、極めて望み薄となる。頼みの中国にしても、現PHS(小霊通)は日本と同じ1.9ギガヘルツ帯を使用しているが、次世代高速通信向けの国際標準になりつつある2.5ギガヘルツ帯で、まだ何の実績もない次世代PHSに免許を与えるとは考えにくい。
「技術間競争」か「規格統一」か?~国益の観点からはWiMAXに軍配か
国際標準規格であるモバイルWiMAXのみに「規格統一」されるか、次世代PHSも加えた2技術方式による「技術間競争」か。どちらを採るかは、真の国益を最大にできるかどうかにかかわってくる。
海外でも、また技術仕様でも、WiMAXビジネスが整備されつつある直近の状況を見れば、WiMAXを担ぐ2陣営間の国内競争を優先させるシナリオが有力だろう。単独進出ではなく、パートナーシップの層が分厚いため、多くの事業者が参加することでスケールメリットが働いて関連コストも下がり、世界市場を視野に入れた展開が可能になる。また、日本企業にとって、米クアルコムの特許戦略(現在も高額の使用料を日本企業が支払わざるを得ない)に比べ、米インテルなどWiMAX推進者は、ライセンス使用の制約が緩やかで、同使用料も低く抑えられると推定されるなど、相対的に組みしやすいパートナーになる可能性がある。ただし、実際にWiMAX基地局など通信機器・装置を製造するハードメーカーや、WiMAX通信インフラを用いたコンテンツ配信などのサービス事業者が、海外販路を視野に本当にスケールメリットを発揮するビジネスモデルが描けるのかどうかは、大きな課題であるが。
「実質2技術方式による競争」が、先々不透明で不確実な市場では有効なのだという見方もある。しかし、今般の「狭い帯域」(30メガヘルツ幅×2)での競争は、それでなくとも“細切れ・箱庭競争”的である。米国や台湾などでは、190メガヘルツ幅ほども割り当てている。この時点でスケールメリットに差があるのだ。1技術方式で計60メガヘルツ幅での競争か、2技術方式によるそれぞれ30メガヘルツ幅での競争とするか。規模の経済性を考慮すれば、どちらが賢明かは自明である。電波は国民の財産ゆえ、今秋の「比較審査」においては、中期的な“国益の時間積分”、つまり数年後にわが国がとり得る利益の総量ではかるべきだろう。
はじき出されるのはドコモ陣営かKDDI陣営か
免許は2社に付与されることが決まっているので、次に、「1技術方式」の場合、つまりWiMAX陣営で2社が選定される際のシナリオを描いてみよう。予想する際の与件がある程度絞られているので、特段の非合理的な要素が紛れ込まない限り、あらかた推定はできる。既存携帯電話4社による今秋の想定免許事業者への経営関与度は、「議決権の3分の1未満」に制限されているとはいえ、ドコモとKDDIの事業に関する「意欲と能力」は絶大であるから、さまざまな打ち手が出てくるだろう。
<ソフトバンク=イー・アクセス陣営は本命?>
いち早くパートナーシップに動いた「ソフトバンク=イー・アクセス陣営」(イー・モバイル含む)は、携帯電話市場の上位2社に比べ、既存の割り当て帯域幅が少なく、かなり有望ではないか。
帯域幅が少ないことについては、ソフトバンクの技術統轄兼最高戦略責任者(CSO)である松本徹三氏も再三指摘しているところだ。現在の競争状況から、市場シェアで下位(3位と4位)のグループを後押しすることで、欧米並みの市場シェアが分散された状況をつくろうとする規制当局の思惑もあるかもしれない。
<残る1枠を巡り合従連衡は混沌?>
WiMAX技術方式に2グループが割り当てられる場合、残る枠は1つ。アッカ・ネットワークスとの提携を決めたドコモ陣営か、京セラなどとの連合を検討中のKDDI陣営かになろう。もし市場1位のドコモが当確となれば、これまでのドコモやソフトバンクらとの競合関係から、市場2位のKDDI陣営が、現在有望と推定される「ソフトバンク=イー・アクセス陣営」に接近することが考えられる。
寡占市場で有効なゲーム理論のペイ・マトリクス、すなわち2~3社程度が支配する市場における、各企業の経済的利得(どのような行動選択が最大の利益を生むか)を分析することにより、このように落ち着くことが示されよう。
攻防は今秋でお終いではない
近い将来、2.5ギガヘルツ帯の再々編が隣接帯域まで及ぶ可能性を前提にできる場合、「2社枠」に漏れたプレーヤーは、“次回”を狙えばよい。上位者が“待ち”を選択することで、今回のビジネス機会を選択するよりも大きな利得を獲得できる可能性も出てくる。そのためには、今回の2社が新規市場を開拓している様子をじっと観察し、次の機会に備えるのだ。そして機会が到来したら、「規模と範囲の経済性」を一気に発揮できる戦略カードを切ることは、上位者の経営戦略の要諦(正攻法)でもある。
現在進められている地上デジタル放送への移行が2011年に予定通り進めば、2012年には700メガヘルツ帯などの空き電波の有効活用も視野に入る。米グーグルは、米国で来年初めに開催予定の無線周波数オークションで、同帯域(700メガヘルツ帯)市場に参入する模様だ。この帯域は現在の携帯電話の主力帯域に近く、新たな携帯電話向け領域としても期待されている。こうなれば、日本での“次回”ないしそれ以降の電波再々編市場では、外資を含むさらなるさまざまな合従連衡が起こることだろう。今秋の攻防で、決してお終いではないのだ。