IT時評:「次の一手を読む」
第15回「携帯電話WiMAXの免許方針に残る疑問」
出典:日本経済新聞「NIKKEI NET」 2007年7月3日
携帯電話業界がかたずをのんで見守ってきた、WiMAX(ワイマックス)という次世代高速無線通信の免許方針が決まろうとしている。総務省は5月中旬、NTTドコモやKDDIなど既存の携帯電話会社には免許を与えず、新規参入を促す方針を打ち出した。7月の電波監理審議会に正式諮問し、適当と認められれば申請の受け付けを開始、今秋にも事業者が決まる見通しだ。
WiMAXの免許方針は本当にこれでよいのか
まず「WiMAX」(Worldwide Interoperability for Microwave Access)は、これからの携帯電話の世界でキーワードになる、無線通信技術の一規格だ。従来の国内携帯電話の規格と異なり、世界規格であり、海外でも大変ホットな話題になっている。
WiMAXには固定だけでなく、本稿で取り上げる高速移動体通信用の規格である「モバイルWiMAX」(IEEE802.16e)も策定されている。読者の多くがお使いのはずの、第3世代携帯の通信方式であっても、最大速度は毎秒384キロビットにすぎず、重いファイルや映像などのデータ通信を利用する場合は不便なはずだ。それに対して来年には使えるようになるとされるこのWiMAX方式は、最大毎秒75メガビット(下り)と、モバイル環境下にあって、光ファイバー並み(最大毎秒100メガビット)の超高速サービスを実現する。これにより、フルハイビジョン映像の伝送や大容量データ通信が可能になり、飽和感漂う携帯電話市場が再び活性化されるとの期待も大きい。
総務省はこのモバイルWiMAXの免許交付について、(1)交付先は2社とする(2)第3世代サービスを手がける携帯会社とそのグループ会社には直接免許を与えない(3)携帯会社やそのグループ会社でも出資比率が3分の1以下なら参入を認める――方針だ。これに対し既存携帯電話会社は反論などを提出したものの、覆すのは難しいとの見方が多く、現状ではADSL(非対称デジタル加入者線)サービスを手がけるアッカ・ネットワークスとPHS専業のウィルコムの2社が有力視されている。既存各社は逆境に追い込まれた格好で、何とか自社に有利な足がかりを得ようと、他社との連携を模索し始めている。
この免許方針は、私たちユーザーが利用できる携帯電話サービスの種類や質、ひいてはわが国の携帯電話産業の競争力や国の経済発展にも関係してくる重要な問題だ。なるほど総務省の方針には、それなりに苦心の跡がうかがえる。だが、本当にこれでよいのか。携帯電話の電波資源をもっと有効に活用する手段は、他にあるのではないか。
行政による「配分問題」への矮小(わいしょう)化
電波は国にとって希少資源であるため、規制当局(総務省)による免許の対象となっている。残念ながら今般、携帯電話向けに利用できる周波数の範囲は、80メガ~85メガヘルツ程度。割り当てられる事業者は2~3社に限られる。その開放される電波について、単純に言えば、限られた周波数を誰に「配分」するかという問題だけに焦点が絞られている。言い換えると、市場メカニズムを働かせようとするやり方ではなく、行政主導のやり方に終始してしまっている。
確かにモバイル通信産業は希少資源を利用するため、オークション方式のような市場メカニズムに任せておくだけでは、その資源の独占傾向が強まり、かえって市場の効率化が妨げられる懸念がある。しかし、だからといって、規制当局の官僚が「神の見えざる手」になることはできるのだろうか。結果論ではあるが、2005年に当局が割り当てた携帯電話免許のうち、アイピーモバイルは、その後資金調達などが難航し、現在も事業開始のめどがたっていない。そして国の貴重な資源である電波は有効活用されず、時間だけが浪費されている。
この問題について、米連邦通信委員会(FCC)戦略計画局のビジネス・経済担当の弁護士であるケネス・カーター氏は、2005年6月にWiMAXライセンス制度について都内で講演した際、興味深い指摘をしている。「米国ではこの1年、無線帯域に関する政策が見直され、指示や命令一辺倒というよりも、市場の力を導入する方向に向かっている。政府は無線を実際に使う人ほど分かっていない(ビジネスの実際を知らない)」というのだ。同氏の主張は、規制当局が免許するだけの一方的なやり方に対して、免許不要の無線帯域を増やしたり、新規参入者によるビジネスモデル開発の余地を残したりすることで、より市場原理を機能させるべきだというものだ。
「グローバルビジネス」としての視点が欠落
新規参入を促すという観点はもちろん重要だが、携帯電話会社の既存3社+1社(ドコモ、KDDI、ソフトバンク+イー・モバイル)に直接免許を与えないことについても、議論の余地があろう。菅義偉総務相の私的諮問機関であるICT国際競争力懇談会は、“国際競争力”の強化を標榜している。その観点からは、携帯電話会社とは別に、WiMAX関連製品などのメーカーや、コンテンツ配信などの関連サービス事業者にとっての、ビジネス機会を考慮する必要があろう。メーカーやサービス事業者にとっては、WiMAXの市場規模がいち早く円滑に拡大することが何より重要だ。大規模な数的基盤を実現できるめどがたつのであれば、スケールメリットを生かし、最初からグローバル市場を視野に入れた開発や事業展開ができるからだ。
言い換えると、WiMAXという新たなビジネス機会を、グローバルビジネス展開の布石ととらえる戦略が求められるのではないか。そのためには視点を変えることが不可欠だ。これまでの国内市場中心でパイをどう分かつか(低成長下のパイの“配分”問題)、という発想から、グローバル市場において“量”(収益規模やグローバル市場シェア)を追求する発想へ転換する。
残念ながら新規2社のアッカ・ネットワークスとウィルコムでは、既存3社に比し収益規模が小さく、それゆえWiMAX向けの基地局の整備もままならないだろう。果たしてアイピーモバイルの二の舞にならないか。既存事業者が既に保持しているような、モバイル事業の収益規模や調達力といった量的基盤との連動による、規模や範囲の経済性を発揮することも難しいのではないか。
これらの問題点を踏まえて現状打開策を示すとすれば、例えば次のようなことになろうか。グローバル視点に立脚し、既存の携帯端末および関連機器メーカーの数を現行の10社から半分以下に減らして、共通の開発プラットフォームを構築し、それを利用することでコスト構造を大きく改善する。携帯電話会社においては、自ら設備を所有しない方式により、MVNO(仮想移動体通信事業者;Mobile Virtual Network Operator)として、グローバル市場での業容拡大の足がかりを得る。スケールメリットを生み出すと同時に、サービスやコンテンツ事業者と連携することで、範囲の経済性も視野に入れる。こうしたダイナミックな取り組みこそが、わが国の携帯電話産業に求められている。しかし免許の交付先が限定的な新規2社となれば、これらのことはおぼつかないだろう。
電波全体の再編も視野に
最後に、周波数帯域の配分問題として関連があるので、放送の話に触れておこう。2011年7月に地上アナログTV放送が予定通り終了すれば、2012年7月以降、現行の370メガヘルツ幅(地上アナログ放送分)から240メガヘルツ幅(地上デジタル放送分)に周波数帯域が圧縮され、130メガヘルツ幅の貴重な空き周波数が生じる。モバイルWiMAXへの割り当ての2倍近いキャパシティーに相当するこの空き電波を、いかに戦略的に有効利用できるかが焦点になろう。
今般のモバイルWiMAXなどの新たな次世代高速無線通信技術が、今後大きな経済的価値を生むのであれば、この貴重な空き周波数の活用問題と合わせて検討することが望ましい。これまでテレビと携帯電話向けに別々に割り当てられていた電波資源の配分の仕方に対し、両者の融合を前提とした電波の有効利用が、新たな産業を胎動させることにつながるのではないか。
例えば、免許が必要な帯域での新たなビジネス発掘の方法として、“電波特区”を設けて、規制フリーで競わせてはどうか。これは私が年初、日本経団連向けに示した案だ。放送事業者にとどめず、通信事業者、電機メーカー、コンテンツ・プロバイダーなどにも、新しいTVチャネル枠を2~3提供(一時的に免許)することで、IP(インターネット・プロトコル)ベースのテレビ、次世代テレビ(TV2.0)などのさまざまなな通信・放送方式を競わせる。そして、一定期間のビジネス試行を経た後、収益規模や成長性などの実績を踏まえ、新たな戦略産業を模索・育成する(改めて免許する)イメージだ。これなら一定の市場メカニズムを機能させることにもつながり、電波の無駄も極力回避できるだろう。
中長期的な国益を見据えた議論を
免許方針案で総務省が、出資比率を3分の1以下に限った携帯会社やそのグループ会社の参入を認めている点には、既存事業者との現実的な妥結点を模索しようという意図が透けて見える。これが新規参入者と既存事業者のダイナミックな合従連衡につながり、産業全体のパイが増え、新たなイノベーションが喚起されるのであれば、もちろんそれに越したことはない。本稿で示した懸念は杞憂(きゆう)となるだけだ。
しかし、今回の方針にはやはり心許ない感じは残る。出資を通じた参入の仕方では、当該事業者にとって直接的な関与・マネジメントができたないため、出資者間の利害相反が起こったり、事業展開の速度が鈍ったりする。事業展開の打ち手やその範囲も限定され、特にグローバル事業展開では、自社直接の販売チャネルなども使いにくい。
グローバルな視点で考えるか、依然ドメスティックな視点にとどまるのか――。今回の問題で問われているのは、このことではないのか。総務省において電波の規制(行司役機能)と産業戦略(ブレイン機能)という異なった機能を同時に担っていることの不具合は、以前から指摘されている。そもそもこの組織問題が、この課題に対して適切な措置をとりにくくしてはいないだろうか。
今のままで確実に言えることは、電波行政の裁量権の維持・強化にすぎない。読者には意外だろうが、国はときに産業全体の利益(特に規模の観点)を見落とす傾向がある。前者(省益)のほうが後者(国益)よりも重視される場面は、決して少なくない。今回の新たな免許付与に関する意思決定は、新たな成長軌道を模索する携帯電話産業全体の利益(=国益)の観点からなされるべきであり、その場合、新規参入の2社のみに免許付与することは、必ずしも得策ではない可能性はないだろうか。