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特集「ソフトバンクによるボーダフォン買収で何が起こるか」

出典:月刊テレコミュニケーション 2006年6月号

論点1 買収の狙い

 英ボーダフォン側投資銀行による情報操作のため、買収価格が釣り上がったことは否めない。しかし、むやみに高価であったとは、今必ずしも判定できない。買収価格は、概ね買い物が将来生み出すと予想されるキャッシュフローで決まるが、携帯電話の将来は大きく変容する可能性があるからだ。
 ボーダフォン買収を決断した背景には、次の2点があったと思われる。

 (1)ソフトバンクは競合他社と戦える土俵を整える必要があった。ボーダフォン買収により、全国ベースの携帯電話インフラと1500万人の顧客基盤を手に入れる時間を買ったことになる。

 また、“既存事業者”としての電波枠を手中に収めたことで、競合他社と同程度の顧客基盤拡大を目指せる。不確実性を減らせる価値は大きい。イー・アクセス等が採らざるを得ない新規参入方式では、これは難しかった。

 (2)もう1つは、「戦いの土俵を変えられる算段」もあったということだろう。英ボーダフォンに4000億円を投資させることで、ソフトバンクはボーダフォンのグローバル戦略と関係がもてる。つまり、ボーダフォングループがもつ5億人の顧客基盤へアクセスする道が開ける。グローバル展開への足がかりを得た(空間を買った)ことになろう。

 これは、BRICs市場等において「数」を取りにいく面的なアプローチが中心だった英ボーダフォンにとっても、大きな意味をもつ。ソフトバンクグループから提供されるコンテンツによって、ARPUの向上という別の成長軸の獲得につながるためだ。

 (1)はKDDIを追い抜くのに不可欠であり、(2)はNTTドコモを抜き国内トップを目指すのに重要だ。同じ土俵で戦っても勝てないことを、ソフトバンクは熟知しているはずである。

論点2 サービス戦略

 「戦いの土俵」を変える、あるいは自分の得意な土俵に相手を引き込むことは、ゲーム理論が示すところ、新参者の倣いである。

 わが国の携帯電話市場は成熟段階にあり、サービスに新味がなくなってきた。今年11月のMNP導入を控え、最近は顧客囲い込みに走っている。月間の解約率が1%を切る市場は日本以外にないだろう。成長余力が乏しくなった寡占市場に典型的な事象だ。

 消費者は新サービスを期待している。ドコモの「おさいふケータイ」はそれだけでは儲からないため、キャッシングを含む今後の金融サービスの布石となろう。ノントラフィックサービスが収益全体に占める割合を今後高めざるを得ない。ただ、消費者の欲求ベースのビヘイビアに関するノウハウなど、サービスやコンテンツといった上位層のノウハウがある場合に限る。従来のやり方では将来は決して明るくない。

 では、新生ボーダフォンはどうか。上位層を起点に通信事業に参入したソフトバンクは他キャリアとは異なる。将来、「戦いの土俵」がこの上位層に移るかどうかがポイントだ。同土俵で勝つには狭義の通信キャリアにとどまっていては無理である。これを目指したインフラとプラットフォームを構築した上で、サービス競争に持ち込めるかどうか。今後、通信メディア分野では、消費者向けマーケティングの経験知が雌雄を決する。

 得意のブロードバンド通信とモバイル(WiFiとWiMAX)を連動させるFMCサービスの投入は基本。現NTT法の下では、NTTグループはネットワークレベルならともかく、組織レベルでFMC(東西とドコモの統合)を実現するのは難しい。競争力のあるサービスには相応しい組織力が必ず伴うものだ。組織対応能力の自由度を上げなければ、本格的なサービス競争には不利となる。

 またFMCの鍵はコンテンツポータルが握る。今のKDDIはポータル面がアキレス腱だ。

 知的財産本部や竹中総務相は、地上デジタル放送の再送信問題の解決に前向きだ。早晩、ヤフーにてテレビ番組を再送信できるようになるだろう。また米グーグルと同様、通信の双方向機能を活かした動画サービスも始めている。これらを基盤に総合メディアカンパニーを志向するのではないか。コンテンツをいかに「流通」させるかではなく、流通コンテンツをいかに「利用」するかの段階に入っている。

論点3 価格戦略  

 通常のLBOよりも金利が高いノンリコース・ローン方式がM&A時に採られたが、すぐに金利が低くなるリファイナンス(借り換え)に動くのは常識だ。その際、本業のキャッシュフローによる返済制約条件も軽減されるのではないか。したがって、必ずしも低価格戦略が採れないわけではない。

 ただ、低価格戦略を最も打ち出しやすいのは、イー・アクセスのような新規参入組である。全国レベルの音声通信サービスの展開は難しいので、当面は都市部のユーザーを狙ったクリームスキミングに出るだろう。このやり方ならCapex(設備投資コスト)が大きくならないので、低価格を打ち出せる。それで市場シェア2%をとるだけでも、現在のADSL事業の収益を超えるほどだ。

 ただし失うモノがない新規参入者と異なり、現下の資産を継承する新生ボーダフォンは、そこまでの低価格路線は当面打ち出しにくい。
 サービスがつながりやすさ、音声品質、データ通信速度だけに限定されるのであれば、価格戦略は有効だ。しかし、現在は価格以外の要素が差別化のポイントとなる。どのような価値に対する価格かが問われている。

 (1)サービスが消費者に不可欠である、または消費者欲求を突いている。(2)サービスに信頼が置ける。(3)サービスへのアクセスが容易である(利用しやすい)こと。こうした需要を満たせば、現ARPUを上回る収入も期待できる。ただ通常の携帯電話の延長と見なされる限り、消費者の財布の中身と財布の紐の締り具合は変わらない。別の財布を引き出せるようなアプローチが競争優位の確保につながる。

 例えば、ヤフーのコンテンツや他通信サービス等とのバンドル(範囲の経済性の追求)により、難しいと言われる携帯電話基本料の値下げも視野に入るのではないか。単品サービスの価格を競う時代は終わっている。IP技術がそれを容易ならしめる。  

論点4 インフラ戦略

 3つの経済性がインフラに盛り込まれているかが戦略を左右する。

 “必要条件”は、磐石な通信インフラの整備。つまり、(1)低価格なサービスを提供できることと、(2)競争相手の動きを見ながら柔軟なサービスを適時に打ち出せること(敵の出方論)だ。

 (1)では、インフラにより〔Ⅰ〕「規模の経済性」が発揮できていること。(2)では、〔Ⅱ〕「範囲の経済性」を発揮できていることが重要である。自前のインフラ上で提供する異種サービスの価格の総和が、別の競争相手からそれぞれ購入するよりも安価に提供できるかどうかだ。

 この経済性を追求すると、垂直統合的な経営システムを志向することになる。同時に敵の出方に合わせたサービスを提供できる柔軟性がインフラに内在していれば、意思決定を後回しにすることで、リアルオプション的カードを切ることも可能だ。競争環境が明確になった時点で最適な投資ができれば、延期に伴う価値を見出せる。これで競争優位の要素を積み増せる。

 そしてインフラを最大限活用できる、(3)組織対応能力(ケイパビリティ)が“十分条件”となる。インフラのもつ物理的なインターフェース機能(柔軟性)に加え、インフラを駆使する組織には〔Ⅲ〕「連結の経済性」が求められる。だが、垂直統合的な仕組みを構築した途端に陳腐化が始まる。イノベーションを絶えず取り込むには、同時に水平分業型を志向することが肝要だ。

 新生ボーダフォンには3Gインフラ整備が不可欠(⇒〔Ⅰ〕)であり、ソフトバンクが自前で所有するIPバックボーンの活用(⇒〔Ⅱ〕)と、IP機器・設備の導入・切り替えでCapexとOpex(運用コスト)の低減を図らなければならない(⇒(1)と(2))。

 加えて、J-フォン時代の非効率な設計思想を改めるだけでも、基地局やアンテナ等の設置コストを大幅に低減できるはずだ。さらに、現マクロセル方式の非効率性を解消する新たな、ただし北米等で実績があるような方式の採用も視野に入ることだろう。また、電話は全国網が重要だが、着座利用が中心のデータ通信は当面、都市部だけで十分だ。
 むしろコンテンツサービスを視野に、オープン志向のプラットフォームビジネスやメディアビジネスのための投資をすべきである(⇒(3)と〔Ⅲ〕)。

論点5 端末戦略

 新生ボーダフォンの端末戦略は、(1)国内端末メーカー以外からの調達。(2)携帯電話端末の域に留まらない。結果、(3)携帯電話会社と端末メーカーとの生態系が崩れる、などが特徴になるのではないか。

 (1)英ボーダフォンが資本参加(4000億円の投資)したことで、新生ボーダフォンは規模の経済を活かし、モトローラやノキア等の海外製端末を低価格で調達できる。

 (2)今般の買収前から水面下で動いていたとされる、S社製試作機「ソフトバンクケータイ」の製品版が近く登場するだろう。これはフルブラウザやネット動画に対応し、関係者の間ではすこぶる評判が良いらしい。

 さらに、「iPodケータイ」も出てこよう。アップルコンピュータのスティーブ・ジョブスCEOと孫社長が今年3月に密談したようであり、MNP導入前に登場する可能性もある。

 (3)ソフトバンクと新規事業者の参入により、既存携帯キャリアと端末メーカーの生態系は変革を迫られる。例えば、販売インセンティブモデル、キャリア主導の開発戦略などだ。

 また、通信事業者は「キャリア」事業の再定義を迫られ、キャリアからメーカーへ価値の源泉がシフトする可能性もある。なぜなら携帯電話のプラットフォーム機能(決済、課金、金融などの非通信サービス含む)はさらに発展し、Web 2.0のようなコミュニティ性をもったメディア機能を備えると考えられるからだ。
 端末メーカーでは、グローバル競争を勝ち抜くため、提携ないし事業統合などが活発になるだろう。イー・アクセス等の新規参入もあり、国内での海外メーカーの存在感も増す。

論点6 ソフトバンクの今後

  ボーダフォンは過去、藤原紀香効果と「写メール」により、25%近い市場シェアを確保した時期があった。だが今後、ブランド効果と新サービス投入だけでは、同程度の市場プレゼンスへの回復は難しい。とはいえ、インフラの整備と組織対応能力を駆使しつつ、新サービスや新端末を戦略的価格で打ち出し、戦いの土俵を変えることができれば、競合2社と伍していく、さらには上回ることも非現実的ではなかろう。
 これからの7~8年を、前半と後半に区分して言い換えよう。前半の不確実性はそう高そうに思えない。“既存”企業として、買収前よりも堅実な成長を遂げるのではないか。インフラでも端末でも新機軸を打ち出せず、苦し紛れの値下げキャンペーンを展開していた買収前のボーダフォンの事業パフォーマンスは底を打っていた。

 KDDIが今や3兆円企業となったのは、寡占市場の特性を巧みに利用したからだ。それほど寡占市場は旨みがある。携帯以外の要素を動員できるソフトバンクが“免許・寡占クラブ”に入った意味は大きい。

 後半については、戦いの土俵を変えられれば、シェア1~2位も狙える。しかし、競合も手をこまぬいているわけではない。寡占市場ゲームの戦い方が鍵を握るだろう。同クラブにふさわしくない振る舞いで、免許を失うリスクもある。

 またソフトバンクは、幹部がグループ企業の役職を兼任することで得られる意思決定の速さや、数々の買収を通じて各分野の仕事師が集まっていることで知られるが、孫社長の指導力が不幸にも失われた場合のリスクは甚大だ。真のGreat Companyとなるためには、稀有な経営者なき後の組織対応能力も問われる。

論点7 通信業界に及ぼす影響

 一事業者のみでは、それほど大きな影響を市場全体に行使しえない。“免許・寡占クラブ”の構造を変えるには、電波の開放等を含む規制当局のさじ加減が大きな影響を及ぼすからだ。

 また今後は、放送メディア業界にまたがる新たな産業の行方を視野に入れておくべきだ。したがって、放送局に対する外資規制の見直しなど、ワンセグよりも本格的な携帯向け放送(MediaFLO等)を受け容れる土壌を整備しておくことも一考に価する。オープンなインターネット時代の外資規制の考え方を再考すべきだろう。

 このさじ加減が常識的に施されるならば、狭義の携帯電話市場での寡占構造は変わらないだろう。モバイルWiMAXへの周波数割り当てを含む、常識の範囲の電波開放が円滑に進めば、MVNO市場も勢いづき、あるいは放送局も乗り入れたイノベーティブな市場創出が期待できる。

 英国での費用便益計算を参考にした(しかし前提のいくつかの事項が不明瞭な)、懸案のMNP制度の導入では、規制当局が想定するほどユーザーは動かず、利用率は2~3%程度にとどまるのではないか。移行したいユーザーはすでに移っている。常識的なさじ加減の範囲内であっても、市場に大きな影響を及ぼすのは新規参入組と新生ボーダフォンのビヘイビアだ。

 7~8年先まで見据えると、ドコモは過半を切るところまでシェアを落とし、KDDIは現状維持程度、残りを新生ボーダフォン、新規参入組、ウィルコムが奪う、というシナリオが堅実的ではないだろうか。

 同期間の後半、従来の市場は大きく変容する。そこでは規模と範囲の経済性を打ち出せるような、インフラとプラットフォームの柔軟性やオープン性が鍵を握る。Web 2.0のような新たな潮流を採り込み、インターネットとの親和性を高めた通信事業者が競争優位を築くだろう。

 また、「ブロガーの行先にならなければならない」とSNSを買収したメディア王マードックの動きなどを見るにつれ、新たなメディア誕生の予感もする。携帯プラットフォームはメディアを志向しているのではないか。

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