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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第78回「携帯電話市場への新規参入を読む:【4】新規事業者の打ち手」

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2006年1月13日

 前回は既存事業者の打ち手について言及した。では、新規参入者だったらどうすろだろうか。また、両者の間に立ち、端末メーカー等の関係プレイヤーの振る舞いは、どのようなものとなるだろうか。

 具体的には、(1)参入障壁や移動障壁の軽減を最大限はかる、(2)戦い方を変える、(3)破壊的技術の利用と低価格戦略、(4)マネジメントの柔軟性などの観点で、新規参入者の打ち手について概観してみよう。いくつかの部分では、既存事業者の打ち手との裏返しとなる。

(1)参入障壁や移動障壁の軽減を最大限はかる

ア. 超過利潤性を突く

 新規参入者にとって、まず必要なことは、参入障壁を取り除くことだ。いまの携帯電話市場には、余剰的な利潤が存在すると言えよう。欧米諸国に比べ、わが国の場合、ARPU (Average Revenue Per User:ユーザー1人あたりの収益平均)は、およそ2倍程度ある。もちろん、データ通信収入を得るために相当の経営努力もしている。

 しかし、月間平均利用時間で日本の利用時間は米国の1/3であるし、また日本の料金水準は米国の3.5倍程度である。このことを考えると、やはり超過利潤性があることは否定できないだろう。また、前回みたように、携帯電話市場での需要の価格弾力性が低いことが推定され、競争が十分でないことも想像される。
 
イ. 電波開放を促す

 となれば、参入障壁を取り除くことは、国の役割となる。実際、総務省は今後、中核となる電波利用システムには、5年後および10年後を目途に電波を開放することを既に2004年あたりから打ち出している。

 本当に実現すればこれは、100年ぶりともいわれる抜本的な周波数再編政策となる。ただ、それは欧米が採ったオークション方式ではなく、これまで通り行政側の裁量に委ねられている。

 オークション方式は経済的に効率的であるとの根強い見方がある一方、同方式が欧米でもたらした電波割り当て価格の急騰ぶりによる弊害を実際もたらした。しかし、総務省の裁量の範囲や手続きが、これまでのやり方でよいとは思えない。今般の新規参入を巡る電波の割り当て方は、まさに新規参入者にとっては参入障壁であったとも言えよう。

ウ. 携帯電話網のローミングを促す

 電波の開放の次は、携帯電話網のローミングについていかに有効な打ち手を講ずることができるかだ。たとえ時限的であっても、時間を稼ぐことが重要になる。既存事業者の余剰設備(移動通信網)を利用する。既存事業者にとっては、打ち手でもあり、また敵に塩を送ることにもなる。ただ、既に全国網を所有している既存事業者の「先行者メリット」は引き継がれる。

 一方、新規参入者の場合、最新の技術や設備を導入でき、安上がりにできる点、またローミングができれば全国的なサービスを短期に展開できる点などのメリットが出てくる。両陣営はそれぞれのメリットを利用しながら、競争することになる。これが総務省の考えているイメージではないだろうか。

 つまり、ローミング問題は既存事業者のみの言い分だけでは済まないはずだ。この問題の是非に関する尺度は、前回言及したとおり、来るモバイル産業の発展と国民の利益を巡るものとなる。今般、新たに免許されたことをもって、総務省が引き続き、公正かつ公平な競争促進の推移に目を離すことはありえない。もちろん、「公正と公平」さは難しい問題だ。

 ここで改めて注意を喚起したいことは、市場のパイを増大する視点である。ゼロサムゲームの場合、収益の配分問題だけが目に付く。既存事業者からみれば、自分たちの経営努力の成果としての、いまの"適正な"利潤をなぜ新参者に分け与える必要があるのか、と考えるだろう。そして、既存事業者はどこも、新規参入で携帯電話事業収入が減り、またFMCなどのサービス実施で固定電話事業者へ収益が流れることを恐れていることだろう。 

エ. 均衡拡大につながる政策を

 だからこそ、来るモバイル産業は縮小均衡であってはならない。拡大均衡は十分可能だ。例えば、耐震性に不安がある、新耐震設計法が施行された1980年以前の住宅(持家および借家)1,760万戸のうち、現実的な建て替え対象は1,330万戸ほどあると考えられる。

 私のグループの試算では、向こう約15年間ほどでうち3〜4割程度(約460万戸)に対して、規制緩和と減税とのセットで新たな建て替え需要を喚起できれば、わが国は米国並みの4%程度の経済成長を達成できる。構造改革などやっても経済成長は期待できないが、適度に需要を刺激できれば均衡拡大につながる。

 マクロ経済(主に景気対策)とミクロ経済(産業政策)はセットで考える必要がある。それには今後、関連府省を横断的に機能させる、首相官邸直属型の組織機構が求められる。いまの内閣官房機構では駄目だ。

(2)戦い方を変える

ア. 携帯電話市場の延長上では戦わない

 新規参入者の次の打ち手は、戦い方を変えることだ。「今回は無理をせず着実に成果を積み上げる」(ソフトバンク孫正義社長)といったメッセージの半分は、競合他社を欺くためのものとも推察される。すでに全国網を手にし、数千万の顧客基盤をもつ巨人に立ち向かうには、別の手を講じる必要がある。

 さまざまなことが考えられる。本稿ではその一例のみ示そう。

 1つには、携帯電話市場の延長上では戦わないこと。つまり、4G(第4世代携帯電話)の前の3.9GなどのLTE(Long Term Evolution)路線とは別の傍流で戦うことだ。具体的には、無線LANやその進化形のWiMAXなどの傍流技術がもたらす領域、あるいは現行の携帯電話とそれらとの組み合わせ領域で戦う。主流のLTEや4Gではどこでもつながる、つまり「モバイル市場」が主戦場だ。傍流では「ワイヤレス市場」が主戦場となる。

 端末売り切り制が導入された1994年以前、ケータイは「自動車電話」(電気通信役務の区分)と呼ばれていた。いまやケータイは、必ずしも移動中に使うものだけではない。自宅やオフィスなどの室内で使うことが圧倒的に多くなってきた。つまり今後、つながる場所をあらかじめ定めておき、そこからコミュニケーションをとる、という単なるワイヤレス的な用途が増大するだろう。そうなれば、安価で高速なワイヤレス通信は確実に利用者の需要を満たすであろう。新規参入者の打ち手はここにある。

 既存事業者のARPUが下がっても、新規参入者には痛くも痒くもない。失うものは何もないからだ。ちょうどNTTグループがISDNからFTTHへの移行を目論んでいたときに、新規参入者がADSLをひっさげて対抗したケースに似ている。ただ、ドライカッパーの代わりに移動通信網や基地局設備をそう簡単に借りられるかなど、もちろん状況は同じではない。。

イ. コングロマリット化へのパス(道程)

 前回ふれたコングロマリット化へのパス(道程)を、新規参入者が狙うことも考えられる。その場合、ポータル、コンテンツなどの資源が武器になる。ソフトバンクグループ(ソフトバンクやヤフー)の場合、それができる。

 ロナルド・コース(ノーベル経済学賞受賞)はかつて、≪企業活動のなかで、市場の「見えざる手」に任せるより、形の決まった階層的な組織で経営者が管理した方が理に適うような領域があるのはなぜか。(略)価格メカニズムによらず、(企業内部で)資源が配分されるのはなぜか≫と指摘した。

 まさしく、将来のモバイル産業において、新たな"階層的な組織"(コングロマリット)が到来することの可能性を示唆している。今後の「通信と放送の」領域においても然りだ。

(3)破壊的技術の利用と低価格戦略

ア. 一見粗末にみえる技術で

 イー・アクセスの千本倖生社長は、最近、≪既存の会社のインフラはアナログが基礎になっている。ローカル線を持たず、新幹線だけの我々の方が優位だ≫と述べている。新規参入者の打ち手としてこれも大きなものだ。デジタルIP技術は、まさしく破壊的技術である。そして、クレイトン・クリステンセン教授(ハーバード大学)が指摘するように、これで低価格の商品やサービスを提供する。

 この技術が登場して間もない頃は、どうしようもなく貧弱でとても実用には耐えそうもないように映ることが少なくない。しかし、後で振り返ってみると、確かにそれは破壊的技術であったという類のものである。したがって、登場したての頃はその見極めが極めて難しい。

 では、無線LANやWiMAXなどの傍流技術、さらにはSkypeなどの無料電話の仕掛けはどうだろうか。
 
イ. 侮れないSkype

 Skype内蔵のデュアル端末は、ウィルコムのPHS/無線LAN向け端末「W-ZERO3」として、最近既に登場している。私の周囲のユーザーは、その使い勝手を賞賛している。これまでの携帯電話端末とは大きく異なる。簡易キーボードも付いていて、ビジネスユーザーにとっては大いに興味が向くところだ。Skypeについては、先日欧米に仕事で行った際、LondonとBerlinであったか、ホテルのダイアルアップ環境で使ってみた。十分ビジネスとしても使えた。

 これらの新たな動きがすべてそうであるかは、政治的・社会的なものを含め、今後さまざまな要因が出てくるだろうから予断は許されない。しかしそのいくつかは、いまは小さな動きであっても、徐々に確実に主流・本流のトレンドに進出していく。新規参入者にとっては、この技術を利用することが定石だ。

ウ. 範囲の経済性を活かした勝負

 既存事業者は破壊的技術の利用には、どうしても逡巡してしまう。自らの基盤や領域を破壊するものを、自ら利用するはずもないからだ。また、寡占的ないまの携帯電話市場が、今後完全競争的な方向に向かい、利潤を求めて際限ない低価格競争に陥ることも考えにくい。寡占市場の維持のためには、低価格戦略は打ち出しにくい。いまの高いARPUを自ら大幅に下げることを望んではいない。

 しかしながら、いまの携帯電話市場(狭義のモバイル市場)のフロンティアは、例えば、コンテンツや金融などの領域に拡大していく。こうしてフロンティアを含めた広義のモバイル産業になった場合には、コングロマリット(垂直統合)的なスキームによる競争が顕著になっているだろう。

 その場合には、競争においてコスト構造、とくに範囲の経済性が大きな意味をもつことになる。ただ、範囲の経済性は、規模の経済性の働く状況下で出現するものであるため、一定の事業規模が前提となる。事業ないし組織の規模が拡大することで増加する、いわゆるエージェンシーコストを抑え、いかに効率的なコスト構造を実現できるかは、マネジメントの問題ともなってこよう。

(4)マネジメントの柔軟性

ア. 将来の不確実性を読む能力

 最後にマネジメントの柔軟性について簡単に言及しよう。これは、前述の「戦い方を変える」にも通ずる打ち手である。将来のモバイル産業にはさまざまな不確実性が横たわっているだろう。例えば、政治リスク(規制強化、海外サービスの締め出しなど)、経済リスク(競争激化、低価格競争など)、社会的なリスク(消費者のケータイ離れ、犯罪の増加など)、そして技術的なリスク(商用化の失敗、新たな破壊的技術の台頭など)などだ。

 こうした不確実性に経営者が的確に対処することは、大変難しい問題だ。しかし、その不確実性リスクに無策であることは許されない。結局は、将来における読み(予見)の問題となる。これには有効な方法がある。例えば、シナリオプラニング(シナリオアプローチとも呼ばれる)だ。とくにインパクトの大きな要因と不確実の高い要因を列挙し、それら組み合わせによるシナリオに対処するため、日頃から戦略オプションをいくつも手にしておくことが重要だ。私のコンサルティングの現場では、幾つかの企業においてこのような方策が採られている。その中身については、本稿の目的ではないので割愛したい。

 ソフトバンクでは、例えば、ADSL事業の参入当初から、いまのワイヤレス環境を想定した仕掛けを打っていた。駅前において無償で配られていた「トリオモデム」は、無線LAN機能を搭載しているため、ユーザーの申し出次第で、500万近い基地局から構成されるWi-Fi網が形成できる。将来を読んでのことだ。このようなマネジメントの柔軟性は、後々大幅なコスト削減効果を生むことになる。
 
イ. 持続的競争優位と組織対応能力

 いかに有効な戦略オプションが考案されていても、それを実施できなければ絵に描いた餅同然だ。ビジネスの外部環境の見通しに加え、内部へも目を向けなければならない。このシリーズの冒頭で触れた、マイケル・ポーターのアプローチは前者に関するものだ。そして、後者に関するものはRBV(Resource-Based View of the firm)によるアプローチであり、最近ではJ.B.バーニーを挙げることができる。彼はそのアプローチをVRIOフレームワークとして示す。

 一時的ではなく、その企業が持続的競争優位を獲得するためには、これまで見てきたように、移動障壁に加え、模倣障壁(模倣困難性)を手に入れることが不可欠となる。そして、それを体現するのは組織である。組織(Organization)とは、VRIOの最後の文字である「O」に位置する。当該事態に対する、この組織の対応能力(ケイパビリティ)が、競争の雌雄を決することになる。

 その意味では、これまでのわが国の電話会社は、真にグローバル市場で戦ったこともなく、また国内においても、自らの下に強固な生態系(支配関係)をつくりあげることで、内需中心に安定的な事業を展開してきたと言えよう。MNP、新規参入、および後述の販売インセンティブモデルという制度疲労などへの対処には、不確実な要因が取り巻いており、そのためのケイパビリティが問われている。新規参入者においても同様であるが、新規参入者が、「マネジメントの柔軟性」に関するノウハウ・知見を組織にいかに蓄積できているか、あるいはそれを学習し続けられるかが、彼らの最大の打ち手となろう。
 
ウ. いまの生態系を壊す(例:インセンティブモデル)

 また、既存事業者の生態系を崩すような打ち手、例えば、【A】現行の「インセンティブモデル」を破壊すること、さらには、【B】携帯電話収入やデータ通信収入といった既存事業者のビジネスモデルを破壊し、コンテンツやファイナンスといった新規領域に収益がよりシフトするようなビジネスモデルを再構築できるか、などが指摘されている。

 【A】の「インセンティブ(Incentive)」とは、販売奨励金制度や代理店手数料を意味するものだ。携帯電話会社と販売会社との間で締結されるインセンティブ契約により、利用者は破格値で携帯電話端末を購入できる場合がある。

 インセンティブ額は公表されるものではないが、概ね1〜2兆円ほどあると予想される。既存事業者の売上高総額が8.5兆円ほどであるから、非常に大きな割合を占める。しかし、このインセンティブモデルにより、販売店は端末メーカーなどを配下に置いているともいえる。ここにいつどのようなカタチでメスが入るかは興味深い。

 そもそも、このインセンティブモデルは市場が成長し続けてきたときには、長期間の契約者による通信料を原資に新規ユーザーの獲得のための敷居を下げる効果があった。しかしいま、市場が9,000万人(人口の3/4)に近づき、その存在意義が問われているのだ。
 
エ. 創造的破壊(例:新規領域へのシフト、新生)

 【B】のコンテンツなどの新規領域への収益シフトは十分にありえる。ニコラス・カー氏がハーバードビジネスレビュー誌(2003年5月号)のなか「It Doesn't Matter」と題する論文で指摘するとおり、ITはもはやコモディティー化しており、競争優位を築くための十分な要素ではなくなっている。

 移動通信網やコミュニケーションのための仕掛けそのものの価値は、将来次第に減少していくだろう。そして、モバイル網であれワイヤレス網であれ、その上に乗るコンテンツそのものに価値がシフトする。新規参入者はこのトレンドを読んでいる。そうなれば、端末に求められる機能や役割も変ってくる。ただ、端末にすべてのものを搭載すること(All in One)ともなれば、CPUの負荷や電池技術には、いろいろと課題も出てくる。さらなる革新が求められる。

 販売インセンティブモデルが崩れると、ユーザーの通信料は月額で1,000〜2,000円安くできる。これは大きい。韓国はすでに数年前にインセンティブモデルを放棄している。その分、端末価格は高くなるが、その代わりユーザーの需要に合致した端末を開発できる。メーカーにとっては、これまでの内需頼りのビジネスモデルから真にグローバル展開も視野に入る。

 経済産業省が少し前に、不振の主要メーカーの数を絞って海外に対抗しようとしたことがあった。しかし、その方法は抜本的な解決策とはいえない。必要なことは、通信キャリアの下請け的な立場を脱し、将来のグランドデザインを描くこと。そして、幾多の不確実要因を御することができるような、真のケイパビリティを身につけることだ。通信キャリアはともかく、端末メーカーはグローバルで戦うことを忘れては生き残れないだろう。来るモバイル産業の発展のためには、いまのキャリア中心の生態系(支配関係)がネックになっているとも言えよう。わが国のモバイル産業は、まさに新生が求められている。知恵と勇気が求められている。

 以上、新規参入者の打ち手の例、および端末メーカーを取り巻く将来トレンドを概観した。今後のモバイル産業における、新旧事業者の打ち手は、相手の出方や事業環境などのシチュエーション(状況)によっても大きく影響を受ける。しかしながら、本稿で示した幾つかの打ち手の原則は、そう変るものではないだろう。

 2001年10月からスタートした、当シリーズの『"IT革命第2幕"を勝ち抜くために』は、2006年1月の本稿をもって終了したい。4年余の間、ご関心をお持ち頂きまして有り難うございました。以降は、同じNIKKEI NETの別ページで、また皆様とお目にかかれるのではないかと思います。ITや情報通信・メディアなどの分野を中心に、マネジメント戦略の解説、政策(ミクロ経済とマクロ経済)の意味合いなどについて、引き続き言及したいと思います。



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