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寄稿 SRIの新しい動き
”価値観の押し付け”批判は当たらない 調査項目、評価基準は投資家それぞれのもの

出典:アイソス 2004年7月号

欧米流の価値観や哲学の押し付け、という批判はISO9001に対しても同様のものがあった。しかし、結局それを要求しているのは顧客である。SRIという観点から企業価値を評価したいという投資家がいる以上、国内企業も対応を迫られることになろう。ただ、ISO9001が現在、批判を浴びているような要求事項、評価基準に対して一々で対応するような愚は避け、「SRIへの対応」ではなく「CSRを自律的に深く考える」ような取りくみを是非進めてもらいたいものだ。業種ごとのバリュードライバーや、エンゲージメントが重視される最近のSRIの動きについては日本総研上席主任研究員の足達英一郎氏にご寄稿いただいた。足達氏はUBSや住友信託のSRIファンドの産業調査、企業評価を手がけている。(編集部)

用語としてのSRI普及・定着

宗教的信条を反映した投資行動や、社会運動の反映としての投資行動という歴史のほとんどなかったわが国において、海外からそのコンセプトを移入するかたちで「エコファンド」という投資信託が初めて設定されてからまもなく5年。この間、環境側面だけではなく、法令遵守、消費者対応、雇用や地域貢献などの社会側面にも視野を広げ「トリプルボトムライン」と呼ばれる経済・環境・社会の網羅的な企業評価を行う投資信託商品もいくつか登場している。わが国においても、資産残高は急増したとは言いがたいものの、社会的責任投資(SRI;Socially Responsible Investment)や企業の社会的責任(CSR;Corporate Social Responsibility)という用語は世の中に随分、定着した感がある。国内でSRI投資信託の設定数が増加するとともに、海外でもSRI投資信託や機関投資家のSRI型運用が拡大するにともなって、日本企業はこれまでとは違った種類の情報開示を迫られることになった。従来であれば、投資家向けに財務資料や事業報告書、アニュアルレポートなどを提供することで企業の実態を説明するので事足りていたのが、例えば、法令遵守の取り組みや組織、女性管理職の比率、廃棄物のリサイクル率、海外の生産拠点における従業員の労働条件が尋ねられるようになった。

クエッショネア・ファティーグの批判



問題は、複数の金融機関や調査会社から、少しずつ違ってはいるもののほぼ同じような質問がアンケート調査票やインタビューを通じて、次々と企業に対して寄せられている点にある。企業側にしてみれば、その回答だけで大変な手間となり、「何とかならないのか」という不満の声があがっている。こうした状況は、しかし、国内に留まるものではない。海外でも「クエッショネア・ファティーグ(質問票疲れ)」という言葉が多く聞かれる実態は同様である。
加えて、調査項目や評価基準に対して「納得できないものが多い」とする声もある。特に海外の金融機関や調査会社から寄せられる質問の場合に、そうした傾向が強いようだ。「強制労働を回避するために何らかのマネジメントを行っているか」と尋ねられても、日本国内のみで事業を行っている企業にとっては「強制労働」の概念自体がつかみにくく、回答のしようがないという反応になる。「動物実験を行っていないか」との質問を受けるが、企業の側は不必要な動物実験を行っているという認識はない。「動物と人間とどちらが大切だと考えているのだ」と反論したくもなる。「同姓愛者の人権に配慮した取り組みを行っているか」との設問に、「企業がそこまでやらなくてはならないのか」と違和感を覚えるケースが多いのも日本企業の実態だろう。

SRIは欧米からの価値観の押し付けかのか

概して、環境問題への取り組みに関する質問項目や評価基準に対しては、抵抗感が少ないのだが、コーポレート・カバナンスやその他の社会問題に関する質問項目や評価基準に対しては抵抗感が強い。そのことから、社会的責任投資は「欧米からの価値観の押し付けではないか」という批判が出てくる。あるいは、世界的にコンセンサスの得られる質問項目や評価基準を作るべきだという意見も聞かれる。確かに、財務的な企業分析であれば、企業が開示する指標は相当程度、国際間で共通のものになっており、どの指標を重視するか(経営規模か経営効率かなど)の違いはあっても、評価基準のコンセンサスはおおむね得られている(例えばROEは高い方が望ましい)といってよい。しかし、世界のSRI関係者のあいだでは、「調査項目や評価基準の世界共通化は困難である」という意見が支配的だ。SRI投資信託も、一般の財・サービスが消費者の嗜好を反映したものと同じく、顧客(投資家)の関心や意向を反映せざるを得ないからである。例えば、自動車という財では、世界戦略車というコンセプトもあるが、各々の国のマーケットはその国の文化・社会・歴史的背景に相当程度左右されており、そればかりか個々人が購買選択をする際にも、評価基準は相当に異なる。SRI投資信託もそれと同様だということである。

イスラミックファンドを例に考える

例えば世界中に「イスラミックファンド」というSRI投資信託がある。これは、イスラム教の教義に従って、酒、タバコ、豚肉関連の製品を生産する企業、銀行・保険などの伝統的金融サービス
業、武器や防衛産業、エンタテインメント産業の企業を排除した投資信託である。一時的にも利払い証券に投資するなどはせず、必要であれば現金でポジションを持つという点が特徴である。また、Dow Jones Islamic Market Indexesというイスラム教の教義に従って、それに合致する企業ばかりを構成銘柄とした株価指数もある。International Finance Corporation (国際金融公社、IFC)の2003年レポートでは、そうした「イスラミックファンド」が世界中で100本程度設定されていると報告されている。主たる顧客はイスラム教徒。アラブの石油王なども顧客になっていると聞く。投資対象企業には、当然、欧米の多国籍企業も含まれている。しかし、興味深いのは、こうした欧米多国籍企業から、「イスラミックファンド」は「イスラムの価値観の押し付けであり怪しからん」という声を聞いたことは一度もないということである。投資される側にとって、アラブのオイルマネーは大事な資金調達源泉であり、欧米の金融機関にとってもアラブの石油王は大切なお客様であるから、「イスラミックファンド」に対する批判が公然となされることはない。

日本発のSRIのためには

確認しておくべきことは、「SRIの『調査項目や評価基準』は資金を持つ側の投資家それぞれのものである」という点であろう。SRIに関して海外の金融機関や調査会社の調査項目や評価基準に納得がいかないという日本企業の感想は、心情的には理解できる。こうした調査項目や評価基準が一般化してくると、日本企業は不利な評価を受けてしまうという懸念ももっともであろう。しかし、日本的な調査項目や評価基準を確立できると仮にして、それを普遍的なものに昇華させていくには、わが国における社会的責任投資の資産残高を拡大し、その投資対象を海外企業にも拡大して、海外企業をそうした観点から実際にスクリーニングする実践が不可欠なのである。こうした意味から、日本と欧米のSRIの『調査項目や評価基準』を比較して「こうあるべき」という議論は、それほど生産的ではないと結論付けられることになる。

新たな企業評価の考え方

欧米では既に、評価される側の企業の側からもSRIに関わる金融機関や調査会社を逆選択することが一般化してきている。大きな資金を背景にしている金融機関や調査会社には、積極的に情報を提供するが、金融機関や調査会社の影響度が小さかったり、調査項目や評価基準に異を唱える場合は、ハッキリと企業調査に協力しないという姿勢を取るというものである。
今年2月、「トリプルボトムライン」というコンセプトを提唱したジョン・エルキントン氏の率いる英国のコンサルティング会社「サステナビリティ」社から"Values for Money Reviewing the Quality of SRI Research"というレポートが公表された。世界の有力SRI調査会社であるCentre Info(スイス)、CoreRatings(英国)、Covalence(スイス)、Deminor Ratings(フランス)、Dutch Sustainability Research(ドイツ)、EIRiS(英国)、Ethibel/Stock at Stake(ベルギー)、Oekom Research(ドイツ)、SAM Research(スイス)、SERM(英国)、Vigeo(フランス)、Innovest Strategic Value Advisers(米国)、Investor Responsibility Research Center(米国)、KLD(米国)、Michael Jantzi Research Associates(カナダ)の15社のパフォーマンスが、調査方法、情報ソース、内部マネジメント、調査体制、顧客サービス、透明性とガバナンスの観点から評価されている。
「サステナビリティ」社の結論として興味深いのは、これら調査会社も今後、大きな進化を遂げなければ、SRI市場の伸長に果たしてきたこれまでのような役割を今後は果たせなくなるとしている点である。SRIが歴史的には、宗教や社会運動などのある価値観の投資行動への反映として欧米でスタートしてきたことはよく知られている。このため、ある特定の業種の企業を排除する、ネガティブスクリーニングと呼ばれる手法が多く使われてきた。この調査の評価対象となった調査会社の多くも、そうした「倫理的な」会社を見つけ出すことをミッションとして設立された。しかし、次第に環境・社会問題が企業のリスクとして認識されるようになると、それに対する予防的な取り組み度合いを測るという意味でベスト・イン・クラス(業種内で取り組みの進んだ企業を抽出する)ようなポジティブスクリーニングに注目が集まるようになった。それがいま、より具体的かつ個別的に環境・社会問題が各々の企業のリスクと機会に直結するのかに関心が集まっている。例えば、アパレル業界であれば、サプライチェーンにおける途上国での生産委託工場での労働環境が企業リスクに直結する。自動車業界であれば、燃料電池自動車の研究開発の進捗の相違が将来の事業機会を占う鍵になる。業種ごとに、企業価値に直結するリスクと機会要素(これをバリュードライバーと呼ぶ)を明らかにして、その軸から企業評価を行おうという考え方である。

企業価値への5つのパス

一般に、企業の環境・社会問題に対する取り組みは、
(1) コストマネジメント/コスト削減
(2) リスクマネジメント
(3) 優秀な人材の確保と定着
(4) 企業イメージ防衛やブランド形成
(5) 事業革新の実現
といった5つのパスを通じて、企業価値に結びつくと考えられる。さらに、環境・社会問題のリスクマネジメントでいうリスクにも、火災・爆発、環境汚染、危険物・有害物質の漏洩、放射性物質の漏洩、製品事故、システム・ネットワーク障害・犯罪、機密漏洩、知的財産権の侵害、独禁法違反、商法違反、新規化学物質登録手続法規違反、外為法違反、経営者や従業員の不祥事・犯罪行為、購買倫理上の不祥事(不公正な取引・癒着・脅迫)、労働災害、従業員のメンタルヘルス、労使紛争、職業病、セクハラ、人権問題/雇用差別、外国人労働者雇用、宗教上のトラブル、職場環境、政治家・政党・政治献金・選挙での問題、贈収賄、反社会的行為としての非難、近隣問題・住民運動などさまざまなものがある。こうした五つのパスの関係性の多寡、またリスクマネジントで重視すべきリスクというのが産業セクター別に、各々に異なっているというのは妥当な考え方であろう。
「サステナビリティ」社の分析によれば、こうした「バリュードライバー」にこそ関心が集まる時代にあっては、SRII調査会社は、仮に「ベスト・イン・クラス」の考え方を取っているとしても、アンケート調査票やインタビューを通じて一般的な情報を収集しているだけでは不十分だということになる。ちなみに、「サステナビリティ」社は調査した15社のうち3社だけしか、こうした新しいSRIの潮流に対応できていないと報告している。

SRIマーケットでの競争と淘汰

社会的責任投資(SRI)のマーケットのなかでも競争と淘汰が始まっている。当然、運用成績の競争がある。それに加えて、金融商品としてのSRI投資信託の透明性が問われている。欧州のSRI関係者の業界団体であるEurosifは、2003年7月に個人投資家向けSRI投資信託の透明性ガイドラインを作成して、会員である金融機関にその遵守を呼びかけている。その内容は、個人投資家向けSRII投資信託の提供にあたっては
(1) 基本になる詳細情報
(2) SRI投資基準に関する情報
(3) 調査のプロセスに関する情報
(4) 企業評価と銘柄選定に関する情報
(5) 企業に対するエンゲージメントに関する情報
(6) 議決権行使に関する情報
(7) 定期的な開示に関する情報を自発的かつ積極的に行うこととしている。
また、SRI調査会社の側にも調査の自主的な品質基準を普及しようという動きがある。これは欧州の独立系のSRI調査会社が連携して、
(1) 独立性ある情報ソースの確保
(2) 調査対象企業のグローバルな活動を捕捉
(3) 法令遵守以上の取り組みの評価
(4) 社会と環境の両側面の調査
(5) 定量と定性、枠組みと実績などのバランスの確保
(6) 重要性の重視
(7) 一貫性と比較可能性の確保
(8) ステークホルダーからの関与の実現
(9) 最新情報の確保
(10) 透明性の確保
などをコミットメントとして申し合わせたものである。この、自主的な品質基準に署名する調査会社は、現段階では17社にまで拡大している。

拡大する「エンゲージメント」

SRIの新しい動きとして「議決権行使」や「エンゲージメント」についても言及しておく必要があるだろう。わが国SRI投資においては、今後、大きなテーマとなってくることが予想されるのが、「議決権行使」や「エンゲージメント」であるともいえる。米国のInvestor Responsibility Research Centerなどが調べた2003年の米国企業の株主提案の状況を見ると2003年2月1日現在で、862件の株主提案が提出されているが、そのうち237件は環境・社会問題に関連した議案だったという。このうちわけは環境問題(特に地球温暖化問題)が58件、グローバルな労働問題が27件、その他では健康と医薬品の問題、雇用の機会均等問題(特に同性愛者の権利確保)などが目立った議案として伝えられている。
「エンゲージメント」は、株主提案や議決権行使を含む、株主としての地位を前提とした「企業への働きかけ」を指す。わが国では、SRI投資信託といえば「ベスト・イン・クラス」の考えに基づく企業スクリーニングが一般的だと考えられがちだが、米国や英国では、近年、さまざまな「エンゲージメント」が活発化しているといえる。2000年7月の年金法の改正で、英国の職業年金の多くがSRIを採用するようになったことは、よく知られているが、2003年のEurosifの調査では、ネガティブスクリーニングのみを採用している職業年金の残高は2億ポンド、ネガティブスクリーニングとポジティブスクリーニングの双方を採用している職業年金の残高は14億ポンド、ポジティブスクリーニングのみを採用している職業年金の残高は2億ポンドなのに対して、エンゲージメントを採用している職業年金の残高は842億ポンドに上ることが示されており、年金におけるSRI運用の中心は「エンゲージメント」だということが分かる。こうした実態の背景には、年金におけるパッシブ運用の選好のほか、「ベスト・イン・クラス」で取り組みの優れた企業を選んでも、そうした優れた取り組みは既に企業価値として株価に織り込まれていることも多いが、例えば取り組みの遅れた2番手企業に投資を行うとともに、「エンゲージメント」によって取り組みの強化・改善を働きかけることで高い運用成績を実現できるという考え方が支持されるようになってきているということがある。

SRIの将来像は



「SRIという言い方が消えるときが、SRIが本当に普及したときだ」という指摘がある。すなわち、現在、証券市場で一般的に行われている企業評価の中に、企業の環境・社会問題への取り組みの進捗が一般的に考慮される時代をイメージしたものである。そのときには、SRI、非SRIの区別はなくなり、証券アナリストやファンドマネジャーが企業の環境・社会問題への取り組みを考慮することが普通になるというわけである。
そうした時代への萌しとして、カーボンディスクロージャープロジェクトがある。これは、世界の機関投資家87機関(総扱い資金90兆ドル)が世界の上位500社に地球温暖化問題への認識と対応にかかわる情報開示を求め、その内容を公開するというプロジェクトである。地球温暖化問題は、確実に企業経営における潜在コストになっており、先駆的な対応の優劣が将来の企業競争力や企業価値そのものを左右するという考え方が前提となっている。2003年11月からの調査結果
が5月19日に第2回報告書として公表された。期間投資家とって、地球温暖化問題は、自らの資産リスクそのものになるという認識が徐々に高まっている。
2004年4月20日、コネチカット州やメイン州など全米の13の公的年金基金(その資産総額は8,000億ドルに及ぶ)が、証券取引委員会(SEC;Securities and Exchange Commission)のWilliam Donaldson委員長宛てに、一通の要望書を提出した。それは、「気候変動は現実問題として生じているのはないか」、「それは企業の流動性、資本調達、経営業績に重大な影響を与えるものになっているのではないか」として、SEC Regulation SKの第303項にもとづき、そうしたリスクを重要情報として開示することを義務付けすることを要請している。同時にSection 14(a)-8の議決権行使条項を改正し、企業に気候変動から生じる財務的リスクを報告することを求める株主提案に投票する権利を株主が持つことを明示することを要請している。仮にこうした規制強化が
実現するなら、地球温暖化問題は金融界の一般的議論のテーマになることだろう。

おわりに

わが国でも、2004年5月26日、環境配慮事業活動促進法案が国会で成立し、2005年4月1日から施行される。この法律には第五条に、「国民は、投資その他の行為をするに当たっては、環境情報を勘案してこれを行うように努めるものとする」という条文がある。この法律は努力規定といえども、SRIに一定の法律的な裏づけを与える世界でも画期的な法律だといえる。わが国のSRIは、決して資産残高が急増しているとは言いがたいが、上に紹介してきたような世界の趨勢に影響を受けながら、企業と社会の相乗発展という「市場の進化」のアクセラレーターとして、今後も確実な伸長を遂げていくことが予想される。

 

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