2000年・インターネットブレークの年
出典:産業新潮 2000年1月号
世紀の変わり目の時代にインターネット革命が静かに進行している。かつての産業の革命期においては鉄道や高速道路といったインフラが整備され、人々の生活や産業が大きく転換をした。今日のインターネット革命においては、新しい情報インフラの創出により、さまざまな情報がこの中を行き交うネットワーク社会が構築されつつある。これにより、人々の生活や産業にも大きな影響が与えられることになる。
とくに2000年を迎えてわが国のインターネット利用状況は大きく変化をすることが予測される。
●普及率16%の壁を突破する
「平成11年版通信白書」によれば1998年の11月時点でのインターネット利用者数は1,700万人とされている。世帯普及率ということでいえば11.0%である。1997年は6.4%であったから、対前年比4.6ポイントの増加ということになる。2000年を迎えて、この世帯普及率は16%に達すると予想できる。
商品やサービス、技術の普及において、この16%という数字は大きな意味を持つ。アメリカのロジャース教授によれば、16%の普及率を超えると、前期多数採用者(アーリーマジョリティ)が使い始めるので、普及のスピードは一気に速まるというのである。インターネット・ユーザーはすでに、革新者(イノベーター)と前期少数採用者(アーリーアダプター)の段階を過ぎたところにあるといってよい(脚注)。
この前期多数採用者のグループに属し、2000年にインターネットの普及を急速に進めると思われるのが女性ユーザーの存在である。今までよく「インターネットを使っているのは男性、それも技術系の男性で、消費の中心である女性の利用者は少ない。」ということが言われてきた。わが国におけるインターネット導入期においては、このような指摘も当たっていたが、現状では様相が変化している。
1999年に雑誌『日経ネットビジネス』が行った「第8回インターネット・アクティブ・ユーザー調査」によれば、インターネット開始時期が1998年10月以降の初心者の場合、女性の比率は34.8%で、この数値は毎年増加傾向にある。
女性の中でも、最近とくに利用の伸びが著しいのは主婦である。そして、かつての職場からのアクセス中心であったものが、今は家庭からのアクセスが多くなるという状況にある。
【図表】 わが国におけるインターネットの普及状況
(注1)事業所は全国の(郵便業および通信業除く)従業者数5人以上の事務所。
(注2)企業は全国の(農業、林業、漁業及び鉱業を除く)従業者数300人以上の企業。
(出所)「通信利用動向調査」(郵政省)、「機器利用調査」(郵政省)により作成
このように家庭でのインターネットの普及が急速に進むようになると、消費財市場でのインターネット販売が大きく花開くことが予測できる。
また、携帯電話やネット端末の普及もインターネット利用環境に大きな影響を与えるが、ここでも女性が利用のリーダー的役割を果たしている。
●電子商取引(EC)の拡大
通産省の調査によれば、1998年の最終消費財市場(B-to-C)での電子商取引の市場規模は650億円であるが、2000年には4,300億円と2年間で7倍弱の市場拡大が予測されている。
インターネットを活用したオンラインショッピングでは、どのような商品ジャンルで購入経験があるのか。先の『日経ネットビジネス』での調査によれば、10回以上のオンラインショッピング経験のあるユーザーの場合の購入経験率の上位商品群は、次のようになる。
1位 | 書籍・雑誌 | 64.5% |
2位 | ソフトウエア(パッケージ) | 58.3% |
3位 | パソコン(周辺機器含む) | 56.8% |
4位 | ソフトウエア(ダウンロード) | 56.6% |
5位 | CD、ビデオソフト、ゲームソフト | 43.7% |
6位 | 食料品 | 41.2% |
7位 | 航空券、鉄道、ホテル予約 | 36.3% |
8位 | 衣料品 | 32.1% |
9位 | 生活雑貨 | 25.8% |
10位 | デジタルデータ | 23.1% |
女性ユーザーなどの開拓により今後はさらに、商品分野の拡大が見込まれる。 ECの技術や、マーケティングなどのレベルが急速に進歩すると、電子商取引は、一つの小さな販売チャネルとしての地位から、業種によっては店舗チャネルに変わるメインチャネルに変化する可能性も大きい。
とくに、金融の分野は、モノを扱う取引ではなく、カネというデジタルデータ化しやすいものを取引の対象とするだけにインターネットでの取引に乗りやすい。
1999年10月から株式売買の手数料が自由化された。これをきっかけに、インターネットを活用して株売買の注文をするオンライントレーディング事業に多くの企業が参入をしている。
また、銀行もオンラインバンキングへの取り組みを強化している。証券にしろ、銀行にしろインターネットを活用することは、支店数を減らし人件費を大きく削減することにつながる。それによりサービスの低価格化が実現できれば、激しさを増す金融業界の中で競争力を持ち生き残ることが出来る。2000年はこの金融分野でのインターネット活用が急速に進む年である。
インターネット活用は新たなビジネスの創造を促進する。オンラインオークションもその一つである。ECの世界ではB-to-C(最終消費財市場)、B-to-B(企業間取引市場)という分類を良く使うが、あらたにC-to-C(消費者間取引市場)というのも生まれている。この分野で世界最大のオンライン個人取引サイトを運営している企業として米国のeBay社がある。
同社はインターネット上においてオークションという取引形式を活用し約200万件の商品を効率よく売買する場を提供している企業である。商品分野としては骨董品、本、映画、切手、宝石、陶器、スポーツ関連記念品など多種多彩である。
1998年の株式公開時にはすでに黒字であった。多くのネット企業が赤字経営の状況にある中で、貴重な存在である。
同社の収益源は、売り手個人からの商品掲載料と販売手数料である。同社は2000年から本格的にわが国でも事業展開をスタートする予定である。
●接続料金、代金決済の課題
インターネットの普及にはもちろん解決すべき課題も多い。
わが国のインターネットユーザーの大きな不満の一つが、接続料金に対するものであった。これが、わが国のインターネット普及のネックになっていたことは否定できない。プロバイダー料金については価格競争により低料金化が進みつつあるが、問題は電話料金である。こうした不満に対応する形でNTTは1999年11月からISDN回線利用で月額8,000円の定額サービスを一部地域でスタートした。
これに対して、ソフトバンク、東京電力、マイクロソフトが合弁で設立する会社は「定額、低価格、高速」を武器にNTTの半額程度の料金でのサービスを2000年に予定している。
もう一つの課題がネット上における代金決済の問題である。とくに不特定多数を対象としたB-to-C取引においてはセキュリティの問題が完全に解決されていないため、トラブル発生の危険性がある。たとえばクレジットカード番号を送信すれば盗聴される危険性があると消費者が考えれば、ネットでの購買にブレーキがかかる。
わが国の現状では、こうしたリスクを避けるためにクレジットカード決済以外に銀行振込や郵便振替、代金引換という方法が取られている。しかし、これではせっかくのネット販売の利便性が損なわれることにもなる。今後は電子署名技術の開発や法律の整備などが急務である。また代金引換の手段としてコンビニの利用という動きが出てきている。
こうした接続環境や代金決済の仕組みが大きく変化をすることでわが国のインターネット普及は加速化することが予想できる。
●ネット社会の企業経営
このように2000年は急速にインターネットの普及が進む年である。ネット社会には「メトカーフの法則」というのがある。ネットワークの価値はそのユーザーの数の2乗に比例して増加する、という法則である。インターネット利用者の増大は、そのネット社会から得られる利益を飛躍的に増大させることになる。この1年で状況は大きく変わるということを認識しなければならない。
上で取り上げたのは主に消費者向けのインターネット取引の状況であるが、実はそれ以上に大きな変化が起こると予想されるのがB-to-Bの企業間取引である。先に見た通産省の調査では1998年における企業間取引の電子商取引の規模は約9兆円であり、これが2000年には19兆円、2003年には68兆円という莫大なマーケットに変貌すると予測されている。
現状のわが国のB-to-B電子商取引の主要分野は電子・情報関連製品、自動車・自動車部品、食品などである。
インターネット革命の時代に合っては、あらゆる業種でインターネットへの対応が不可欠となる。インターネット時代には競争相手も同業者だけでなく、全くの異業種がある日突然競争相手として現れるということが頻繁に起こってくる。銀行業務にイトーヨーカ堂やソニーが参入を表明したのが象徴的な出来事である。これもネット時代という時代認識なしには起こりえないことである。
倒すべき相手は、むしろ自らの心の中にある規制概念であるといってもよい。企業経営に携わるものとして、自己否定を繰り返し、インターネット活用戦略を考え実行することが必要な時代になった。
(脚注)ロジャースは、新製品などの受容の早い人から順に次の5つの消費者のタイプ分けを行い、人数構成比の設定も行っている。
・イノベーター(革新者) | 2.5% |
・アーリーアダプター(前期少数採用者) | 13.5% |
・アーリーマジョリティ(前期多数採用者) |
34.0% |
・レイトマジョリティ(後期多数採用者) | 34.0% |
・ラガード(採用遅滞者) | 16.0% |