コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

メディア掲載・書籍

『2030経営ビジョンのつくりかた』編集後記

 このたび、『2030経営ビジョンのつくりかた』を執筆し、日本経済新聞出版社から発刊された。本書は、企業が長期経営ビジョン(以下「ビジョン」)や未来志向の中期経営計画(以下「中計」)を策定するにあたってのポイントやコツを解説するもので、日本総研未来デザイン・ラボのメンバーのそれぞれが得意とする話題を担当し執筆したものである。
 本コラムは、本書の編集後記である。脱稿から最終版の入稿に至るまでの編集作業において、編集者や複数の執筆者の間で、何が論点になり、どのような議論を経て、発刊される内容に至ったかを明らかにしようとするものだ。書き手側の事情を書いているだけに見えるかもしれないが、ここでの、論点、結論、議論の内容は、ビジョンや中計を作ろうとする企業において話題になる事柄だろうから、書き手側が忘れないうちに、外伝として書き残しておこうと思った次第である。


論点1.書名:ビジョンの「長期」が10年後の2030年ではすぐ先に過ぎないか?
【議論】1)9章の企業事例にもあるように、30年後の2050年の未来を見通す試みに取り組んでいる企業も複数存在する、2)今の時期にビジョンをつくろうとするきっかけが創業50~100周年なので間尺に合う時間軸は50~100年後である、3)企業の持続性を考えると10年後では短すぎる、4)インフラ企業など特定の業界では10年先の事業は不確実な未来ではなく既存の計画である、など。
【結論】多くの企業は10年を一つの区切りとしており、ビジョン策定では「2030年ビジョン(プロジェクト)」の名称で取り組んでいる企業が多かった。よって、業種によっては、10年後は目先の話と承知しつつも、企業の公約数として2030年のままにした。
【ポイント】「経営」ビジョンを作るのであれば、時間軸の設定(つまり、書名での明示)が必須である、ということは全員が共有していた。経営理念体系のなかに普遍的な経営理念や行動理念が別に存在するなかで、ビジョンには具体性を持たせる必要があるからだ。


論点2.構成:ビジョンの書籍に4章、8章の中計の話題は不要では?
【議論】1)中期経営計画は3~5年後の目先の計画なので、視野を広げて「未来を考えよう」という本来の趣旨からずれてしまう、2)もはや定例業務になっている中計を話題にすると経営企画業務の若手向けハウツー本に勘違いされてしまう、3)ページ数がいたずらに水増しされて、メッセージが伝わりづらくなってしまう、など。
【結論】長期経営ビジョンは目的・目標、ビジョン達成のための実行計画が中期経営計画と位置付けることが妥当だ。よって、ビジョンの作り手は中計の変遷の歴史や基本的構成を知ったうえで、ビジョンと中計の関係をきちんと認識すべきである。また、長期経営ビジョンは10年に一度のイベントになりがちなのに対して中期経営計画は定例行事であるため、経営の挑戦と変革を社内外に示す機会としては中期経営計画策定の場を利用しない手はない。よって、単なる中期経営計画ではなく、未来志向の中期経営計画を前提に、中計も題材にすることにした。
【ポイント】最近、中計のあり方を疑問視し、これまでの既存事業の延長線上の目先の未来を描く中計を脱却し、「未来志向の中計」を策定しようとしている企業が増えてきていることは事実だ。ビジョンだけを作って中計を語らないことは経営戦略として成り立たない。


論点3.表現:9章の企業事例はインタビュー形式がより読者伝わるのではないか?
【議論】1)企業の経営企画幹部へのインタビューを通した企業の取り組み事例の紹介は実践的なビジョンの作り方の書籍として重要であり、この章だけでも独立した本が作れるようなものにしたい、2)企業事例を脚色して書籍の宣伝に使うような編集は絶対に避けたいので、本書では一切脚色しないようにしたい、3)発言者の意図を正しく伝えたいので、外部の専門業者を使って発言を録音しテープ起こしを一字一句正確に行った、など。
【結論】当初、良著『MOTの達人』(森 健一,伊丹 敬之,鶴島 克明(著)/日本経済新聞出版社)のようなインタビュー形式の章を作りたいと思っていたのだが、インタビュー形式で読み応えのある書籍を作るには高度な技術が必要だと気付き、降参した。よって、発言をできるだけそのまま残すことを心掛けつつ、発言が伝わりやすくするためのストーリー化や言い回しの修正のみを行い、インタビューを受けてくださった方による一人語りの形式とした。
【ポイント】インタビューをさせていただいたのは、未来デザイン・ラボの「未来洞察」のクライアントの方々である。みなさんのご発言を正面から受け止めることで、未来洞察は、ビジョン策定の未来観や未来像を醸成し描くための「ツール」として活用していることがよく分かった。コピーライターやデザイナーと同様に、ビジョン策定の“部分”に過ぎないのである。そのため、未来デザイン・ラボのもう一つの顔である戦略コンサルタントとして、ビジョン策定のタスクの全体像や経営企画の役割を示すことが必須と感じ、5章、6章で解説した。部分があたかも全体を解決できるというような勘違いを発信する恥ずかしい書籍にならなくてよかった。ビジョン策定全体を統括するのは企業の経営企画の仕事なのだ。


 書籍や論文は世に出ると、その時点で過去のものになる。発信したメッセージが何らかの化学反応を生み出せるか、どのように進化すればよいか、既にその先を思い描いているところだ。

以 上


メディア掲載・書籍
メディア掲載
書籍