昨年、出身地である島根県雲南市で、たたら製鉄の操業(※1) に参加した。この地でたたら製鉄を営んできた田部家は、戦後に一度途絶えた技術を、2016年から試行錯誤しながら再興し始めている。
今回実感したのは、たたら製鉄が森林と不可分の産業であったという事実である。原料となる砂鉄と木炭のうち、木炭は、操業初期には松炭を、高火力を維持する段階では広葉樹炭を使い分ける。かつては、いずれも地域の山から得られた資源であった。しかし現在、広葉樹は自家林から調達できるものの、松は自家林にないため周辺の赤松林所有者から購入している。砂鉄も、かつては「かんな流し」により自ら採取していたが、現在は、環境規制により近隣の市町村から調達しているという。
技術は再興できた。だが、かつて自らの山から得ていた資源は、いまや外部から調達せざるを得ない状況となった。地域に森林がなくなったわけではない。使われなくなったのである。
かつて森林は、産業の立地そのものを規定する資源であった。江戸期の技術書『鉄山必要記事(鉄山秘書)』には「一に粉鉄、二に木山、三に元釜土」とあり、砂鉄と森林が製鉄の成否を決めるとされた(※2) 。さらに、「小鉄七里に炭三里」とも言われ、砂鉄は七里先からでも運べる一方、嵩張る木炭は三里が限界とされた。そのため、たたら場は森林の側に築かれ、炭木を伐り尽くせば移転し、山が回復した頃に再び戻った(※3) 。一代(ひとよ)の操業に要する木炭は膨大であり、これを賄うため鉄山師は広大な山林を保有する山林地主でもあった。つまり、製鉄業の経営とは、森林の経営であったのである。
こうした広葉樹資源の利用の歴史は、現在の森林にも色濃く残っている。県によれば、島根県では古くから木炭生産が盛んであり、戦後も広葉樹林が薪炭林として利用され続けてきた(※4) 。つまり、島根の山は、人の手が入らないまま残された山ではない。たたら製鉄や木炭生産を支える資源として、人が使い、育て、再生させながら受け継いできた山なのである。
その森林はいま、どうなっているのか。全国の森林のうち、3〜4割に当たる約1,000万haは個人所有であり、その多くが小規模・分散している(※5)。管理が行き届かない森林は、火災・土砂災害、鳥獣被害などのリスクを抱える。島根県雲南市が市内の森林所有者を対象に実施したアンケートでも、今後の森林の所有・管理の意向について、「自分で管理」と回答した所有者は10%にとどまり、「委託・売却・寄付希望」「放置」が78%を占めた(※6) 。かつて経営資源であった森林が、いまや所有者の負担となっている。
所有者による森林管理が難しくなるなか、政府は2019年に森林経営管理制度を開始した。所有者が市町村へ経営管理を委託し、市町村が林業事業体へ再委託する仕組みである(※7) 。所有者が自ら経営管理できない森林について、市町村が経営管理権を取得し、林業経営に適する森林は林業経営体へ経営管理実施権を設定し、適さない森林は市町村が管理する仕組みである。しかし5年以上を経ても、実績は限定的である。個人所有森林1,000万haに対し、意向調査済が103万ha、市町村への委託希望が23万ha、市町村が預かった森林が2.3万ha、林業事業体へ再委託された森林は0.3万haにとどまる。個人所有森林全体の0.03%に留まった(※7) 。
こうした状況を受け、2026年4月には改正森林経営管理法が施行され、地域経営管理集約化構想や権利集積配分一括計画が創設された(※8) 。これにより、複数の森林について経営管理権等を一括して集約できるようになり、所有者と林業経営体の合意が成立する場合には、所有権そのものを移転することも可能となった。
制度改正により森林を集約する仕組みは前進した。しかし、それだけで森林利用が進むとは限らない。集約された森林を誰が引き受け、どのように経営し、価値を生み出していくのかという課題は依然として残されている。筆者が森林所有者、素材生産者、製材事業者、自治体への聞き取りを重ねるなかで見えてきた原因は、次の三点であった。
(1)所有者の意向に制度が対応し切れていない
制度改正により、所有権を分散したままでも、複数の森林の経営管理権を一つの林業経営体へ集約する仕組みは大きく前進した。また、森林所有者と林業経営体が合意すれば、所有権そのものを移転することも可能となった。一方で、経営管理権の設定と所有権の移転は異なる。経営管理権については特例制度が設けられているが、所有権移転には関係権利者全員の同意が必要となる。そのため、制度は森林を経営する権利の集約には踏み込んだものの、小規模・分散した所有構造そのものを一律に解消する仕組みとはなっていない。
(2)森林の情報が、所有者本人にしか開かれていない
森林を集約するには、境界の確認、所有者の特定、森林情報の整理といった工程が必要となる。しかし、樹種や林齢を記した森林簿は個人情報を含むため、事業者が直接取得することはできず、所有者自身が申請しなければならない。関心が薄く手続きに不慣れな所有者自身に、最初の一手が委ねられているのだ。加えて、境界確認や収支計画の作成は無償で行われるため、所有者が最終的に判断を見送れば、その費用は事業者の負担として残る点も、事業者が積極的に動けない背景にある。
(3)立木には市場があるが、土地には市場がない
国産材への需要は高まっているが、売買の対象となるのは主として立木である。多くの素材生産者や木材加工業者は立木のみを購入し、伐採後の再造林は所有者の責任として残る。土地ごと取得できるのは、資本に余力のある一部の大手事業者に限られる。その結果、所有者が最も手放したい土地は残り、事業者が最も欲しい立木だけが流通する。ここに、個人所有森林が動かない構造的な要因がある。
これらの三点は、いずれも森林の集約化だけでは解決できない課題である。制度改正により森林を集約する仕組みは整いつつある。しかし、集約された森林を誰が引き受け、どのように経営し、価値を生み出していくのかという課題は依然として残されている。
第一に、権利である。参考となるのが、かつて広く用いられた分収造林である。所有者は土地を保有したまま造林や管理の初期費用を負担しない代わりに、将来の伐採収入を公社・事業者等と分け合う。単なる作業委託ではなく、長期の費用とリスクを、将来の収益と一体で引き受けてもらう仕組みである。必要なのは、この考え方を現代に合わせて再構築し、所有者が土地を手放さずに森林経営を委ねられる選択肢を広げることである。
第二に、情報である。所有者の同意を前提に、事業者が森林情報を取得できる手続きを整えることが求められる。あわせて、境界確認や所有者の特定といった前工程を、行政事務や事業者の持ち出しとせず、森林を経営可能な状態にするための投資として位置づけ直す必要がある。
第三に、時間軸である。重要なのは目的を増やすことではなく、人が森林に関与する時間軸を分けることだ。林産物生産や観光利用は毎年の収益を生み、木材利用は数十年周期での採算を支える。水源涵養、CO2吸収、生物多様性保全は、さらに長い時間をかけて価値を発揮する。時間軸の異なる価値を重ねて評価できれば、木材として採算の合わない森林にも、手を入れる理由が生まれる。
田部家がたたら製鉄を営んでいた時代、森林は単に管理する土地ではなく、鉄の生産を左右する経営資源であった。そのために山を持ち、育て、伐り、再び育てる主体がいた。たたら製鉄の終焉後も、田部家は林業や木炭などへ事業を転換しながら、地域に根を張り続けている。途絶えた技術が再び動き出したように、使われなくなった森林もまた、動かすことができる。問われているのは、誰が所有するかではなく、誰が森林に関わり続け、価値を生み出し続けるかである。
(※1) たたら製鉄:砂鉄と木炭を用いて鉄を生産する日本古来の製鉄法。製鉄工程は数日間にわたり連続して行われ、その一連の製鉄作業を「たたら吹きの操業」と呼ぶ。
(※2) 下原重仲『鉄山秘書(鉄山必要記事)』(1784年)
(※3) 中国山地のたたら操業における山内立地の伝承
(※4) 島根県「林業の現状と課題」
(※5) 林野庁「令和6年度森林及び林業の動向」
(※6) 島根県雲南市「雲南市内の所有森林に関するアンケート調査結果」(2025年)
(※7) 林野庁「森林経営管理制度の取組状況について」(2025年)
(※8) 林野庁「改正森林経営管理法の概要」(2026年)
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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

