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「TISFDが描く「人」の価値-子ども・次世代への投資の視点から考える-」活動報告

2026年08月20日 村上芽


1.はじめに
 日本総研では2025年度に「子どもコミッションイニシアティブ」を立ち上げ、子どもの権利とビジネスに関する「5つの行動指針」を掲げて推進してきた。2026年7月22日には、セミナー「TISFDが描く「人」の価値 -子ども・次世代への投資の視点から考える-」を開催した(※1)
 セミナーでは、TISFD 運営委員会委員、PRI理事の日本生命保険相互会社 常務執行役員 木村武様からの基調講演「TISFDのIDROで読み解く 少子化と子どものウェルビーイング」が行われた(※2)。日本では、こども家庭庁が「こどもとともに成長する企業構想」を推進しているところであるが、子どもが生まれ、育つ環境形成への企業の役割は大きいというメッセージが伝えられた。質疑応答では、子どもコミッションイニシアティブの会員各社をはじめとする参加者からさまざまな論点が寄せられ、活発な議論ができた。
 子どもには、製品・サービスの直接または間接的な利用者、従業員や取引先の家族、事業所の立地する地域の住民といった立場で企業とのつながりがある(※3)。企業の業種やビジネスモデルはもちろん、経営方針によって具体的な関係性の表れ方はさまざまだが、つながりを意識し、子どものウェルビーイングや権利の尊重・実現に貢献しようという意思や取り組みのある企業は、少なからずある(子どもコミッションイニシアティブの会員各社はその代表例だと考えている)。
 本稿では、開催までの経緯と当日の議論を振り返りつつ、こうした企業において、子どものウェルビーイングや権利の実現と、企業価値の両立を説明することの難しさがどこに起因するのかを考察する(2節)。次に、システムに関するリスクに注目するTISFDと、子どもとの親和性を指摘する(3節)。そのうえで、TISFDは子どもに関する投資家とのコミュニケーションにおいてチャンスになりえることを示す(4節)。

2.企業が子どもに及ぼすインパクトの長さと広さ
 企業は、子どもに関する取り組みを起点に、子どものウェルビーイングや権利に及ぶ影響を可視化し、把握できる効果について、投資家を含む他のステークホルダーに説明することができる。ただ、こうしたインパクトを評価する際に、子どもならではの難しさがある。
 図表1では、横軸に子ども自身の成長という時間の長さを置いた。企業は、現時点の子どもに対し、衣食住といった基本的な生活や学び、医療、遊び、コミュニケーションの機会などを支える製品・サービスを提供しているが、現時点で対象となる子どもが受け止める感覚だけに影響が留まるものではない。学びや体験に関するものであれば、経験値は生涯にわたって蓄積されていくものになる。インパクト評価では「貢献度」が重視されるが、子どもを相手にした場合、子ども自身の成長過程において貢献度を個々に示すのは容易ではない。
 縦軸には、対象が個人なのか、集団なのかという広がりを置いた。たとえば同じヘルスケア関連産業でも、難病や大けがの治療のように、当事者個人レベルでの健康の実現に大きな影響を及ぼすこともあれば、ワクチンのように、広く社会全体に行き渡らせてこそ影響を生めることもある。
 さらに近年、子どもの権利の実現にあたって、気候変動やデジタル社会の影響のように不特定多数の子ども(世代全体)が対象になるテーマの重要性が指摘されるようにもなった(※4)。ある時代に生きていれば誰でも享受できるような社会・経済・環境に寄与することも、産業界と子どもの権利の接点である。こうした「特定の人」と「不特定多数」のあいだには、地域に根差していたり、多くの従業員を抱えていたりする企業グループや産業のように、一定のグループへの寄与が大きいケースもある。
 いずれも良し悪しではないが、インパクト評価を意識する場合には、対象が広いほど、時間軸と同様、自社による固有の貢献度が見えにくくなる。この点が、子どものウェルビーイングや権利の尊重・実現に貢献する意思のある企業でも、短期的な利益を追求するタイプの株主等への説明を難しくさせる原因であると考える。

図表1 子どもに及ぼすインパクトの長さと広さ


(出所)日本総合研究所作成


3.TISFDが着目するシステムレベルのリスクと子どもの親和性
 TISFDの大きな特徴は、人(people)に関する個社レベルのリスクに加えてシステムレベルのリスクに着目している点である。2節で述べた、時間軸の長さや対象の広さと、システムレベルでのリスクには接点がある。
 システムレベルのリスクについて、TISFDでは、「環境・経済・社会が互いに依存していることで生じる、市場全体に影響する避けられないリスク(システマティックリスク)」や、「環境・金融・社会システムに大きな混乱が起き、その影響が連鎖的に広がって経済や金融システム全体に及ぶリスク(システミックリスク)」と説明している(※5)。国家、システム、文化なども意味するSocietalという単語を使って「社会的な安定」を目指している。
 このような規模の大きいシステムレベルのリスクについては、個々の企業の毎年の業績や情報開示において、個別に重要か重要でないかを判断するのは困難である。むしろ、個々には難しいからこそ、システムレベルのリスクに至るという関係にある。
 この点が、「重要であると分かっていても、個々の貢献度を説明しにくい」という子どもへのインパクトと通底すると考える。
 図表2では、戦争、格差、気候、科学と倫理、人口といった、1社1社はもちろん1国だけが取り組んでも成果がすぐに表れないような世界的な課題(システムレベルの課題)と、子どもの権利とがつながっている側面を示した。

図表2 システムレベルのリスクと子どもとの親和性


(出所)日本総合研究所作成


 システムレベルのリスクのイメージをより具体化させるために、①子ども世代がすでに抱えており、②放置しておくとよくない(悪くなる)ことが予見できるが、③個社の努力だけで解決できない課題と読み替えてみると、以下を想起できる。
 ● 親の所得や情報リテラシーが生む、子どもにとっての機会の格差
 ● 過度に競争的な教育システムと遊びの縮小
 ● 住む地域による選択肢の差、人口減少による公共サービスやインフラの縮小
 
4.TISFDの提案を早期に活用するチャンス
 TISFDは、2027年中のフレームワーク完成を目指しており、足元では指標と目標(metrics and targets)に関するドラフトを作成中である。今後もガイドラインなどの整備が想定されているため、現時点では何か確固たる予想をすることはできない。
 しかし、日本が少子化や人口減少という社会の大きな変化に直面しているだけに、TISFDが対象とする「人」に関するリスクと機会について関心のある企業であれば、こうした国際的な動きを先んじて活用する意義があるのではないだろうか。2節で述べた、子どもに対する取り組みの貢献度を説明しにくいことは、「システムレベルのリスク」回避に現場から取り組んでいるからだと整理しうる。
 一方、子どもの立場別に企業との関係性を分析していくと、特に「従業員の家族としての子ども」については、短期的なIDRO関係(影響、依存、リスクと機会の関係)にあるとも考えられる。なぜなら、企業は、従業員の賃金や労働時間などの労働環境を通じて家族である子どもの生活環境を形作っており、その子の存在や、その子が親である自分(従業員)のことをどう見ているかという親の感じ方は、従業員自身の仕事への熱意や満足度に関わっているからである。
 「従業員の家族としての子ども」は、あらゆる業種・規模の企業に関係する。まず、自社の現状を調査・評価し、現在の労働環境や、従業員のウェルビーイングを高める施策が子ども世代に向けても意味のあるものになっているか、点検することができるだろう。それに加えて、ビジネスモデルに応じて製品・サービスの利用者や操業地域における子どもとの関係を深堀できる企業は、それぞれの関係性に応じた「わが社の指標」をコミュニケーションの手段として開示はじめることで、業界スタンダード作りや世界への発信が可能なタイミングにあると考える。

(※1) Taskforce on Inequality and Social-related Financial Disclosures(不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース)
(※2) Impact, Dependency, Risk, Opportunityの略。企業が、人に対して影響を及ぼし、依存するという関係性のなかにリスクと機会があるという考え方で、TISFDのコンセプトの根幹を成す。詳しくは TISFD Framework (Beta Version 0.1)
(※3) 国際的な定義に沿って子どもを18歳未満とすると従業員本人である可能性もあるが、企業にとって従業員は直接の接点のあるステークホルダーであるため、本稿では若年労働者は念頭におかずに話を進めたい。
(※4) 国連子どもの権利委員会「一般的意見」のNo.25(2021)がデジタル環境、No.26(2023)が気候変動を取り上げた。
(※5) 「The TISFD Framework Beta Version 0.1」P71の定義を参照。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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