オピニオン
パーパス浸透の先にある、企業カルチャー形成
2026年07月13日 殿木戸悟史
パーパス浸透は認知活動を繰り返しても成果につながらない
近年、多くの企業がパーパスや企業理念の策定に取り組んでいる背景には、経営計画そのものの長期志向化がある。足元の業績改善だけでなく、中長期でどのような価値を創出し、どのような企業でありたいのかを示さなければ、戦略の方向性や一貫したストーリーを描きにくくなっているためである。とりわけ投資家は、財務数値だけでなく、将来のあるべき姿から逆算した成長ストーリーでの説明を求める。また社員や求職者にとっても、企業理念は「この会社は何を目指し、どのような判断を重視するのか」を見極める重要な手がかりになっている。こうした中で、パーパスは単なるスローガンではなく、長期戦略と組織運営を支える基盤として位置づけられつつある。経営トップによる発信、動画制作、ワークショップ、社内イベントなど、各社は多様な施策を通じて社員への理解促進を図ってきた。
一方で、近年顕在化しているのが「パーパス浸透2周目問題」である。パーパスを策定し社内外に公表した初期段階では、浸透策実行部門も受け手の全社部門も盛り上がる。経営陣は熱量高く語り、社員は新鮮さを持って受け止める。しかし認知活動がひと巡りして以降、多くの企業で停滞感が生まれる。「言葉は知っているが、実務にどう関係するのかわからない」「結局、業績や納期が優先されるのではないか」という空気が漂い始める。つまり、パーパスが認知・理解されたところで止まり、業務における判断基準へ転換されていないのである。
パーパス浸透における1周目と2周目の違い
| 項目 | 1周目 | 2周目 |
| 主な目的 | 理解・共感 | 行動変容・意思決定 |
| 主な施策 | 動画、イベント、研修 | 制度設計、対話、評価接続 |
| 施策の浸透状況 | 盛り上がり | マンネリ化・形骸化 |
| 社員の反応 | 「良い理念だ」 | 「実務とどう関係するのか」 |
| 経営課題 | 認知不足 | 実装不足 |
| 課題への対応 | 発信と共感喚起 | 制度化と対話の反復 |
ここで重要なのは、同じ施策を繰り返しても意味がないという点である。多くの企業は、2周目も再び動画を制作し、再びワークショップを開催する。しかし、認知活動だけを反復しても、組織行動は変わらない。本来、パーパス浸透の目的は「経営陣や社員の意識が同じベクトルを向き、社会に価値を生む事業活動や行動が発揮できている」ことにつながるべきである。
例えば、「挑戦を称賛する」と掲げながら、失敗した社員の評価が下がる組織では、実際に社員がとる行動は失敗回避を意図したものとなる。社員はスローガンではなく、日々の意思決定と人事評価から、その会社の本音と建前の両面を見ているためである。つまり、パーパス浸透の目的達成のためには、理念の理解にとどまらず、この会社では何が良い判断なのか、という組織の判断基準を書き換えることが重要になる。
2周目問題を解決するのは制度設計と対話活動による「企業カルチャー形成」
では、2周目問題を乗り越える企業は、何をしているのか。共通しているのは、パーパスの認知・理解を促すための施策から、行動につなげるための経営管理や制度設計への組み込みに移行している点である。
特に重要なのは、以下の5領域への埋め込みである。
| 領域 | 仕組み化・制度化 |
| 意思決定 | 意思決定時の判断軸(パーパスと価値観、行動基準を含める) |
| 投資判断 | 資本配分との整合 |
| KPI | 長期的価値との接続 |
| 人事評価 | 行動評価への反映(会社の価値観に沿った行動評価) |
| 人材育成 | 社員間の対話の場の設計(上司と部下、経営陣との対話など) |
つまり、パーパスを「語るもの」から「行動と判断の基準」へ転換する必要がある。制度設計の中でも、とりわけ重要なのが、理念を自分事化するための人材育成としての「対話の場」の設計である。人材育成以外は、経営陣や管理部門の主導で設計しやすい。一方、人材育成は制度として設計するだけでなく、全社で実行されて初めて効果を発揮する。実際に、対話の場を制度として設計している企業もある。例えば、直属上司ではない他部門社員との対話を定期的に行うメンター制度を仕組み化し、組織横断的な視点や価値観の共有を促している例がある。この施策が重要なのは、上司と部下のOne on Oneでは業務評価の対話に偏りやすいのに対し、企業全体の価値観について語りやすい対話構造を設計している点にある。
パーパス浸透が停滞する企業では、多くの場合、理念が上から与えられる言葉になっている。しかし人は、他者との対話や葛藤を通じて初めて意味を自分事化する。つまり、理念は説明されるだけでは定着しない。対話によって再解釈される必要がある。2周目問題を乗り越え、社員がパーパスを理解するだけでなく、共感して実行できている企業では、一人ひとりの腹落ちしたパーパス解釈が集まるかたちで集団が形成される。これは「パーパス浸透」という考え方よりも広い意味で「企業カルチャー形成」と呼べるのではないか。
認知から対話への移行が企業カルチャーを形成する
ここまで見てきたように、パーパス浸透を持続的な行動変容につなげるには、単なる認知向上施策ではなく、企業カルチャー形成の課題として捉え直すことが有効である。企業カルチャーが形成される意義は、個々の社員が毎回ゼロから判断しなくても、組織として望ましい行動や意思決定を再現しやすくなる点にある。とりわけ不確実性が高い環境では、共通の判断基準を持つことが、現場の自律性と経営の一貫性を両立させる。企業カルチャーは「理念を覚えること」では形成されない。
組織文化研究者のエドガー・H・シャインは、企業カルチャーを「共有された基本的前提」と定義した(※1)。つまりカルチャーとは、目に見えるものではなく、社員が無意識に共有している「この会社では何が正しいのか」という行動判断基準である。この観点から見ると、パーパス浸透の2周目以降に企業が行うべきは、社員の意識と制度を更新し、企業カルチャーを形成することである。

例えば、採用で企業が望む人材と、求職者が望む自己実現の場としての会社の姿が一致するかどうかは、言葉だけではなく先輩社員の振る舞いや雰囲気から感じ取ることの積み重ねによって判断される。さらに個人の感情面で見ると、例えば「同僚の出世をねたむか、心から称賛するか」という意識の差はパーパスの認知活動からは生まれにくい。筆者が支援してきた企業の中には、社員同士が心から称賛し合える組織もある。そうした企業では、経営陣も社員も、それは「過去から周りがそうしてきた」という社風の蓄積があると捉えている。
この意思決定は、私たちらしいか。この事業は、社会にどんな価値を生むのか。このKPIは、本当に長期的価値につながるのか。こうした問いが、日常会話や会議の中で繰り返されることで、組織は少しずつ変化していく。言い換えれば、カルチャーは固定化された「答え」の共有というよりも、日々の意思決定の中で繰り返し立ち返る「問い」の共有として育まれる側面がある。
しかし一方で、カルチャーが生まれる条件は設計できる。どの行動を評価するのか。どの対話を促進するのか。誰を昇進させるのか。何を問い続けるのか。こうした制度と対話の積み重ねが、組織の無意識を形成していく。だからこそ、パーパス浸透2周目問題は、単なる社内広報の課題ではない。理念を組織の行動原理へと変換できるかという、経営そのものの課題なのである。そして、その転換点にあるのが、「認知」から「対話」への移行であり、その対話を支える制度設計こそが、パーパス浸透とカルチャー形成を持続させる鍵となる。
(※1)E.H. シャイン、P.シャイン『組織文化とリーダーシップ【原著第5版】』(白桃書房、2025年)
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

