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インパクトファイナンスの本質は「反復的な対話」にあり
―KPIの測定・管理を形骸化させないために―

2026年06月09日 五十嵐琉偉


 先日、過去に組成されたインパクトファイナンス(※1)案件における、インパクト評価書の更新業務を引き継いだ。案件組成時に設定されたKPI項目について、レポートを基に前年度の数値を今年度の数値に更新していく。極めてシンプルな、評価の洗い替え作業である。だが、手が進むにつれ、ある違和感が強まっていった。融資は確かに実行されており、社会にポジティブな影響が生まれているはずで、目の前の数値はそれを示している。しかし、筆者は数値の変化だけを見ても、本当に当初想定したような社会の変化につながったのかという実感を、どうしても得られなかったのである。

 こうした違和感は、筆者だけにとどまるものではないようだ。インパクト志向金融宣言 融資・債券分科会が実施した金融機関の現場担当者へのアンケート(※2)では、エンゲージメント実務の課題として、十分なインセンティブがないなどの理由により、ひとたび案件組成時の担当者が異動してしまうと、KPIの測定・管理が形式化しがちな点が挙げられている。また、当社が開催したインパクトファイナンスに関する合同勉強会においても、金融機関の現場担当者からは同様の課題が共有され、「特に継続案件ではKPI管理がやらされ仕事になりがちで、形だけの数値確認になってしまう」との声が聞かれた。すなわち、インパクトファイナンスにおけるKPIの測定・管理が、実務の中で形式的な運用に陥ってしまう問題は、金融機関の現場で広く認識されている課題であると言える。

 では、なぜそのような形骸化が生じるのか。筆者はその背景に、インパクトを数値化するプロセスで、インパクト創出の「意図」が抜け落ちてしまう構造があると考える。インパクトファイナンスは、IMM(Impact Measurement and Management)という発想に立脚している。その出発点にあるのは、環境・社会課題の解決に向け、自らの投融資を通じてポジティブインパクトの創出に主体的に貢献しようとする意図である。そして、インパクトの測定・管理は、その意図を実現するための手段として位置づけられる。つまり、測定・管理は目的ではなく、あくまで意図を実現するための手段にすぎない。

 しかし現実には、その意図はKPIという数字に“翻訳”される過程で測定可能な側面にのみ焦点が当てられる。そのため、数値化された瞬間、背景にあった課題認識や目指していた変化の方向性は切り離され、一部のKPIの達成が自己目的化する。これはある意味で当然とも言える。意図は文脈を必要とするが、数字はその文脈を圧縮して表現するものだからである。だからこそ重要なのは、単にKPIを管理することではない。その管理によって本来どのようなインパクトの創出を目指していたのかという意図を捉え直すことである。

 もっとも、現場の実務において、すべての担当者が案件に組成段階から関与し、インパクト創出の意図設計に携わることができるわけではない。特にインパクトファイナンスは案件組成から償還までの期間が中長期にわたることが多いため、途中から案件を引き継ぎ、測定・管理フェーズのみを担うケースも少なくない。では、そのような状況において、現場担当者は与えられたKPIを淡々と更新するしかないのだろうか。

 筆者はむしろ、そうした制約があるからこそ、測定・管理の局面において意図を捉え直す余地が残されていると考えている。インパクト投資家のネットワークであるGIIN(Global Impact Investing Network)は、IMMを「本質的に反復的な行為」であると定義している(※3)。ここでいう「反復」とは、同じKPI管理を機械的に繰り返すことではない。測定・管理を通じて得られた学びをもとに、「自分たちは本来何を実現しようとしていたのか」という意図を改めて問い直し、その都度、アプローチを見直すことである。すなわち、IMMとは、当初の“翻訳”の結果であるKPIやその目標値を固定的に維持するものではなく、測定・管理を通じて把握される意図と実態の乖離やそこから得られる気づきをフィードバックすることで、意図に基づくインパクト創出のアプローチを改善し続ける循環的なプロセスであるといえる。

 ただし、こうした測定・管理はあくまで数値として把握可能な側面に基づくものであり、インパクトの全体像を捉えきれるものではない。実際、KPIとして設定された数値が順調に推移していたとしても、それだけで当初意図していたインパクトが十分に実現されているとは限らない。これは、インパクトが多面的かつ文脈依存的な概念であり、一部の指標のみではその全体像を把握することが難しいためである。

 例えば、子どもの健康状態の向上に貢献することを意図して、子ども食堂の支援を行う事業を考える。利用者数は重要なKPIとなるだろう。しかし人数が順調に伸びていたとしても、物価高の影響で野菜の豊富なメニューの提供が難しい状態が続いているのであれば、人数の拡大は本来の意図である健康状態の改善には必ずしも結びつかない。このように、利用者数というKPIが示しているのはあくまで支援の広がりの一側面にすぎず、当初意図していたインパクトの実現度合いを、それだけで判断することはできない。

 だからこそ、測定・管理を担う現場担当者に求められるのは、与えられたKPIを機械的に更新することではない。KPIによって可視化される変化を起点に、その背後にある数値化されない実態を、対話を通じて把握していく必要がある。こうした対話により初めて意図を問い直すことが可能となり、この営みこそがエンゲージメントに他ならない。その意味で、インパクトファイナンスの本質は反復的な対話にある。このような認識が広まれば、KPIの測定・管理は形式的な作業ではなく、意図と実態の関係を捉え直しながら事業の改善や新たなKPIの設定を促す、重要な仕事として位置付けられるのではないだろうか。

(※1)適切なリスク・リターンを確保しつつ、環境・社会・経済にポジティブなインパクトをもたらすことを意図した金融
(※2)デットにおける インパクトファイナンスの考え方と インパクト測定・マネジメント ガイダンス別冊 ~エンゲージメントに関する現状課題と今後の展望~
(※3)GIIN “An Introduction to Impact Measurement and Management | IRIS+


本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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