オピニオン シニア人材戦略は「活躍機会設計」の時代へ 2026年06月09日 七澤安希子 近年、人的資本経営の重要性が高まる中、シニア人材の活躍に関する議論が広がっている。実際に企業と対話する中でも、「役職定年後の活躍機会をどうつくるか」「専門性を持つ人材をどう活かすか」といった声を聞く機会が増えている。背景には、各業界が直面する外部環境の変化がある。金融業界では店舗・業務構造の見直し、製造業ではGXやグローバル競争への対応、インフラ業界では地域課題への対応など、求められる役割や事業構造そのものが変化し始めている。一方、日本企業では急激な雇用流動を前提とした人材入れ替えは現実的ではないため、多くの企業は内部調整を基本としながら変化への対応を進めている。 こうした中、シニア人材の活躍を支える上で、「社内で役割を用意する」という従来型のアプローチだけでは限界が見え始めている。特にシニア層においては、能力の有無というよりも、「現在の役割や環境と本人の経験・強みが噛み合っていない」というケースが少なくない。一部の大企業では、経験や知見を持つシニア人材を抱えながらも、その力を活かしきれる役割や挑戦機会を十分に提供できないという課題が顕在化し始めている。その一方で、地域や中小企業、社会課題領域では担い手不足が深刻化している。企業内では活躍の場との接続に課題を抱え、社会側では担い手を求めている。今、日本社会ではこうしたミスマッチが生じているように見える。 さらに、複数の企業との対話を通じて印象的だったのは、社外での活動や地域との関わりに関心を示すシニア人材は少なくないにも関わらず、実際に社外や地域における新たな役割へ挑戦する人は限定的という点である。“活躍の場を用意すること”と、“自らの経験がそこで活かせると認識できること”は必ずしも同じではない。 だからこそ、今後のシニア人材戦略では、「人材をどう育てるか」だけではなく、「人と活躍機会をどう結び付けるか」が重要な論点になる。必要なのは単なる配置転換ではない。本人がこれまでの経験や強みを新たな文脈で捉え直し、自らの可能性を再発見できる機会を作ること、そして、社内に閉じず地域や他企業、社会課題領域なども含めた多様な役割や挑戦機会との接点を広げることである。近年、企業の越境学習や副業・兼業、社外出向への関心が高まっている背景にも、こうした課題意識があるのではないだろうか。私は人と活躍の場との接続を設計するこうした視点を、「活躍機会設計」と捉えている。こうした取組は、個人の活躍機会を広げるだけではない。異なる環境との接点を持つことで、組織は新たな視点や価値観を取り込み、変化への適応力を高めることができる。シニア人材の活躍を考えることは、同時に組織変革を考えることでもあるのだ。 人的資本経営は、育成や評価だけで完結するものではない。企業内最適だけではなく、社会との接続も含めながら、人が力を発揮できる場をどう広げていくか。シニア人材戦略は今、そうした変化の入口に立ち始めている。企業に求められるのは、人材を育てる力だけでなく、その経験や強みを活かせる場へとつなぐ力なのではないか。本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。