【中堅企業の価値向上】 経営人財の計画的育成に向けた「進化型ジュニアボード」という選択肢
2026年05月18日 高原祥
1.経営人財育成の重要性と課題
中堅企業やスタンダード市場上場規模の企業において、「事業部門で成果を上げる人財」が必ずしも「将来の全社経営を担うべき人財」と一致しないという課題が散見される。前者は自部門のオペレーションや既存の顧客・製品に深い知見を有し、与えられた枠組みの中で高い成果を出す。一方で、企業経営には、限られた資源をどの事業に配分するか、将来の投資にどの程度の期待収益を求めるかなど、より大局的な意思決定が求められる。
こうした部門最適と全社最適の隔たりは、個々人の能力差というよりも、多くの場合「経験の差」に起因する。経済産業省が取りまとめた人材版伊藤レポート(※1)等の各種政策文書や中小企業庁の各種施策においても、戦略を構想して資源・資本配分を決定し、組織を率いて成果を実現する「全社的な視点」の醸成が、企業価値の持続的向上において不可欠であることが強調されており、そのような経営人財をいかに計画的に育成するかは、重要な経営課題となっている。
2.経営人財育成手法:進化型ジュニアボードという選択肢
経営人財の育成において、グループ会社の経営を任せるという方法がある。事業のオーナーとして投資判断や資源配分、組織運営を実際に経験させることは、経営人財を育てる上で最も実践的かつ効果的である。しかし現実には経営ポジションは限られており、利害関係や統治上のリスク、事業の性質などから、いつ誰にどの程度の事業を任せるか自由に設計できないことが多い。さらに、重要な事業を若手・中堅層に任せることは失敗のリスクも伴い、経営判断上慎重にならざるを得ない実情もある。したがって、グループ会社の経営経験にのみ依存する育成手法では、育成の再現性や計画性、スケールに限界がある。
こうした課題に対する一つの打ち手として、「ジュニアボード」(※2)の仕組みを導入する企業もある。ジュニアボードとは、次世代の幹部候補を選抜し、経営会議を模した場(疑似役員会)で現状分析・課題の構造化を行った上で全社的な経営戦略を検討する仕組みである。「最終責任者を経営者とする、経営者直属の組織として正式に位置付けられること」、「人事発令に基づき組織横断で活動する権限を持ち、活動が業務として正式に認定されること」、「最終検討内容を全従業員に公表するとともに、役員会へ答申し議論を行うこと」などの点で、研修や一時的なプロジェクトとは一線を画す。参加者は視座を高め戦略的思考を習得する機会を得るとともに、企業は事業の中心を担う優秀な若手・中堅層の意見を経営・事業計画に反映できるメリットがある。しかしながら、従来ジュニアボードとして実施される内容の多くはSWOT分析を基にした課題設定や事業戦略の検討が中心であり、議論が売上・利益といったP/L視点に偏りがちであるなど、現代の経営人財に求められる要素を十分に網羅しきれていないという課題があった。(図表1参照)
以上を踏まえ、本稿では、従来型のジュニアボードを土台に議論の対象や視点に現代的な経営課題を加味して再設計することで、経営人財育成と企業経営の高度化に資する有力な選択肢としての新たなジュニアボードのあり方を示したい。

3.ジュニアボード再設計のポイント
近年、市場環境の変化(例:東京証券取引所の要請(※3))を受け、P/Lだけでなく資本効率をはじめとするB/S視点を踏まえた議論や意思決定の必要性が高まっている。これは上場・非上場、企業規模等を問わず全ての企業に当てはまる。事業ポートフォリオが小さい企業であっても、製品群や顧客群といった単位で資本や事業を区分し、各事業がどの程度の資本を前提に成長戦略や新規事業戦略を描き、その資本や投資に対してどのようなリターンを見込む設計になっているのかを検討・認識することが求められている。また、組織・人財についても経営上の論点として一層重要度を増している。人的資本経営は先述の「人材版伊藤レポート」を契機に注目され、直近では令和8年3月に人的資本可視化指針(※4)が改訂されるなど、経営戦略と人財戦略・施策の連動のさらなる推進や、そのための人的資本投資およびその可視化(開示)に関する視点が、経営人財に必須の知見・能力となっている。さらに、コーポレートガバナンスに関する知見も不可欠である。コーポレートガバナンスは企業とステークホルダー双方にとっての基盤であり、経営高度化のための前提条件であるにもかかわらず、事業部門の日常業務の中で学ぶ機会は非常に限定的である。2026年4月時点において、コーポレートガバナンス・コードの次期改訂案(※5)が示されており、成長投資の促進や取締役会の機能強化による「攻めのガバナンス」の強化と、ステークホルダーとの適切な協働による中長期的な企業価値向上が一層求められている。
以上を踏まえ、「戦略・財務」、「組織・人財」、「コーポレートガバナンス」の3つの観点を組み込み、従来の事業家的な検討に加え、投資家的視点に立った分析やそれを踏まえた経営層・取締役としての戦略検討を行う進化型ジュニアボードを提案する。

4.進化型ジュニアボードの全体像
本節では、進化型ジュニアボードの具体的なプロセスと導入により期待される効果について説明する。
< 具体的なプロセスイメージ>
・ステップ1:ステークホルダー視点での現在地の客観視と事業の役割確認
株主・投資家に加え、顧客、従業員を含めた多様なステークホルダーの視点から自社の置かれている状況を俯瞰する。その上で、資本コスト(WACC)や投下資本利益率(ROIC)といったB/S視点の指標を用いて各事業や商材の全社的な位置づけ・役割を明確化する。ここでは、事業の撤退や縮小を性急に論じるのではなく、自社のパーパス・経営理念やビジネスモデルにおいて各事業や部門、商材等が「本来担うべき役割・位置づけ」と「現状の課題」を可視化し、共通認識を持つことに主眼を置く。
・ステップ2:役割に基づく現実的かつ前向きな改善・成長戦略の立案ステップ1で確認した各事業等の位置づけを踏まえ、「期待役割」と「現状」のギャップをうめるための事業戦略および財務・投資計画を検討する。例えば、全社の成長をけん引すべき事業においては積極的な成長投資の戦略を描く一方、課題を抱える事業においては、その位置づけを正しく認識した上で、着実な業務改善や収益性・資本効率向上のためのリカバリー計画を立案する。全部門が自らの役割を起点として、限られた経営資源(資本)をどう生かすかという財務的視点を持ちながら建設的に改善の道筋を議論することで、全社最適の実現を目指す。
・ステップ3:戦略実現を支える非財務資本(組織・人財、ガバナンス)の設計ステップ2で立案した戦略と連動する組織体制・人財要件を定義し、現状とのギャップを明らかにすることで、実現に向けた人的資本への投資計画を立案する。同時に、企業価値向上のために適切なリスクテイクを促す「攻めのガバナンス」と不正・不祥事や災害などから会社を守る「守りのガバナンス」の仕組みづくりを複合的に組み合わせ、具体的な施策・取り組みのアクションプランや管理体制に落とし込む。
・ステップ4:経営陣への実務的な答申・対話これらの検討結果を単なる研修の成果物として終わらせず、経営層に対する実務的な答申(あるいは疑似取締役会としての決議案)として提出する。実行性を伴う提言を行い、現経営陣と建設的な対話を行うことで、会社全体の経営サイクルに組み込む。

<進化型ジュニアボード導入による効果>
このような進化型ジュニアボードを実施することで、以下のような多面的な効果が期待される。
・参加者の経営的視座の飛躍的な向上:部門の部分最適や売上・営業利益などのフロー(P/L)偏重の思考から脱却し、投資家的なB/S思考と事業家的思考を併せ持つ「全社最適」の視座を獲得できる。
・戦略と組織・人財の連動性の体得:戦略を描くだけでなく、それを実行するための人財ポートフォリオを設計する経験を通じて、「人的資本経営」の実践力を養うことができる。
・ガバナンス意識の醸成と現経営陣への刺激:取締役・経営陣が果たすべき「攻めと守りのガバナンス」の役割を疑似体験することで、次世代幹部としての責任感が醸成される。さらに、メンバーからの客観的かつ統合的な提言は、現経営陣の意思決定の質を高め、企業全体のガバナンスの実効性を向上させる起爆剤となる。
・組織横断的な協業と変革文化の促進:多様な部門のメンバーが立場を離れて全社視点で戦略を議論し、各自の社内外ネットワークを活用して施策を推進することは、組織横断的な協業の促進に資する。加えて、ジュニアボードの検討結果を経営層が正式に受け止め、経営会議で議論し、その内容を参加者へフィードバックすることで、「自らの意見は経営に届く」「提案する意義がある」との認識が醸成される。これにより、主体的な施策立案が活性化し、プロアクティブな変革文化の形成につながる。
5.おわりに
経営人財の育成手段として、実践的な経営経験に勝るものは少ないが、ポストの制約やリスクを考慮すると、進化型ジュニアボードは合理的かつ実行可能な代替手段となり得る。特に経営ポストの制約が大きく、柔軟な運用が難しい中堅企業において、現場のエースや管理職に全社視点を身につけさせることは、企業価値向上につながる確かな投資である。一方で、社内メンバーのみで構成されたボードにおいては、これまでの自社の論理や思考の枠組みから抜け出すことが難しいケースも散見される。実行性を高めるために、資本市場の客観的な視点や最新のガバナンス・組織論に関する専門的な知見を有する第三者を、ファシリテーターやアドバイザーとして交えることも有効である。
(※1) 経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」
(令和2年9月)(※2) 株式会社日本総合研究所HP「後継者育成 ジュニアボード支援」
(※3) 株式会社東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」
(2023年3月31日)(※4) 内閣府・金融庁・経済産業省「人的資本可視化指針(改訂版)」
(令和8年3月23日)(※5) 金融庁「コーポレートガバナンス・コード改訂案の公表について」

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

