オピニオン
モノを長く大切に使う社会を目指して ―循環経済への移行を促進する利用価値指標の策定―
2026年05月19日 木下立也
“モノを長く大切に使い続けることは素晴らしい。”「もったいない」に通ずる美徳に共感する方も多いのではないか。かつて野球少年だった私は、砂や泥にまみれたグローブとスパイクを手入れし、愛着を持って使い続ける美徳を学んだ。今では二つ折り革財布の手入れがルーティンワークだ。モノは断続的な労力と長い時間を経て、記憶や思い出をなじませながら代わりの効かない逸品へと育っていく―。
大量生産・大量消費を前提とした線形経済(※1)において、モノの利用に関する美徳など無力に等しい。そこには線形経済の合理が作用している。利用者側の視点では、量産された製品を安く購入できる。消費者庁「令和6年度消費者意識基本調査」
によれば、食料品、日用品、衣料品、自動車の4品目において、購買時に「品質・機能」よりも「価格・維持費(ランニングコスト)」を重視する結果となった。長期利用を想定した品質や機能の重要性を理解しながらも、相対的に価格を重視する傾向が見て取れる。加えて、損耗や飽きがあれば即座に買い替えることができ、維持や管理の手間が少なく済む。一方、製造者側からすれば、同一の製品をまとめて大量に販売でき、コストのかかる品質保証やアフターサービスの要請を受けにくい。こうした線形経済の合理の下では、モノを大切に使う社会は実現しない。線形経済から循環経済への移行のためには、利用者起点での変革が求められる。製造者は利用者が望む製品を提供するため、利用者がモノを長く大切に使い続けたいと志向する仕組みの構築が肝要だ。その第一歩として、製品利用が単なる美徳にとどまらず、目に見える形で評価される必要がある。例えば、製品の利用状況を特定の尺度で定量的に測定し、指標として算出することで、異なる製造者、製品であっても同一の単位で評価できる。また、利用状況を定期的に評価することで、利用者にフィードバックを提供し、製品利用の改善に役立てられる。さらに、指標によって可視化された利用価値(※2)を経済的インセンティブと結びつけることで、製品の利用志向を市場原理に織り込むことができる。言わば、非経済価値を経済価値に転換する試みである。
指標を策定するにあたり、まず対象となる製品を選定する。考慮すべき要点は大きく2点ある。第一に、指標策定の目的と用途を整理する。一般に長期利用が歓迎されにくい製品こそ、指標策定によって長期利用を促進する意義がある。第二に、使用する機材や期間、計測項目等、製品の利用状況を把握する方法を設計する。指標値を算出する際、製品それぞれの利用状況をデータとして取得するためである。
こうした要点の下、指標策定は先んじて電動車載蓄電池(EV電池)から始めることにした。蓄電池はグローブや革財布とは異なり、原則として経年劣化が好まれる製品ではない。資源有効利用の観点では、リチウムやコバルト等のレアメタルをはじめとする希少資源が使われており、投入した資源に対する潜在的な利用価値を最大限引き出すことが重要である。他方、マネジメントシステムを通じて利用状況を逐次記録し、指標として算出できる。蓄電池を対象に指標を策定することで利用価値を可視化し、カスケード利用(※3)を含めた製品の長期利用を促進する。
循環経済の基本思想は、製品の姿形や用途を変えながら長く使用し、ライフサイクルを長寿命化させることである。利用価値指標の策定と普及により、製品の利用が美徳にとどまらず評価され、モノを長く大切に使い続ける社会の実現に挑む。
(※1) 線形経済とは採掘、製造、消費、廃棄を一方向に行う大量生産・大量消費の経済モデルのこと。循環経済の対義語であり、従来型の仕組みを指す。
(※2) 利用価値とは製品を使用することによって生ずる便益のこと
(※3) カスケード利用とは製品の品質や付加価値が下がるごとに、段階的に別の用途へ再利用する方法のこと。例えば、一定程度劣化が進んだEV電池を車体から取り出し、組替えることで蓄電池として再利用する。
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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

