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社会的価値はナマモノである。

2026年04月28日 古賀 玲


 近頃「経済的価値」や「社会的価値」という言葉をよく聞く。特に「社会的価値」はさまざまな組織で“目指すべき価値”として定義されており、日に日にその重要性は高まっている。一方で、この言葉が具体的に何を指しているのか判然としない部分も多いように感じられる。
 社会的価値という言葉から想起される一つ目の意味は、“経済的価値以外の価値”である。経済的価値と社会的価値の両立、という言葉からもわかるように、経済的価値と社会的価値は異なる存在である。あえて両者を分けて書くことには、これまでの(経済的)利益重視の企業経営に対する反省も込められていると考えられる。つまり社会的価値という言葉は、経済的価値以外も追求すべきであるという表明のためのツールとして機能しているのである。
 とはいえ、それは社会的価値という言葉が消極的な意味合いしか持たないということではない。当然、社会的価値固有の定義を見出すことも可能である。
 改めて、社会的価値という言葉の積極的な意味を考えてみる。まず、社会的価値という言葉は「社会」と「価値」に分解できる。社会とは、最もシンプルに表現すれば複数人の集まりである。ただし、社会は組織とは別個の概念である。組織はある目的を達成するために秩序立てられた構造を持っているが、社会はそうではない。例えば日本社会という言葉は通常日本に居住する人々の総体を指すが、それは属性が共通しているだけであって、何か目的のために集まった人々ではない。共通の目的を持たない社会は、したがってさまざまな物差しを持った人々の総体ということになる。
 さらにいえば、それらの物差しはある程度類型化でき、それぞれの物差しに沿って緩やかに共同体が形作られていると考えることができる。さまざまな物差しを持つ共同体が複数存在する場、それが「社会」である。
 次に価値という言葉を考えてみる。価値があるとはプラスの性質を持つことである。単によいもの、といってもいいかもしれない。一般的にプラスの性質とされるものには、真善美、はたまた経済的効果などさまざまなものがあるが、とにかく主体にとってプラスとなる何ものかが価値である。
 以上を踏まえて社会的価値とは何かを考察する。社会にとっての価値とは、異なる物差しを持つ複数の共同体にとって共通して意味を持ち得るもの、いわば「価値の結節点」のようなものである。社会が複数の物差しを内包するのであれば、ある一つの物差しのみに貫かれた人々の総体は社会ではない。つまり、完全にすべての価値基準が同様の人々の集まりは、社会というよりは組織に近いと言える。

 それでは社会的価値の創出を目指すとはどのような事態になるのか。それは複数の共同体にとって意味のある物事を作り出す作業になる。しかし、この活動を推進するにあたって、当の社会的価値という言葉自体がある問題を生んでいるように思われるのである。
 価値の結節点はナマモノである。その消費期限は非常に短い。価値が社会に広まっていくにつれ、社会的価値は固定化された規範になる。物差しを共有しない他者にとって、かつて価値だったものは規範になる。さらに、この現象はその社会的価値を作り出した共同体自身にも生じると言える。共同体は常に外部の影響を受け変わり続けており、それに伴いその物差しも変化する。つまり、一度共有された社会的価値は、それを共有していた共同体の物差しの変化によって、その共同体自身にとってもただちに規範となりうるものなのである。
 結果として、価値と規範は混同されている。社会的価値に含まれる「よいこと」、という意味合いが、したいこととすべきことの境界をさらに曖昧にしやすくしている。価値を追っているつもりで規範を追っている事態が容易に発生するのである。
 もちろん、規範は一概に悪いものではない。それは従うべき一定の根拠を備えた有用なルールでもあり得る。しかし、規範が個人を超えて社会全体で作られるものであるならば、実はそれが個人から見た価値と乖離している可能性が十分にある。さらに、既存の市場を追っているだけでは破壊的なイノベーションが生まれないように、すでに作られた規範を無批判に追っているだけでは社会全体にネガティブな結果がもたらされる可能性がある。
 このように考えると、社会的価値は現状かなり重要視されていると思われるのにも関わらず、ほとんどその追求が不可能なもののように思えてくる。少なくとも、社会的価値という言葉によって社会的な価値を実現することは難しく思える。
 社会的価値の追求が原理上困難だとすれば、目指すべきものは果たして何になるのだろうか。それは、物差しそれ自体である。価値を作ることは、新しい物差しを作ることである。すでに作られた社会的価値は急速に鮮度を失っていく。新しい価値基準を作ることによってこそ、社会的価値を作り続けることができる。絶えず価値の物差しそれ自体を作り直し続けること、それが重要である。

本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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